第23話「見えてきた未来」
それも、不思議な夢だ。
まさしく
(あれ……父さん? 母さんも。どうして……泣いてるんだ?)
ただただ暗い闇の中に、両親の姿が浮かんでいる。
二人共、
だが、不思議と灯牙は心が
(なんで……え? まさか、僕がいないから、なのか? どうして)
最初はすぐ、会社の跡取りとしての自分が消えたからだと思った。
父にとっての、一番大事な
母にとっての、父に一番
そういうふうに接してくるのが、灯牙の両親だった。ただ一つの目的を達成するために、それ以外のことを許されなかった。その目的すら、自分で選ぶ余地がなかった。
だが、徐々に
(どうして……どうして、そんな悲しい顔をしてるんだ! ……あれ?」
ふと、灯牙は目が覚めた。
そして、自分を覗き込む少女へと
左右で違う色の瞳が、じっと自分を見下ろしていた。その美貌は、世界の敵として魔王をやってる女の子、アルテアだ。
状況が徐々に思い出されて、あとから現状に気付いた。
「あ、あれ? 僕は……アルテア?」
「はい。申し訳ありません、クトゥグア様。あの、お風呂で……ごめんなさい」
「いや、それは! いいんだ、全然いい。あと……どうして?」
「心配でしたので。あと、そうですね。そうしたいと思った、から? でしょうか」
周囲へちらりと視線をさまよわせる。
夜風が肌を撫でる、ここはどうやらフォーマルハウト城の外のようだ。
そう知ったら急に、後頭部で感じる感触にドギマギした。
とても柔らかくて、少し温かい。
慌てて立ち上がろうとした灯牙を、そっとアルテアは手で制した。
「どうか、このままで。クトゥグア様、もう少しこのままでいさせてください」
「え、いや、うん。いい、けど」
「ありがとうございます」
「ち、
そう、灯牙は
そのことを問うたら、アルテアは耳まで真っ赤になって顔を逸らす。自然と向けられた横顔には、びっしりと呪いの
「その、クトゥグア様。ええと、多分、お若い? ですよね? 大丈夫です、クトゥグア様は
「え、なにそれ。ちょっと待って」
「しょ、将来性があると思います! それに、お肌もすべすべですし、肉付きだってこれから……あ! わ、わたしが
「いやだから、ちょっと待って。……も、もしかして」
アルテアは素直に告白してくれた。
彼女が全裸の灯牙に、服を着せてくれたのだ。
それも、一人で
「わたしは詳しくはありませんが、殿方としての魅力はなにも、
「ま、待って、もうやめて。ゴメン、なんだか自分がいたたまれないからさ」
「あっ! ご、ごめんなさい……その、初めて、でしたので。ただ、その……
ますます赤くなって、アルテアは
身を起こした灯牙は、改めてそんな彼女の前に座り直した。
フォーマルハウト城の城壁がそびえる、その外側に二人はいる。巨大な浮遊城も、城壁の外は
そして、この小さな庭のような草原が、アルテアは秘密の
「ここはとても風が気持ちよくて、一人になることができるんです。でも、今は二人ですね、クトゥグア様」
「あ、ああ」
わざわざ一度立って、アルテアは灯牙の横へと座り直した。
肩と肩とが触れる距離だ。彼女は呪われた右半身を見せぬよう、灯牙の右側から
「クトゥグア様。先程アビゲイルから聞きました。……本気、なんですね」
恐らく、先にアビゲイルと相談していた今後のことだ。
ウルス共和国のような世界を見たあとで、灯牙は一つの決意を固めていた。そして、魔王アルテアを唯一の敵とする世界を、
ある程度話を
「アルテア、改めて確認するよ。今でも、世界の敵として魔王をやる、その決意と覚悟は変わらない?」
「はい」
即答だった。
アルテアのまなざしには、迷いも
その真っ直ぐな一途さが、灯牙には少しだけ痛々しい。
二つの超大国が争い合う、戦争状態が恒常化した異世界アースティア……その分断を解消し、平和をもたらすのがアルテアの目的だ。そのための手段として、彼女は魔王になることを選んだ。
両国の民の混血児
