第7話「挑め!カルスト要塞」
西のウルス共和国と、東のレヴァイス
巨大な二つの超大国が接する国境に、強固な
その名は、カルスト要塞。
そびえる城壁を遠くに見やって、
そして、
「そっかあ、大切な人……アルテアには恋人がいるのかあ」
要塞攻略とは、全く関係ないことを灯牙は考えていた。
自分を主人公として召喚してくれたヒロインは、
恋、それは灯牙にとって未知のものだ。
そして、あのままの日常にいたら、
「ま、いっか。それでも俺は、アルテアの願いを叶える邪神でなきゃな」
それが物語における主人公だと、自分の心の中に結ぶ。
今、全てのしがらみから解放された灯牙は、自由だ。そして、この世界の未来を左右する力を持っている。
彼だけの物語はもう、始まっているのだ。
「さて、どうやってあの要塞を落とすか」
フムと
両陣営が競うようにして増築しただけあって、その外観は奇妙なものだ。いわゆる、
酷くカオスな城だが、その偉容は本物だ。
そして、背後のトレイズがカルスト要塞の最大の謎を教えてくれる。
「クトゥグア様、あの城には奇妙な謎があるのです」
「ん? ああ、見た目もかなりおかしいけど」
「実は、両国の国境は
聞けば、ここ数百年で国境付近が戦場になった戦い……その半数以上が、カルスト要塞を奪い合う攻防だったという。
今は、何年か前に共和国側が奪取し、守りを固めている。
さらなる増築のため、周囲のドワーフやホビットが強制的に集められたらしい。
「うーん、なるほど。極めて重要な要衝だってことは、これはわかる。でも、
「
「……逆に、戦争の勝敗と別に、あの城自体になにかかしらの付加価値がある、のかな」
だが、それは今の灯牙にはどうでもいいことだ。
そうエルフの民と約束したし、それは自分を召喚してくれたアルテアの願いなのだ。
「トレイズさんは、ここに残ってくれ。ベースキャンプにして、護衛にホムンクルスたちを全員置いてくからさ」
「ぜ、全員……
「俺は一人で城攻めだ。さて、どうしたもんかな。少しは頭を使って攻めないとね」
もう、邪神クトゥグアの炎は使えない。
使いたくない。
これ以上、アルテアを苦しめたくないからだ。
自らを魔王と名乗っていても、アルテアはごく普通の女の子のように思える。同世代の女子と話したことなどないから、想像上の美少女そのものに見えているのだ。
悲鳴が響いたのは、そんな時だった。
「むっ、今のは! あっ、クトゥグア様!」
「兵たちの声だな! トレイズさんはあとからゆっくり来て!」
ガシャガシャと背の武器たちを騒がせながら、灯牙は地を蹴り風になる。
連れてきた兵は50人で、その全てを今は周囲の調査に向かわせていた。ここはまだ城からは距離があるし、森へと入れば向こうからは見えない。
だが、一時とはいえ拠点とするからには、安全を確かめたかったのだ。
そして、その慎重さが裏目に出た……はからずも、兵士の悲鳴が教えてくれた。この場所には、危険が
一気に森を突き抜けると、視界が開けて惨劇が広がる。
「おいっ、大丈夫か!」
「あ、ああ……クトゥグア様……」
そこには、巨大な人影が灯牙を見下ろしていた。
身の丈はゆうに、10m以上はある。その巨体は手に
耳まで裂けた真っ赤な口からは、
「ええと、なんだっけな、こういうの……一つ目の、オーガみたいなの。確か、サイクロプス? だよな?」
悲しいかな、中学生男子という年代を考えれば、少しはファンタジーな世界に詳しくてもいい
サイクロプスという名前が記憶にあったのは、たまたまだ。
英語の過去問題集で、ホメロスのオデュッセイアに
ともあれ、兵士を助けるべく灯牙は背の大剣を下ろした。
「みんな、下がって! こいつは強い……俺じゃなきゃ、無理だ!」
叫ぶと同時に、巨大な刃が
軽々と片手で構えつつ、灯牙はもう片方の左手を突き出した。
