第8話「魔王の意外な一面?」
日が落ちて、闇。
月を囲む
エルフの村で戦力を削っても、これでは地の利が大き過ぎる。
だが、先程助けてくれた少女は、まるで勝手知ったる我が家のように歩く。
「
「あ、ああ」
それは不思議な少女だった。
頭に笠を被って、顔を見せてはくれない。旅装のマント姿も、どこか和風な
戦争が続く中で、旅のために弓や剣術を習ったという。
そんな少女との、先程のやり取りを思い出す。
九死に一生を得た灯牙は、剣を収めると恩人に駆け寄った。
少女もまた、
だが、目深く被った
気になることではなかったし、灯牙は真っ先に彼女の手を取り礼を述べた。
「助かった! ありがとう、本当に危ないところだったんだ」
「いえ、お気になさらずに。間に合って本当によかった」
「俺は灯牙、皆からは邪神クトゥグアって呼ばれてる。君は?」
「私はソリアと申します。……クトゥグア? あの、太古に世を滅ぼした」
「事情があってさ、邪神として召喚されたんだ」
「なんと、やはりあの
ソリアは顔こそ見せてくれないが、自分がレヴァイス帝國の
少し驚いた様子だったが、彼女は握手する手をしっかりと握り返してくれた。
「魔王アルテアの決起は、私たちの耳にも入っております。今は
「いや、それが……まあ、ちょっと事情があってさ」
完全に警戒心を
彼はそっと灯牙の耳に口を寄せて、わざとソリアにも聴こえるように言葉を選ぶ。
「クトゥグア様、危険です。この者は帝國の人間、あまり軽々しく接しては」
「でも、助けてくれたんだ。俺に害意があるなら、サイクロプスに始末させればよかったと思うけどな。でも、サンキュだよ? トレイズさん、心配してくれるんだ」
「恐れ多いお言葉……
「わかってるよ、大丈夫。で、ソリアさんだっけ? ええと」
ソリアはどうやら、素顔を
なにか事情があるのだろう。
「顔を明かさぬ無礼をお許しください。で、クトゥグア様はもしや」
「あ、うん。あそこのカルスト要塞をちょっとやっつけようと思って。中に
素直に全てを話したら、ソリアは笑った。
悪気がないのが伝わって、無邪気にさえ思える笑みだった。
だが、彼女は
「失礼、あまりにも簡単に
「まあ、そうなんだろうけど……今回は炎の魔力は使いたくないんだ」
「それはまた、無謀なことを。
周囲で一斉に、ホムンクルスの兵士たちが武器を構えた。一気に雰囲気がささくれだって、夕闇迫る場の空気が凍りつく。
なんだか、以前よりぐっと兵士たちからの好感度を感じる。
それに、灯牙はソリアの言い様にさして不快感を感じなかった。
邪神たちは太古の昔、世界を滅ぼした。
書いて字の
その
「恐れ、か……確かに俺は怖いのかも知れない。せっかくこうして異世界に、アースティアに生まれ変わったんだしさ。なるべく、ハッピーエンドを目指したいんだ」
「ハッピーエンド……幸福な結末ということでしょうか。それは?」
「共和国と帝國の戦争を終らせる。そして、アースティアを平和にするんだ」
今度は笑われなかった。
むしろ、
だが、ソリアはしばし沈黙したあとでこう切り出した。
「
「と、いうと」
「いささかカルスト要塞には
傘の奥で、ソリアが
利害の一致、これに
そして、ソリアはすぐに具体案を提示してきた。
「もうすぐ日が落ちます。夜陰に乗じて接近し、地下を流れる水道を伝って城内に入れば……最小限の戦闘で、あの要塞を無力化できると思いますが」
「ふむ! 実際、半分とまではいかないだろうけど、共和国の兵隊さんを随分倒したからな。残る手勢を片付ければいいし、なにも皆殺しにする必要はないんだ」
「頭を叩く、ということでよろしいでしょうか?」
「そうそう、それ。大将格を潰して、あとは城から追い出す。逆らう奴は……少し強引に出ていってもらう。いちいち倒してもいられないけど、対処するしかないな」
「クトゥグア様の手勢は、せいぜい多くて50人程でしょうか? それがよろしいかと」
「あ、俺が一人で行くよ。ソリアさんも、道案内だけでいい」
これには流石に、ソリアも驚いたようだ。
こうして灯牙は、ソリアだけを
虫の音が歌う中を、闇から闇へと影の中。
そして、灯牙の前に大きな川が見えてきた。
静かな流れの上を、無数に光る虫が飛び交っている。
ソリアはそこで振り向いた。
「あそこです、クトゥグア様。あそこから水を取り入れてるんです。有事の際の要人の脱出経路でもあり、行き来するための通路が備え付けてあります」
「なるほど。行ってみよう」
すぐに、
水の流れは、その奥へと続いている。
灯牙は両手で格子状の鉄棒を握って、力を込める。あっという間にぐにゃりと曲がって、人が一人通れるくらいの隙間ができた。
「よし、ここから入ろう。じゃ、ソリアさんは……え、ソリアさん?」
「私も
「いや、危ないから」
「弓よりは剣の方が得意ですよ? なにかとお役に立てるかと。城内の構造にも明るう御座いますれば」
そう言ってソリアは、とうとう傘を脱いだ。
思わず灯牙は、驚いてしまった。
「あ、あれ……アルテア!? じゃ、ないな。えっ、ソリアさんって」
「ええ、よく魔王アルテアに
「へえ、そっか。アルテアの妹さんか」
「あくまで血が繋がってるだけですよ」
ソリアの
ただ、姉妹だけあって顔はそっくりだし、目元が特に似ていた。
「では、行きましょう。この先は地下迷宮も同じ、迷えば二度と外には出られません」
「あ、ああ。でも、どうして? 君はこんなにも、カルスト要塞に詳しいなんて」
「
それだけ言うと、ソリアは地下水路の中へと歩き出す。
その背を追いかけ、闇の中へと灯牙は自分を押し出した。
アルテアとソリア、二人の姉妹仲が気になったが、立ち入ったことを聞くのはなんだが気が引ける。複雑な事情があるのだろうし、ソリアにとって『姉が魔王をやっている』というのは、あまり嬉しくないのかもしれない。
でも、やっぱり気になる。
気付けば灯牙は、アルテアのことを聞きたい気持ちと戦っていた。
例えばそう、恋人はどんな人間なのか、とか。
「明かりをつけます。離れずについてきてくださいね」
ソリアは荷物からランプを取り出し、
灯牙は今は戦いに集中すべきだと思い、両の
そうして、邪念をどうにか胸の奥に沈めて、ソリアと共に地下水路の中を進み出すのだった。
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