第17話「洗練された歪みの中へ」

 灯牙トウガたちはあっさり、ウルス共和国の軍に捕まった。

 戦いは始まる前にすでに、終わっていたのである。

 いな、戦いにすらならなかった。エレベーターを降りて地下迷宮を抜けた先が、敵兵たちのひしめく行政局ぎょうせいきょくのド真ん中だったからだ。

 謎の超大国、ウルス共和国……このアースティアを二分する西半分を支配している勢力だ。その中枢は、彼らが邪神と呼ぶ旧世紀文明、いわゆる灯牙たち地球に生きていた人間の遺跡をそのまま使った建造物だったのだ。


「参ったな……これはかなり、やばい。とらわれのアルテアを助けようとして、僕自身が捕まるなんて」


 動揺するとすぐ、邪神クトゥグアの仮面ががれる。

 灯牙が弱きになっている証拠だ。

 今、周囲を重武装の兵士たちに囲まれ、刃を突きつけられながら灯牙は歩いていた。軍の施設らしいが、詳しいことはわからない。あまりにも厳重な警備で、観察するひまもあまりなかったからだ。

 ただ、リアラやソニア、アビゲイルとは引き離されてしまった。

 一人になると、心細い。

 そんな灯牙は、周囲に言われるままに狭い部屋へと放り込まれた。

 殺風景な、なにもない部屋だ。


「よし、ここで服を脱げ。侵入者への入植検査がある」

「入植? いや、僕は……俺は、ウルス共和国の人間になるつもりは」

「お前の意志は聞いていない。お前は正規の手続きを経ていない人間で、人間である以上は全て資源とするのがこの国の法だ」


 隊長と思しき兵士の声は、酷く事務的で平坦なものだった。

 まるで感情を感じず、冷たいマシーンのようである。皮肉にも、機械そのものであるアビゲイルの方が何倍も感情を感じられた。

 灯牙は大きくため息をこぼし、自分に気合を入れる。

 絶対に、魔王アルテアを救う。

 それは、彼女に召喚された邪神だからもあるが……それだけではない。

 生まれて初めての自由を謳歌おうかするからこそ、仲間の救出は自分の自由意志だからだ。


「さて、と……人間は資源、か。言い得て妙だね。じゃあ……俺が人間じゃないとしたら?」

「ん? なにを言っているんだ、お前は。貧相なガキが」


 今の灯牙は、武器を全て奪われている。

 だが、たっぷりと冷徹な表情を自分に作り込んでから、もったいぶったように灯牙は兵士たちをめつけた。


「俺は、クトゥグア。魔王アルテアに召喚されし、旧世紀の邪神クトゥグアだ」


 静寂、沈黙――そして、失笑。

 兵士たちは皆、互いに薄笑いの顔を見合わせた。

 当然かもしれない。

 このウルス共和国にも、決起した魔王軍や邪神クトゥグアの存在は知れ渡っていると思う。だが、その最強戦力がまさか、灯牙みたいなせっぽちの少年とは思わない筈である。

 ただの子供にしか見えないので、説得力がまるでない。

 ならば炎を見せるかと思い、焦る自分をいましめる。

 見た目に不似合いな怪力を披露しようとしても、無数の刃を向けられ身動きが取れなかった。


「お前が邪神クトゥグアだって? おいおい、二流の冗談だな」

「なら、試してみるか? 素手でもこの程度の人数、あっという間だけど」

「凄んで見せても二流は二流、これから二等市民となるに相応しい虚勢だ」


 まるで取り合ってもらえない。

 そして、周囲でガシャリと兵士たちが身構える。突き付けられた剣の全てに緊張感が宿った。一触即発、妙な動きを見せた瞬間、灯牙は八つ裂きである。

 同時に、ウルス共和国の不鮮明ないびつさを灯牙は思い出していた。

 周囲の兵士たちは皆、赤い瞳に敵愾心てきがいしんを燃やしている。この国では、純粋なウルス生まれの民族が一等市民だ。生まれながらに瞳が赤い人間だけが、いわゆる普通の国民なのである。そして、他国の制圧や占領で得た人的資源は、二等市民として低く扱われる。

 なかなかのディストピア感で、歴史を勉強した灯牙もびっくりの旧態然とした国である。

 そう思っていると、隊長が予想外の言葉を放つ。


「さて、自称邪神よ……ここで服を脱げ。下着も脱いで、全裸になるのだ」

「……は?」

「お前には健康検査が待っている。拒否は勿論もちろん、逃走や自死も許されない」

「いや、死にたくないから脱ぐけどさ」


 渋々しぶしぶ灯牙は、順々に着衣を脱いで捨てた。

 殺されたって簡単には死なない肉体だろうが、痛いのはできる限り勘弁かんべん願いたい。

 憮然ぶぜんとする灯牙に、嘲笑ちょうしょうにも似た声が密やかに注がれた。


「おいおい、本当に男だぜ。俺はてっきりメスガキだと思ったんだが」

「へへ、酷く痩せてやがる。邪神の名が聞いて呆れるぜ」

「カルスト要塞が陥落し、あのザベックがやられたらしいからな。邪神クトゥグアってのは、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうたる屈強な大男だろうよ」