そして、慌てて広げた手の平を握って引っ込める。
その力はまた、アルテアの身におぞましい呪いを刻んでしまう。
「クッ、普通に肉弾戦で戦うしかないか!」
両手で剣を握り直して、
今まさに飛び出さんとする灯牙を、息の切れたトレイズが引き止めた。
「おっ、お待ち下さい! 兵は皆、ホムンクルスです! 代用の効く、量産可能な戦力なのです! クトゥグア様が自ら危険を犯してまで、救う必要はございません!」
「いや、そういう理屈はいいって。俺、さ……嫌なんだよ。そうやって決めつけられちゃさ、兵隊さんも気持ちよくついてきてくれないでしょ」
「さ、流石……しかし、クトゥグア様」
「って、危ないっ!」
瞬時に灯牙は、大剣を盾にした。
それは、棍棒の一撃が降ってくるのと同時。
激しい衝撃音と共に、ミシリと全身が
足元が
サイクロプスは、その巨体にそぐわぬ痛打を放ってきたのだ。
「トレイズさん、下がってて! みんなも! お、おおっ、グッ! やべえ……俺、すげえタフじゃん。なら……それだけでっ、十分にやれる!」
同時に、
あっという間に、周囲の風景が眼下へ遠ざかる。軽くジャンプしただけでも、灯牙の今の脚力は主を空へといざなった。そのまま、大上段に剣を振り上げる。
重力が灯牙を捕まえた瞬間、落下のスピードに全ての力を重ねて束ねた。
「おりゃあああっ!
縦に一閃、さながら
灯牙のイメージでは、脳天から真っ二つにする筈だったが……相手も動くし、
かなりの致命打を叩き込んだつもりだったが、まだサイクロプスは暴れていた。
咄嗟に灯牙は剣を手放し、それを足場に再ジャンプ。今度は抜き放った
「よしっ、手放してくれたか!」
「ク、クトゥグア様……
「
「あ、ああ……ありがとう、ございます」
兵士は地面へと落下したが、そのまま立ち上がって逃げ出した。
灯牙も、ずるりとサイクロプスの手首を切り落とした反動で、再度宙へと浮かび上がる。
だが、目の前には巨大な眼球が充血していた。
怒りも
「げっ、まだ動けるのかよ! まずい、今は足場が!」
回避も移動も不可能な、空中に灯牙は身を
さしもの邪神クトゥグアでも、両足を大地から離しては走れないし、飛ぶこともかなわない。無防備な一瞬に、最悪の形で一撃がねじ込まれようとしていた。
それでも、灯牙は最後まで炎の力を呼ばずに抗う。
もし邪神の力が使えるなら、
そして、幸運はそんな彼へと救いを届ける。
「そこの人、頭を下げてください!」
少女の声と同時に、灯牙は首を引っ込めた。
後頭部をかすめるようにして、なにかが飛来し、サイクロプスの一つ目に突き刺さる。それは、弓から放たれた矢だった。
おぞましい絶叫が上がるなか、着地するや灯牙はナイフを捨てて太刀を両手で引き絞る。
同時に、トレイズの声が叫ばれた。
「クトゥグア様! サイクロプスの弱点は、目! その唯一の瞳こそが急所です!」
博識な宮廷錬金術師の言葉が、サイクロプスの苦悶を裏付けてくれた。
どこからともなく飛来した矢の、その一撃に巨大なバケモノが身悶えている。
ならばと、着地と同時に灯牙は全身の筋肉をバネに変えた。
一瞬で凝縮された最大の力が、小柄な身を飛翔させる。
跳躍した灯牙は、迷わず瞳に刺さる矢を断ち割った。怯ませた一矢を上書きするように、矢ごとサイクロプスの巨大な一つ目を真っ二つにする。
流石の鬼神も、絶叫を張り上げその場に崩れ落ちた。
「ふう、助かった。誰かな? 今、矢を射てくれた人! 助かりました! トレイズさんも、ありがとう。そっか……結構弱点って、露骨なんだな。目立つもんな、一つ目」
灯牙の声に返事をしたのは、兵士たちではなかった。
女の子の声だった。
そして周囲を見渡せば……沈む夕日を背に、
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