第19話「炎邪再醒」
ざわめきで周囲は、空気に重さが乗ったように尖っている。
緊張感に身を硬くしながら、
「さあ、よく見な! これが……魔王アルテアちゃんの秘密だぁ!」
酷く興奮して、高揚感に満ちた声だった。
そして、ニャルラトホテプの手が、アルテアの右目を覆う
悲鳴が響いて、アルテアは必死で灯牙から目を背けた。
だが、無情にも真実が暴かれた。
「アルテア、君は」
「見ないで、ください。クトゥグア様、わたしは……ッ!」
そこには、真っ赤な瞳が宝石のように輝いていた。
赤い右目と緑の左目。
それは、単に彼女がオッドアイ、左右の瞳の色が違うというだけではない。それ以上の意味が、この異世界アースティアには存在する。
それは、長らく戦い続けているレヴァイス
生まれながらの民族的特徴を、アルテアは両方持っているのだった。
「ハッ! この意味がわかっかよ、クトゥグア! アルテアちゃんはなあ……レヴァイスの
「……それが、どうした」
「おいおい、リアクション薄いなあ! 特大のイベントだろぉが、もっと盛り上がれよ」
「それがどうしたって、言ってるんだ!」
決然とした怒りが、心の奥底から燃え上がる。
それは、全てを焼き尽くす炎となって今にも吹き出しそうだ。
必死で理性を総動員して、灯牙は邪神の力を制御し、押し止める。すぐにでもニャルラトホテプを、地獄の
だが、その力を振るえばアルテアはさらに苦しむことになるのだ。
「アルテア、今の話は……本当かもしれない、けど」
アルテアは泣きながら、小さく
色の違う
その涙は、優しい魔王をただの乙女にしてしまったのだった。
「わたしは……この男の言う通り、
「それは違うっ!」
「……クトゥグア、様?」
「生まれたこと自体を罪に問うなんて、間違ってる。そして今……お前は自分の生き方に意味を
茶化すように、ニャルラトホテプが口笛を吹いた。
だが、構わない。
灯牙は邪神クトゥグアとして、魔王アルテアに召喚された。彼女の願いは、終わらぬ戦争を終わらせること。レヴァイスとウルスが手を取り合うために、両国の共通の敵、世界の敵になることだった。
祈りのように清らかで、あまりに理想的過ぎる透き通った願望だ。
それでも、自由を得た灯牙は、そのための希望になると誓ったのだ。
だが、突然少女の声が国営闘技場に響き渡る。
「ニャルラトホテプ! その女を殺しなさい! そして、クトゥグアも!」
振り返って、灯牙は目を見張った。
そこには、初めて会う女の子が立っている。手にした
そして、驚いたのは酷く顔色が悪いからではない。
病院の検査着みたいな、簡素な服の少女は息も絶え絶えだ。
そして、大きく肩を上下させるその身は……全身に呪いの紋様が浮かび上がっている。
笑えば愛らしいであろう顔にまで、びっしりと呪いが
「あぁ? オレサマに命令すんのかよ、キュクル」
「そうよ……! あんたはあたしが召喚したんだもの!」
「あ、そうだっけ? そういや、今回はそうだったな」
「さあ、クトゥグアを……お父様の
灯牙は絶句し、思わずゴクリと
邪神の力は強過ぎて、使えばその反動を召喚主へ返してしまう。強力無比にして純粋な魔力は、使った分だけ召喚主の身体に呪いを刻みつける。それは命を
だが、キュクルと呼ばれた少女の姿は異常だ。
こんなになるまで、ニャルラトホテプは力を使い続けたというのだろうか。
「え……父親の、敵? 俺が?」
「そうよ! あたしはザベックの子キュクル! よくも……よくもあたしのお父様を!」
以前、カルスト要塞を攻略中、強敵と戦った。
灯牙が初めて出会った、本物の武人だった。
そんな簡単なことが、今まで全然わかっていなかった。
世界の敵を名乗っていても、人の敵になる恐ろしさに
「あ、ああ……ニャルラトホテプ! あの子、お前を召喚してくれたんだろう? どうしてこんなになるまで、魔力を使い続けた! あれじゃあ、あの子は」
「ああ、死ぬんじゃねえかな。っべーよな、
「残機? 1UP? なにを言ってるんだ? それより、あの子を……俺は、謝らなきゃいけない。だから」
「ゲームなんだよ、ゲーム! 召喚主ガチャ、今回はクソ爆死だったってことだ」
言ってる意味がわからない。
そもそも、灯牙はゲームをやったことがないのだ。ビデオゲームやアーケードゲームは
ゲーム、
お遊びだとニャルラトホテプは
そのニャルラトホテプだが、いまだに嫌がるアルテアを離さない。その代わり、空いた左手を灯牙へ向けてきた。
「さあ、やろうぜ! 真剣勝負、ガチバトルをよぉ!」
「その前にアルテアを放せっ!」
「
彼は、まるでなにかを呼び込むように、クン! とその手を振り上げた。
刹那、闘技場のいたるところで木々が
そして、鋭い殺気と共に、おぞましい声がそこかしこで動き出した。
以前も見たが、どうやらニャルラトホテプの魔力は大地や草木を操るらしい。あっという間に、巨木が根を脚のように抜いて歩き出す。
「くっ、数が多い!」
必死に灯牙は、剣を振るう。
そして、またしても自分が恵まれていたことを思い知った。自分の強さは、ただ
うごめく樹木を二体、三体と倒す度に、それは無言で弱さを突き付けてくる。
「この剣……あっという間に駄目になった! 切れ味が!」
そう、ウルス共和国の兵士から奪った剣は、
もう刀身はボロボロで、その切れ味は斬撃の都度
普段は、フォーマルハウト城から持ち出した
リアラも言っていたが、どの武器も伝説級の優れたものだったのである。
灯牙はそれを、当たり前のように使っていたのだ。
「ギャハハハ! 手前ぇ、レア武器ねえと滅茶苦茶弱いじゃんかよ!」
どこからともなく、ニャルラトホテプの声が響く。
だが、灯牙には言葉を返す余力がない。
倒しても倒しても、とめどなく敵意は押し寄せてきた。圧倒的な物量が、徐々に灯牙の動ける範囲を狭めてくる。そして、魔力で生み出した邪悪なクリーチャーは、どんどん増えていった。
もう駄目かと思った、その時だった。
「クトゥグア様! 今こそ炎を……その力を! わたしは耐えます! 耐えてみせます!」
「ああ? おいこら、なに勝手に喋ってんだ? オレサマァ、キュクルを見てっから知ってんぜ。邪神の魔力のその反動、召喚主に跳ね返る痛みのヤバさをよぉ!」
「御決断を、クトゥグア様! わたしを信じて……それに、これ以上ニャルラトホテプに魔力を使わせては、先程の少女が死んでしまいます! どうか――キャッ!」
「うるせーぞ、女ぁ!
遠く森の奥から、
その瞬間、灯牙の中でなにかが弾ける。
聴こえなくなったアルテアの声が、脳裏に反響していた。
――わたしを信じて。
そう、いつだってアルテアは灯牙を信じてくれた。我が身を
彼女に
「……わかった。アルテア、俺は……俺は、焼く。俺ごと炎となって、焼き尽くす!」
必要最低限の炎を、極力セーブして使う余裕などなかった。その程度の炎では、周囲の魔物を倒すのに時間がかかってしまう。その間ずっと、アルテアを呪いが
だから、最大火力を使って一瞬で消し飛ばす。
灯牙は自分奥底に封じて沈めた力を、
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