第24話「本当の戦いが始まる」

 払暁ふつぎょうの光を受けて今、灯牙トウガは玉座の間を訪れた。

 そこには、すでに魔王軍の重鎮たちが勢揃いしている。トレイズもリアラも、今日は緊張した面持おももちだ。普段通りなのはただ一人、無表情のアビゲイルだけ。

 そして玉座には、いつものアルテアが座っている。


「今日は大勝負だな、魔王アルテア」

「ええ、邪神クトゥグア様」

「みんなも、よろしく頼むよ。大変な戦いになると思うけど、今日が魔王軍の新しい始まりだ」

「わたしからも、皆にお願いします。どうか力を……この世界に、わずかでも光を」


 アルテアが立ち上がると、彼女の目配めくばせにアビゲイルがうなずく。彼女が光のパネルを無数に呼び出し、その全てに軽く指で触れてゆく。

 あっという間に、広く高い天井に外の光景が映った。

 望遠の映像は今、カルスト要塞の上空に浮かぶフォーマルハウト城を映し出している。そして、迫るウルス共和国の大軍が近付いていた。

 ざっと見ても、その数は十万近い。

 魔王軍は亜人たちを安全な森に降ろして、手勢は五百人程。カルスト要塞の留守を守っていたホムンクルスたちを回収しても、千人に満たない。

 数だけならば負けも負け、そもそも勝負にならなかった。

 だが、圧倒的なウルスの陣容を見ても、誰もひるまない。


「フッ、読み通りだな……トレイズ」

「ええ、リアラ殿。我らのウルス共和国への遠征、その往復は……カルスト要塞奪還の軍勢より速いと読んでおりました。大軍はえてして、行軍速度が遅いものです」

「しかし、随分と大所帯だな」

「よほど、このカルスト要塞が……が欲しいようで」


 腕組み笑うリアラに、トレイズもくちびるの端を吊り上げる。

 不敵な二人の笑みが、いよいよ魔王軍らしくなってきた。

 灯牙も改めて、自分に気合を入れ直す。

 今日は決戦……ウルス共和国軍の本隊と激突する。敵の目的は、フォーマルハウト城の眼下に広がるカルスト要塞。そして、その地下の遺跡だ。

 そこには、旧世紀と呼ばれる邪神群の時代の、文明の叡智えいちが眠っている。

 どれだけの科学力が封じられているかは、アビゲイルを見れば明らかだ。

 邪神……つまり、過去に地球を砕くほどの戦争をしてしまった、灯牙たちの子孫である。

 灯牙はほおをはたきながら、玉座に背を向け歩き出した。


「よっし、じゃあちょっと行ってくる。リアラさん、後詰ごづめよろしく」

「うむ、任された。アルテア様は命に代えてもお守りする。クトゥグア、お前も気をつけろ」

「なんか、あのリアラさんに心配されると不安になるな」

「なっ……どういう意味だ! 私は男など皆、等しく価値がないと思っている! だが、おっ、おお、お前は別だ……貴重な最強の戦力だしな! それだけだからな!」

「うわ、わっかりやす」


 ガチャガチャと背の武器を鳴らして、扉の前で灯牙は一度だけ振り返った。

 アルテアは再び玉座に座ると、静かに視線で頷く。

 灯牙もまた、その期待と信頼を受けて拳に親指を立ててみせた。

 そういうハンドサインは通じないようだが、アルテアの微笑びしょうが今日も綺麗だ。気負いも感じられないし、普段以上に堂々としている。


「さて……じゃあ、やるか!」


 扉を開け放ち、灯牙は走り出す。

 廊下に出てギアを上げれば、守りを固めるホムンクルスの兵士たちが出迎えてくれた。皆、忙しい中で灯牙の出陣を待っていたのだ。


「クトゥグア様! 御武運ごぶうんを!」

「我らも援護します! どうか御無事で!」

「絶対にまた、戻ってきてください。貴方様は、我々のような人造生物にとっても、希望」

「ほらほら、御同輩ごどうはい! 道を開けろぉ! 邪神クトゥグア様、出陣いたす! いあ! いあ!」


 居並ぶ兵士たちの声援を受けて、そのまま灯牙は城の正門から飛び出した。

 程なくして、地面が途切れて空が広がる。

 勿論もちろん、全速力で飛び降りた。

 あっという間に重力が、華奢きゃしゃ矮躯わいくとらえる。分厚い大気の層を何度もブチ抜いて、真っ直ぐ灯牙は大地へと落下していった。

 不思議と怖くはない。

 炎を使わずとも、戦えると確信している。

 今は、人智を超えた屈強な肉体の、その並外れた胆力たんりょく膂力りょりょくだけが頼りだ。


「っし、待たせたなぁ! お前たちの相手は、俺っ! 一人だぁ!」


 ドン! と地面に着地する。

 その瞬間、大きく屈んで片膝をつく。

 数百メートルもの高さから落下した、その衝撃を下半身が完全に受け止め逃した。以前より肉体を上手く使えているし、自分の強度や限界への理解も進んでいる。

 灯牙は邪神クトゥグア……たとえその炎を封じても、超人的な力に変わりはない。

 ゆっくりと立ち上がれば、目の前に砂煙と地響きが迫っていた。


「一列横隊、からの包囲かな? 左翼と右翼が突出してきた。けど、陣形なんて意味がないさ!」


 ときの声を張り上げ、大軍が押し寄せる。

