第30話「旧世紀の残滓」

 魔王軍あらため、反乱軍の戦いが再開された。

 その旗頭はたがしらとなるのは勿論もちろん、復活の邪神こと灯牙トウガだ。

 兵力は決して多いとは言えず、皆が疲弊ひへいしている。だが、士気は高く意気軒昂いきけんこう、不思議な熱気が満ちていた。それは、灯牙という灯火ともしびに温められた最後の闘志かもしれない。

 今は息をひそめて、皆が地下の大迷宮を東へと進む。

 目指すはリヴァイス帝國ていこく、その中枢だ。

 だが、灯牙はついつい、隣を歩く魔王のことが気になる。


「な、なあ、ソリアさん。大丈夫?」

「大丈夫に、決まってる、でしょ! ハァ、ハァ……きっつ」

「少し休もうか」

「いい、いらない。先遣隊のガイアスたちは、もうずっと先に進んでるから」


 魔王の装束しょうぞくを身にまとい、その半身に呪いの紋様もんようを浮かべたソリア。姉のアルテアと瓜二うりふたつの少女は、荒い息に肩を上下させている。

 やはり、邪神の呪いによる痛みと苦しみは、相当のものがあるらしい。

 これを平気な顔で身に宿し、辛さを顔にも出さずにアルテアは戦っていたのだ。

 そう思うと、再度灯牙はおのれいましめる。

 やはり、邪神クトゥグアとしての炎の魔力は、絶対に封印しなければならない。

 決意を新たにしていると、ソリアは汗のにじむ顔に笑みを浮かべた。


「ふ、ふふ……姉様が、耐えたんですもの。私だってこれくらい」

「でも、無理はしないでほしいなあ。そうだ、ちょっと待って」


 灯牙は両腕で、ひょいとソリアを抱き上げた。

 驚いたソリアは、真っ赤になって黙り込んだあと……不意に灯牙の顔面を殴ってきた。しかも、グーで強打である。

 リヴァイスの剣姫けんきは、素手でもかなり凶悪な戦闘力があるようだ。


「イチチ……な、なに? なんで?」

「こういうのは、姉様にだけして! その、とかって女も駄目だからね、きみ

「えっと、じゃあ」

「……おんぶならいいわ。背中におぶって」


 灯牙はすでに、トレイズたちが回収してくれたいつもの武器を背に背負っている。かなりガチャガチャうるさい量で、どれも業物わざものばかりである。

 渋々、背負った大剣や盾、ほこなどを降ろし、小脇に抱える。

 代わりに、ソリアを背負ってその尻を片手で支えた。


「これならいいわ、行きましょ。……君ね、今ちょっと……姉様とは違うって思ったでしょ」

「いや、そりゃまあ。ソリアはアルテアとは別だよ。ちゃんとしたソリア自身、アルテアとは違う個人で当然さ」

「そういう意味じゃなくて! その、胸とか、いろいろ……ま、まあいいわ! 行って!」

「はいはい」


 見れば、近くを歩くリアラやトレイズも笑っている。

 どうやら、灯牙が再びアースティアへと戻ったことで、彼女らにも新たな希望が生まれたようだ。それは決して確かなものではないし、ほんのわずかな可能性かもしれない。

 だが、灯牙は自分の名を今、強く意識させられていた。

 両親が自分につけてくれた、九頭竜灯牙クズリュウトウガという名前。

 牙なき者の牙となりて、その鋭さに希望を灯す人間になれていると思う。

 そうこうしていると、先を進んでいたガイアスが戻ってきた。


「あれ、ガイアスさんだ」

「クトゥグア様! 先遣部隊せんけんぶたい、妙な場所に出てしまいまして……アビゲイル殿の指示では、その場所を通過する必要があるそうです」

「あっ、ガイアスさんね、んと……やりにくいかもだけど、俺のことはクトゥグアでいいよ。呼び捨てでいい。ガイアスさんの方が目上の大人だしさ」

「いや、それは……まあ、アビゲイル殿にもそう言われてまして、その」

「今はウルスもリヴァイスもないし、魔王軍でもない。気楽にいこうよ、気持ちだけでもさ」

「はあ……ではクトゥグア、ちょっと皆と来てもらえますか?」

「おうっ!」


 ガシャガシャと甲冑を鳴らして、フル装備のガイアスが歩き出す。

 その背を追って、皆で少し速度を早めた。

 背のソリアが、ぎゅっと首に腕を絡ませてくる。じんわりと、彼女の体温が着衣越しに浸透してきて、温かい。

 アースティア全土の地下に広がる大迷宮は、リヴァイス帝國まで続いている。

 そこは既に、ニャルラトホテプの支配圏だ。

 慎重に進軍していたが、何度か隔壁が開く先へ歩くと、不意に視界が開ける。


「こ、ここは……? ガイアスさん」

「先程、アビゲイル殿にも説明を受けたのですが……もはや、我々の思考や認識が追いつかないのです。どうやら、旧世紀の遺跡らしいのですが」


 見渡す限りに、薄暗い空間が広がっている。

 天井はかなり高く、広さもそうとうなものだ。まるで運動場がそのままそっくり地下に造られてるような雰囲気である。

 そして、薄暗がりの中に灯牙はアビゲイルたち先遣部隊の兵士を見つけた。

 駆け寄れば、助けを乞うように兵士たちは見詰めてくる。

 どうやら、アビゲイルの話に全員が知恵熱を出しているようだ。


「アビゲイルさん、ここは?」

「ああ、クトゥグアか。ここは……だ」

