第25話「世界が裏切る音がする」
戦うことは、怖くない。
ただ、命を奪うこと自体には恐怖がある。
そして、無駄に
「死にたくないやつは逃げろっ! 退けば追わない!」
わざと大振りに、巨大な刃を
だが、
「ええい、うろたえるな!
長身の男が騎馬に乗って、周囲に
全身を金属の鎧で覆って、手には
灯牙の
軍馬の上から、冷たい殺意を込めた視線が注がれた。
「邪神クトゥグア! 先日は首都で随分と暴れてくれたようだな……我が名は、ガイアス! 一等市民の誇りにかけて、貴様を倒す!」
「また、わかりやすい奴が出てきたなあ。よし、こいっ!」
敵の名を知れば、自然と一人の人間として意識してしまう。
もう既に、子供じみた浮かれた高揚感はない。ゲームそのものを知らなかった灯牙にとって、自由な力はそれだけで喜びだった。
でも、今は違う。
歴史で学んだ通り、戦争は愚かで闘争は野蛮だ。
物理の視点で見れば、人間は力学的にあまりにも弱い。
言葉も数列も表現しきれぬ命が、あっさりと消えてゆく。
それが戦うということで、灯牙は自らそれを手段として選択したのだ。
「死ねェ、クトゥグア!」
「おわっと!? つ、強い、か……かなりの
馬の突進力を利用して、頭上から鋭い
剣で合わせて弾き返すも、反撃を
自然と、以前の戦いを思い出す。
初めての強敵、ザベック。
そして、その娘であるキュクル。
忘れられない、忘れてはいけない人たち。アルテアの理想は気高いが、彼女は犠牲が出ることを知っている。だから、悪逆なる魔王を演じて、最後は倒されるつもりでいたのだ。
灯牙だって、その覚悟を今はアルテアと共有していた。
「馬がやっかいだな。将を
「どうした、クトゥグア! 我が槍に手も足も出ないか!」
「どうかな? 手も足も出ないけど、こういうのは出るっ!」
灯牙はギリギリで身を反らして、
今度は擦れ違いざまに、三段突きが見舞われた。全てを回避しきったつもりでも、
だが、灯牙とて相手の戦いに付き合うつもりはない。
背後に回した手は、こういう時にうってつけの武器を
「――なにっ!?」
ガイアスが、短い悲鳴と共に落馬した。
灯牙が投げつけた鉄球が、彼の首を直撃したのだ。
しかもそれは、灯牙の握る
灯牙はさらに鎖を
今度は鉄球の動きをコントロールして、鎖をガイアスの身に巻きつけた。
「よし、
「なんの、これからよ! 誇り高きウルスの一等市民が、敵に情けなど受けぬ!」
「ああ、そうかよ! なにが誇りだ、それで誰が幸せになるってんだ」
胴体を鎖で引かれながらも、ガイアスは槍を捨てて腰の剣を抜いた。
だが、灯牙は敵にまだ戦う
「諦めてくれないってんなら、こうだっ!」
勢いよく、全力で鎖を引っ張る。
まるで
容赦なく灯牙は、その肉体を大地へと叩きつける。以前の戦いで、フル武装の鎧に身を固めた武人の恐ろしさは学習済みだ。刀剣ではなかなかダメージが通らないし、全身を金属で覆っていても素早い動きで迫ってくる。
だから、まずは動きを鎖で封じた。
そして、斬撃や刺突ではなく、シンプルに地面という打撃武器を使うのだ。
二度三度と振り回してやると、あっという間にガイアスが動かなくなった。それを見て、いよいよ戦線は
「よし、こんなもんだな。さて……そろそろかな」
一応、倒れたガイアスに近寄って見る。
まだ息はあるようだが、もう立ち上がってくることはなさそうだった。
そして、灯牙の戦いは次のフェイズへと進む。
突如足元に、一本の矢が突き立った。
振り返ると、白馬の上で弓を構える少女が一人。鎧姿は軽装で、どちらかというとドレスのように
「おっ、ナイスタイミング」
「そこまでだ、邪神クトゥグア! 私はレヴァイス帝國の騎士、ソリア! ウルス共和国の将兵へ告ぐ! 魔王軍は人間全ての敵、この場は
ソリアを筆頭に、帝國の兵士たちが介入してきた。
その数は、ざっと五千人……
ソリアは弓を捨てて剣を抜くと、自軍を
「レヴァイスの戦士たちよ、
真っ先に、先頭に立ってソリアが突っ込んでくる。
迷わず灯牙は、鎖を手放すや駆け出した。
地面に引きずる大剣が重いと思えば、手放した瞬間に再加速。そのまま腰の
ソリアもまた、太刀を手に驚異的な
灯牙から白馬を逃して空へと
周囲からは、帝國と共和国の別なく「おお!」と感嘆の声があがる。
「うおっと!? 本気だね、ソリアさん」
「当たり前でしょ、クトゥグア。どう? 言われた通りにしたけど、こんな単純なことで上手くいくと思ってるの?」
「絶対に上手く行くさ。敵の敵は味方ってね」
常人の身でよくぞと驚くほどに、ソリアの剣技と
だが、それでいい。
まずは『リヴァイスがウルスを助けた』という既成事実を作ったのである。
「ところで、クトゥグア! ……君ね、本当にカルスト要塞を、あの地下遺跡を破壊するつもり?」
「ああ。この世界が平和になった時、もう過去の文明、科学の産物なんていらない。平和にさえなれば、同じような技術が発展するし、それをこの世界は自力で得るべきだ」
「なんか偉そうよ、
「あれの奪い合いが、何百年も続く戦争の
ますます二人の危険な
だが、突然の地響きが二人を止めた。
灯牙は見た……カルスト要塞が真っ赤な炎に飲み込まれるのを。
「あれ……アルテア、まだ早過ぎる。どうしたんだ?」
「……今、
「えっ、じゃあ」
最終的には、カルスト要塞は地下の遺跡ごと破壊する。そう決めていたが、それは今じゃない。それなのに、
そして、信じられない声が戦場に響き渡った。
「ヒャハハッ! コンテニューだぜえ? クトゥグアアアアアアアッ!」
周囲の兵士たちも、突如爆発したカルスト要塞を振り返って立ち尽くしていた。
燃え盛る炎の中から、巨大な影がゆらりと持ち上がる。
それは、人のシルエットだ。
ただし、巨大な神の
「この声……ニャルラトホテプ!? そんな馬鹿な……それに、なんだ!? あの巨人は」
「そうよ、オレサマだよ! 言わなかったかあ? 残機が減っちまうってな……減ったよ、やられた! クソムカつくぜ。けどなあ、ゲームはまだまだ続いてんだよぉ!」
燃え盛る炎でさえ、焦がすことも叶わぬ
それは間違いなく、以前ウルス共和国で倒したニャルラトホテプだった。
灯牙は目を疑い、次に耳を疑う。
だが、現実だ。
兵士たちは既に、陣営を問わず混乱の中で逃げ惑っている。灯牙と
「そ、そんな……ちょっと、君が倒したんじゃないの? あれ」
「……事実だ。そして、現実。仕組みはわからないけど、ニャルラトホテプは蘇った」
「どうするの? やるなら手、貸すけど。あ、
「サンキュ、ソリアさん。そうだ、奴は……奴だけは野放しにしておけない!」
だが、灯牙の胸中に嫌な予感が広がってゆく。
果たして、再び倒したとして……また蘇ってこないと誰が言える?
本当の意味でニャルラトホテプを倒す手段は、まだ灯牙にはわからないのだ。
それでも、動く城のように巨大な
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