第15話「力と技と、今と過去と」
フォーマルハウト城が、ウルス共和国首都の真下に到着するまで、丸一日。
まずは
その上で食事をして、今は無数の剣を床に並べている。
場所は城の大広間……話を聞きつけたのか、周囲には大勢のホムンクルスたちがいた。彼らはトレイズが生み出した人造生命、いってみれば全員がクローン人間である。だが、不思議と灯牙を慕ってくれるし、ただの戦争の駒である以上に自我や感情がある。
彼らのできるだけの自由を灯牙は保証してきたから、追い払う訳にもいかない。
大勢が囲む中で、灯牙は一振りの剣を手にした。
それは、なんの変哲もない両刃のロングソードである。
「よしっ! お前に決めた! ……じゃあ、悪いけど、リアラさん!」
両手で剣を構えて、待ちかねたかのような相手の前に切っ先を突きつける。
この世界に来て最初は、自分が無敵の邪神のように思えた。武術やスポーツの経験がなくても、肉体に宿った力は本物だったのだ。だが、そこには力を使いこなす技が全く備わっていなかった。
だが、この異世界アースティアには強敵が存在する。
炎の魔力を封印して戦う今、効率よく力を使うための
宝剣とも呼べる
「フン、丁度いい。基礎を学ぶには最適な剣だ。それとて、
「えっ、そうなの? な、なんで」
「武器には、
「あっ、そういう……ようするに、由緒正しい武器ってこと?」
「そうだ。そして、名声は力となって武器に宿る。さあ、来い!」
リアラは腰の剣を抜き放ち、身構える。
彼女が持っているのは、細く鍛えられた真っ直ぐな直刀だ。娯楽や創作物に明るくない灯牙でも、それが
レイピアという名前も、その剣が活躍した三銃士やシュヴァリエ・デオンの物語も灯牙は知らない。それでも、鋭い切っ先の一撃が確実な死をもたらす、それだけはわかる。なにより、リアラから発する闘気がそれを伝えてくるのだ。
「よ、よろしくお願いします! リアラさん!」
「ああ、来い……クトゥグア、お前は強くあらねばならん」
「はいっ!」
灯牙は構えた剣を手元に引き絞り、出方を
騎士の儀礼に
だが、攻められない。
踏み込んで剣を振り下ろすことができないのだ。
灯牙程度の感覚でも、リアラに全く隙がないことはわかる。
「どうした? 攻めてこないのか?」
「いや、それが……なかなか。なんか、肌がビリビリするっていうか」
「ほう? そう感じるとは、大したものだ。では、こちらからゆくぞ!」
不意に、目の前に立つリアラの姿が輪郭を
次の瞬間には、不意に彼女の姿がかき消えた。
すかさず灯牙は、全神経を集中させる。
肌がひりつくような殺気が、右側に空気の重さを凝縮させていた。
右からの気配にすかさず剣を振るって、襲い来る斬撃にぶつける。
「我が剣を察したか、クトゥグア!」
「危ないっ、リアラさん! こ、これ、特訓なんですよね!? 練習ですよね!?」
「そうだ! 本気の訓練でなくば、意味はあるまい!」
当たれば致命傷、そう思わざるを得ない一撃をいなす。
その
リアラは本気だ。
油断すれば、殺される。
それだけの本気を、灯牙は不思議なほどにありがたく思っていた。
実際にこれから、自分を殺そうとする敵と戦い、勝ち進む必要がある。魔王アルテアを救うためには、無数の命を倒して殺す必要があるだろう。
そのことに
だが、それは今までも一緒で、常に乗り越えてきた。
多くの命を手にかけてきた、そのことを忘れないし、言い訳もしない。
ただ、覚えてる……ずっと、覚えてる。
一秒たりとも忘れず、一生忘れられない。
それは、初めて自分の意志がやりたいこと、そしてやれたことの結果だからだ。本当に自分に力があって、それが求められた結果だから……この身に刻んで、決して否定はしない。
「くっ、
灯牙は押し寄せる
肌が切り裂かれて、鮮血が小さく舞う。
それが床に滴り落ちる前に、灯牙は無数の突きを避け切った。
まるで、嵐のような乱撃だ。
その何割かは、体中に血の花を咲かせる。
だが、急所に当たるもの以外は無視して踏み込んだ。