「廃棄施設? それはつまり」

「あそこを見てみてくれ」


 アビゲイルが、広がる施設内の一角を指差す。鈍色にびいろに光る金属の指の、その先へと目を細めて……灯牙は絶句した。


「あ、あれは! ギガントルーパー! ニャルラトホテプが使ってたロボットだ!」

「そう、あれもギガントルーパー……しかし、全壊して稼働不能になったものだ。安心しろ」

「壊れてるのか。よく見れば、他にも沢山あるな……戦車かな、あれ。ロケット? ミサイル? みたいなのもゴロゴロある」


 灯牙に倣って、兵士たちも周囲を見渡し、震え出す。

 誰にとっても、ニャルラトホテプが蘇らせた旧世紀の破壊神、ギガントルーパーは恐怖の象徴だ。見るだけでその記憶が思い出されるのも無理はない。

 しかし、ここに横たわる巨神は、朽ち果てて動く様子は見られなかった。

 それを見詰めるアビゲイルが、こころなしか寂しげな眼差まなざしをしていた。


「稼働可能な兵器は全て、カルスト要塞の地下遺跡に封印された。ここにあるのは、戦いで傷付き、破壊された兵器の成れの果て」

「なるほど……ちょっと、使えるものがないか調べていこうか」

「いや、無駄だろう。ところどころで見つかる銃などならまだしも、ここにあるのはどれも旧世紀の星滅戦争ノーデンス・ウォーで、実際に使われた残骸ばかりだ」


 アビゲイルの話では、使える兵器だけが例の地下遺跡に封印され、いつか旧人類が戻った時のために温存された。

 そして、彼女の言葉は平坦なメカニカルボイスなのに、哀愁あいしゅうを漂わせる。


「旧世紀の人類は……戦いの道具以外に、何一つ残せなかった。地下遺跡に封印するテクノロジーは、どれも戦争のためのものばかりだったのだ」

「まあ、どんな技術も使い方次第だよね。刃物だって、人を殺すこともできれば、獣を倒してさばくこともできる。文明自体には良し悪しなんてないさ」

さといな、クトゥグアは」

「俺は世間知らずだけど、勉強しててそう思ったよ」


 どうやら、この場に活用できる武器はないらしい。

 ここはいわば、墓所ぼしょだ。

 墓守はかもりすらいない、兵器たちの墓場なのである。

 同じ機械として、アビゲイルはそのありさまに寂寥せきりょうを感じたのかもしれない。だが、彼女はすぐにキュイン! と首を巡らせた。


「クトゥグア、リアラとトレイズを連れて先に行け。……お客さんのようだな」

「えっ?」

「まだセキュリティが生きているのか、それともニャルラトホテプがシステムを再起動させて使っているのか。ふむ、来たか!」


 機械音が幾重にも重なり、近付いてくる。

 広がる闇の中に、赤い光が無数に広がっていった。

 ウルス共和国の首都を目指した時も、ガードロボットに行く手を阻まれたのを思い出す。

 だが、今回はガイアスたちもいてくれる。

 心強い味方たちは、扱いを覚えた銃を構えて、皆が皆灯牙に振り返った。


「ここは任せて先に行け、クトゥグア!」

「邪神さん、頼むぜ! あのニャルナントカを倒してくれよ!」

「魔王ちゃんも助けてやってくれ。あの人のおかげで今、俺たちは生きてるんだからな」


 かつて敵だった、ウルス共和国の人間たち。理不尽な階級制度で差別され、しいたげられてきた者たちもいる。そして、彼らの国はとうに滅んだ。

 だが、守る故郷がなくても、彼らは共に戦ってくれる。

 敵討ちでも復讐でもなく、今度こそ本当の平和を掴むために共闘してくれるのだ。


「アルテアの思い描いた世界は、必ず来る……今なら以前よりずっと信じられる。よし、行こう!」


 発砲音が行き交う中、灯牙はソリアを背負って走り出す。

 リアラやトレイズといった、魔王軍で一緒だった仲間たちがあとに続いてくれた。

 背中からしがみついてくるソリアも、爆発音の中で声を張り上げる。


「リヴァイスも国内の各所で、旧世紀の建造物をそのまま使ってるわ! この間のウルスみたいに、いきなり敵地のド真ん中に出たら」

「その点は大丈夫だ! 目的地は事前にアビゲイルさんが、迷宮内のセキュリティに侵入して調べてくれた。少なくとも、いきなり敵兵に囲まれるなんてヘマはしないよ!」

「そう、なら走って! 速く! あの鋼鉄の大蜘蛛おおぐも、こっちに向かってくるやつもいる」


 灯牙は全速力で走る。

 目的のエレベーターは、既に目と鼻の先だ。

 そして今回は、その先に敵がいないことも調査済みである。続くリアラとトレイズも、必死で走っていた。そしてついに、リアラは息も絶え絶えなトレイズを小脇に抱えて駆け抜ける。


「トレイズ、掴まってろ! 今は男になど触りたくないとか、言ってる場合ではない!」

流石さすが、流石はアルテア様の第一の臣下。いやはや、お手数を」

「黙ってろ! 舌を噛むぞ! これだから文官は」


 やがて、エレベーターが見えてきた。

 灯牙が素早くタッチパネルを操作すれば、鈍い作動音が光を蘇らせる。開いた扉の中へと、一同は揃って飛び込むのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る