 まるで、武装した津波のように迫ってくる。

 左右に首を巡らせれば、群れなす軍団の端と端はかすんで見えない。それでも、もうもうと舞い上がる砂塵さじんが、怒号どごうをはらんで加速していた。

 敵軍は数にものを言わせて、灯牙ただ一人をぐるりと囲むつもりだ。

 だが、想定内である。


「さて、ソリアさんは上手くやってくれるかな……大丈夫だよな」


 頭の中で一通り、手はずを思い出す。

 前もって昨日のうちに、ソリアは灯牙の策で帰国している。リヴァイス帝國ていこくとて、この戦いには無関係ではない。そして、無関係を決め込むことを許さない。

 最初は、灯牙の策にソリアは難色を示した。

 だが、そっとアルテアが口添くちぞえするや、手の平を返したのである。

 姉に手を握られ「お願いします、ソリア」とうるんだ瞳で見詰められると、まるで忠犬のように全てを了承してしまうのがソリアという少女だった。


「んじゃ、始めるかよ!」


 背負った無数の武器から、いつもの巨大な剣を手に取る。

 それ自体が最強のたてであり、無敵のほこだ。普通の人間ならば、持ち上げることも叶わぬ剛剣である。それを灯牙は、片手で軽々ヒュン! と振り回した。

 雄叫おたけびを上げて迫る、最初の敵は騎馬兵だ。

 軍馬のいななきを引き連れ、目視できる距離に迫る。

 迷わず灯牙は、全身の筋肉へとむちを入れた。


「オオオッ! ぶった斬る!」


 絶叫を張り上げれば、その声が痩身そうしんを躍動させた。

 あっという間に、横薙ぎに振るった巨刃が光を刻む。斬撃の軌跡が、まるで空間そのものを斬ったように輝きを放った。

 音速に近い一撃が、空気の断層を見えない刃に変えて解き放つ。

 目の前で大量の命が、千切れて吹き飛ぶ。

 人も馬も、等しく肉塊へと変わる。


「ひ、ひっ! 先鋒が……き、消えしまった」

「ひゃっ? 冷てえ、なんだ? 雨……じゃねえ、血だ! 血ぃ!」

「嘘だろ……たった一人だぜ、相手は」

「あれが、旧世紀の文明を滅ぼした……邪神の一柱、クトゥグア」


 一拍の間をおいて、血の雨が降り注ぐ。

 その中を濡れながら、灯牙は突進した。触れる全てを、鎧袖一触がいしゅういっしょくの連撃で次々と片付けてゆく。もはや戦いではなく、それは一方的な鏖殺おうさつだった。

 まさしく、あらぶる邪神に相応しい所業。

 だが、灯牙はまだまだ心の優しい少年の心を持っている。

 心の中に大切な人がいるから、今はそれを胸の奥にしまって戦うのだ。

 小さな嵐となって、乱撃で全てを飲み込み粉砕する……一騎当千の戦いを見せる灯牙は、頭上に声を聴いた。それは、足並みを乱して怖気おじけづく敵軍の精神を揺さぶる。


「この声を聴く、全ての者に伝えます。わたしは……魔王アルテア」


 頭上、フォーマルハウト城の前に半透明の映像が浮き上がった。

 とても大きく、そして荘厳なまでに美しい姿。

 アビゲイルの技術によって投影された、アルテアだ。


「民主共和制をうそぶき、偏見と差別で民を縛るウルス……あなたたちに、カルスト要塞は渡しません。そして、その地下に眠る遺跡を誰にも渡さないと宣言します」


 少し緊張しているのか、アルテアは胸に手を当て、一度息を吸って吐き出した。そして、決然とした強い眼差しで断言する。


「今日の正午をもって、。人間よ、記憶しなさい……ウルスもリヴァイスも、等しく震えておびえなさい。あなたたちにもう、戦争を演じている猶予ゆうよなどないのです」


 そう、これこそが灯牙とアルテアの新たな戦い。

 そして、改めて魔王軍がアースティアに覇を唱える狼煙のろしとなる。

 全ては、人間社会を一つにまとめるため。その先にこそ、ウルスの非道な階級制度や、レヴァイスの母皇帝ぼこうていによる専制政治の是正がある。それは途方も無く長い時間を要し、何度も挫折と失敗を繰り返すだろう。

 だが、人類がよりよい未来に向けてまずは、一つにならねばならないのだ。

 灯牙は動揺する兵士たちの前でえる。


「さあ、どうする人間っ! ここで俺に細切こまぎれにされるか、それとも」


 突如とつじょ、フォーマルハウト城から無数の矢が注ぐ。

 それは、打ち合わせ通りに灯牙が大剣を頭上にかざすのと同時だった。驟雨しゅううごとく降り注ぐやじりが、無慈悲に敵兵を蜂の巣にする。

 完全に統制を乱したウルス共和国軍を前に、灯牙はちらりと後方を振り返った。


「さて、もう一暴れか! ソリアさん、タイミングを合わせてくれよ?」


 既に周囲は、地面が見えないほどに矢が突き立っている。まるで矢の草原だ。その中を、ゆっくりと灯牙は歩き出す。まだパラパラと矢が降っているが、小枝を振るようにして頭上で切り払う。

 もう、敵兵の表情がはっきりと見える距離だった。

 死体を踏み越え迫る灯牙を前に、ウルスの軍勢は瓦解寸前がかいすんぜんに追い込まれるのだった。

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