「なんと……クトゥグア、お前はっ!」
「はああっ! セェイ!」
灯牙には、全てが見えていた。
それにまだ、肉体は追従してくれない。だから、被弾する。全部が見えているのだから、理論上は全部を避けれた
だから、完璧な回避は無理だ。
でも、どれだけ回避できるか、どれを回避できるかは選ぶことができる。
「零距離、密着! 取った!」
灯牙は、殺到する全ての剣をすり抜けた。
正確には、致命傷となるものだけを避け、残る痛みの全てに耐えた。
そうして、リアラへと剣を振りかぶる。
当然、リアラは防御しようとした。
その、身を守るための剣を灯牙の一撃が断ち割る。
ダキン! と金属音が響いて、背中は折れた剣の破片が床に刺さる音を聴いた。
そして、勝負はあった。
「あ、あれ? なんで、かな……リアラさん?」
「まあ、こういうことだ。お前は人ならざる力を持っている。それを使うには、もっと相手をよく知ることだ」
灯牙は確かに、リアラの剣をへし折った。
だが、その瞬間には……折れた剣をリアラに
動けば殺される、そういう間合いだった。
チェックメイト、灯牙の負けである。
灯牙が剣を収めると、数歩下がってリアラも剣を
「いい気迫だった。だが、剣を折ったくらいで勝ちと思わぬことだ」
「ですね……してやられましたよ。でも、ありがとうございます」
「な、なっ! 別にどうということはない! いつでも
「へ? あ、まあ、いや……これでも邪神ですからね。アルテアの召喚してくれた邪神、そう……俺は邪神クトゥグアだ」
「そ、そうだっ! だからこそ、私が鍛えてやってるのだ!」
そして、白々しい拍手が響く。
振り返れば、意外な人物が歩み寄ってきていた。
ホムンクルスの兵士たちは、魔王軍の幹部同士の戦いに興奮し、中には手を叩いたり口笛を吹くものもいた。
だが、そんな中で目元も険しく近付いてくるのはソリアだった。
「勝負合ったわね。君ね、クトゥグア……いくら力があっても、コントロールできなきゃダメじゃない」
「ぐっ! そ、それを言われると、ちょっと……辛い」
「力の差、物理的な身体能力ではリアラはあなたの半分もないわ。でも、その全てを使える。対してあなたは、持ってる力の二割りも引き出せていない」
ソリアの言う通り、パワーの総量ではなく、その使い方で負けたのだ。
その証拠に、リアラは全く息を乱してはいない。
彼女に灯牙は、想定した以上の運動をさせられなかったのだ。
リアラが身構え見きった通りに、灯牙が動かされたということになるだろう。
だが、ソリアの視線は灯牙ではなく、リアラに注がれていた。
そして、意外な言葉が零れ出る。
「リアラ、だったわね。……私がリヴァイスの
リアラは、最初は無言でソリアを見詰めるだけだった。
だが、観念したように溜息を一つ。
「……私はかつて、帝國の騎士だった。そして、その誇りは今も変わらない」
「あ、やっぱり。で? なんで君、帝國を捨てて魔王軍なんかに」
「ここでなら、自分に正直でいられるからだ。それが叶わぬ想いでも……その想いを、誰も否定しようとしない。特に、アルテア様は」
それだけ言うと、リアラは行ってしまった。
灯牙には、なにがなんだかわからない。
ただ、リアラに切実な気持ちが宿っていて、今も彼女の全身に沈殿しているのだと感じた。そしてそれは、アルテアがいなくなってから顕著になったように思える。
思わず灯牙は、取り残された形のソリアに理由を聞いてみた。
「なあ、ソリアさん……リアラさんって」
「
「へっ?」
「彼女を称賛する……同時に
それだけ言って、ソリアも行ってしまった。
なにがなんだかわからないが、灯牙はただただ目を丸くして瞬きを繰り返すほかない。ただ、今こうして向かっているウルス共和国もそうだが、レヴァイス帝國にも複雑な事情があるようだ。
そう思ったのは、アビゲイルの声が目的地への到着を教えてくれるのと同時なのだった。
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