 すっかり生まれた時の姿になって、灯牙は次の指示を待った。

 隊長が顎で進行方向をしゃくると、追い立てるように切っ先が背に触れてくる。

 灯牙は、無言にうながされて奥の扉へと進んだ。

 裸になるのは屈辱もあるが、酷く恥ずかしい。同年代の少年たちは皆、もっとたくましい身体をしていたのを思い出す。灯牙は背も低く、肉付きに乏しい貧相な肉体だった。

 それでも、次の扉を開いて指示通りに歩く。


「……ここは?」

「黙ってそこに並べ!」

「はいはい、並びますよ。並びますから! さっきからチクチクうるさいなあ、もう」


 そこには、数人の男女が裸で並んでいた。

 そう、

 そして、その中に見知った顔を認める。


「おや? クトゥグアだな、あれは」

「ちょっと、アビゲイル! なんでそう冷静でいられるの? 信じられないわ」

「ソニア、私は元々着衣を身につける習慣がない。確かにお前は肉付きが残念だが」

「う、うるさいわね! 姉様がグラマーでセクシーなだけだもん!」


 ソニアあとアビゲイル、そしてリアラがいた。

 勿論、全裸である。

 ソニアは薄い胸や股間を必死で手で覆っているが、リアラの様子がおかしい。彼女は普段の覇気が嘘のように、茫然自失ぼうぜんじしつに見えた。その全身をかたどる曲線美を隠そうともしない。

 堂々としているアビゲイルはともかく、様子が変だと灯牙は思った。

 整列するように兵士たちが言う中、灯牙は仲間たちに駆け寄りそこに並んだ。心配でリアラの顔を覗き込んだが、緑に輝く瞳が冷たく濁っていた。


「あの、リアラさん? 大丈夫ですか?」

「……嫌、だ……何故なぜ、私が男どもに」

「えっと、とりあえずあっち向いてますけど……脱出のチャンスは来ますよ。今は従うふりを……リアラさん?」

「男どもの手に、触られた。その目に我が肌を……クッ、殺せ! いっそ殺せ!」

「落ち着いてください、リアラさん!」


 そっと触れた手を、振り払われた。

 全身から嫌悪けんおの空気を発散したまま、リアラはうつむいている。

 そうこうしていると、奥から白衣を来た初老の男が現れた。


「よし、では本日の市民選定しみんせんていを行う。諸君らはえあるウルス共和国の二等市民になることが許された。これから、個々への市民番号を発行する」


 男は医者のようで、軽い健康診断があるらしい。

 しかし、それはまるで家畜を選別するかのように冷たい空気に包まれている。

 医者は順々に診察して、ナンバーを振ってゆく。

 それが灯牙には、妙に思えた。


「市民番号とやらは15桁、その大半は通しの番号みたいだけど……15桁目から10桁目までは、なんだ? なにかの管理区分なのかな」


 素朴そぼくな問を呟けば、小さく答が返ってくる。


よ……それぞれ2桁で、労働義務単位ろうどうぎむたんい出生義務人数しゅっしょうぎむにんずう、そして交配相手人数こうはいあいてにんずう


 つぶやいたのは、ソニアだ。

 突然、彼女は髪の毛の中に手を突っ込んだ。同時に、アビゲイルがキュイン! と身をひるがえす。

 あっという間にソニアは、目の前に来た医者の腕をねじりあげる。その手には、隠し持っていた小さな針が握られていた。奥の手、もしもの備えというものだろう。


「くっ、貴様きさま! なにをする!」

「動かないで! この男を殺すわよ!」

「貴様ぁ! ……いや、待て。どこかで見た顔……いや、しかしニャルラトホテプ様が捕らえたはず! でも、その顔はレヴァイスの剣姫けんき!? じゃあ、国営闘技場こくえいとうぎじょうにいるのは!?」


 一瞬の隙を突いた、女性陣の躍動。

 あっという間に、アビゲイルが兵士たちを次々と襲う。灯牙は初めて、彼女の腕が肘先ひじさきから切り離され、空飛ぶ鉄拳として武器になることを知った。

 それ以上に驚いたのは、突然はじかれたように飛び出したリアラだ。

 リアラは悲痛とさえ思える叫びを張り上げ、あっという間に徒手空拳としゅくうけんで兵士たちを倒してゆく。鬼気迫るといった気迫は、灯牙の肌を冷たく泡立てた。


「男どもが! 不浄で不潔、汚らわしい! ハァ、ハァ……おい、クトゥグア!」

「は、はい。えっと、リアラさん……大丈夫? なにか様子が」

「うるさい! それより、アルテア様をお前は救出に行け。くやしいが、お前は炎が使えずとも常人を超越した身体能力がある。そこいらの兵士から身ぐるみ剥いで、国営闘技場とやらに急げ!」


 周囲の他の囚人しゅうじんたちは、混乱の中で逃げ始めている。

 その中に紛れて行けば、外へ出られるかもしれない。

 リアラやソニアを置いていくのは心配だが、アビゲイルが淡々と戦闘をこなしながら声をとがらせた。口調こそ普段通りだが、珍しく言葉に有無を言わさぬ強さがあった。


「クトゥグア、行け! 自分は二人を守りつつ、装備の回収を行う。あとでこちらから合流する……どうせお前は邪神、派手に暴れれば居場所は自然と知れるからな」

「……わかった! ありがとう、アビゲイルさん。俺、行くよ!」

「アルテアとやらを救え。彼女は魔王である前に、お前の召喚主だからな」


 大きく頷き、灯牙は手近な場所に昏倒する兵士からアレコレを剥ぎ取った。屈強な成人男子の着衣は、どれもサイズがぶかぶかだ。だが、今は贅沢ぜいたくを言っていられない。

 酷く小さな兵士がその場に完成し、混乱の中で外へと走り出したのだった。

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