彼女は、全ての人に安全な居場所を作ろうとしている。
そのための、アースティアの民の最初の共同作業に……魔王である自分を倒すという試練を与えたのだ。
「もう、わたしのような人間を生み出してはいけないと感じました。ソリアのように、辛い想いをする人間もです」
「妹思いなんだな、アルテア。大丈夫、俺が最後までアルテアを支えるよ」
「ありがとうございます、クトゥグア様。わたし、クトゥグア様と出会えて……もう一つ、やりたいことが増えました。やらなきゃ、いけないこと」
じっと見詰めてくるアルテアが、顔を近付けてきた。
ふわりといい匂いがした。
「全てが終わったら、クトゥグア様を元の世界にお返しします。クトゥグア様は、太古の邪神……今は去った邪神たちは皆、ルルイエと呼ばれる地に暮らしていると聞きます」
「いや、まあ……俺は日本だけど。でも、そうだな。いつか俺も帰る日がくるんだろうな」
「はい。わたしとクトゥグア様の召喚の契約、それが失われれば……先日のニャルラトホテプのように。だから、わたしは」
アルテアが優しい笑顔になった。
だが、次の言葉に灯牙は絶句する。
「この命を、クトゥグア様に捧げます。リヴァイスとウルス、二つの民が一つになれば……必ずや魔王のわたしは倒されるでしょう。この命尽きる時が、クトゥグア様の帰還の時です」
「それって」
「召喚主が死ねば、
「駄目だ! そんなの駄目だ、アルテアッ!」
思わず灯牙は立ち上がってしまった。
大きな声に驚いたのか、アルテアはきょとんとしている。
そして、灯牙の中に奇妙な違和感が浮かび上がった。まるで、自分が発した言葉に
その正体はわからないが、はっきりわかっていることは一つだった。
「アルテア、君が死ぬ必要なんかないんだ。自分から死ぬなんて言っちゃ……それじゃあ、自殺を予告するようなものじゃないか! 駄目だよ、アルテア」
「クトゥグア様……で、でも、そうしないとクトゥグア様はルルイエには」
「いいんだ。君の犠牲がなきゃ帰れないなら、俺は帰らない。俺は――」
――ずっと、アルテアの
そう思って、口には出さずに言葉を沈めた。飲み込んだ想いが胸の奥で、初めて灯牙に気持ちを気付かせてくれる。
きっと、多分、恐らく、確実に。
灯牙は、この可憐な魔王に恋をしてしまったのだ。
これが、このもどかしいまでに制御不能な熱さが、恋心なのだ。
知らず学ばなかったことを今、灯牙は体験していると感じた。
「クトゥグア様? ど、どうしましょう。わたしのような人間の命など」
「そういうこと言っちゃ、困るよ。俺の……俺の、すっ、すす……大事な、大切な人のことをさ」
「わ、わたしがですか!?」
「駄目、かな。嫌なんだよ、アルテアのことを『わたしのような』なんて。アルテア自身に、一番そう言ってほしくない」
灯牙はそっと手を差し伸べる。
その手に手を重ねて、アルテアも立ち上がった。
「……灯牙、だ」
「えっ? それは」
「僕は、
見様見真似で、その場に灯牙は屈み込む。
好きな異性に、どうしていいかわからないからだ。勉強しかしてこなかったので、テレビや映画も、小説さえも見たことがない。
だから、歴史の中で騎士が姫君にするように
驚きつつも、アルテアは
「灯牙、様。わたしの邪神クトゥグア様は……その名は、灯牙様」
「ああ。俺はアルテアのために戦う、そう決めた。だから、自分から死ぬなんて言わないで」
「……はい。では、わたしも一つお願いが……その、二人きりの時だけ、灯牙様とお呼びしてもいいですか?」
アルテアの命を犠牲にしてまで、帰る価値なんてあの日常にはない。それはこのアースティアから見て、遠い過去なのだ。ならば、自分にとっても過去として忘れても構わない。
再度立ち上がった灯牙は、気付けばアルテアの手に指を絡めて握り合う。
そうして二人並んで、しばらくただ黙って星を見上げて過ごしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます