第3話「エルフの村、燃ゆ」
エルフの村を焼く。
アルテアははっきりとそう言った。そして、彼女が漲らせる緊張感が、その意志が揺らがぬことを教えてくれる。
両の手で
そして、静かに声が波紋を広げる。
「神々が残せし、
それはまさしく、呪文の
アルテアの周囲に、無数の光が文字となって浮かんだ。
その
かなり変形して崩れているが、アルファベットの連なりにも見える。
やがて、そっとアルテアが手を伸べると……
「かつて世界を滅ぼした邪神……その力を、下僕の星を経由して借り受ける。これが、魔法です」
「あ、ああ。いや、それより」
「では、始めましょう。この一撃こそが、わたしたちの決起の
「ま、待てって! なあ、エルフの村を襲うなんて――」
だが、
一拍の間をおいて、遠く森の中に火柱が
天をも
「お、おいっ、アルテア! リアラさんも!」
「大丈夫です、クトゥグア様」
「大丈夫って」
「魔法はあくまで初撃、ここから攻め入り……完全に敵を
「悪役かよっ! ……あ、魔王だっけか。いいや、待て待て! 待てって!」
言動不一致、言ってることとやってることがアベコベだ。
民と国土を守るため、戦争中のウルス共和国とレヴァイス
それが、魔王アルテアが率いる軍勢なのだ。
でも、国家に属せぬエルフを攻撃する必要はない
「クトゥグア様、この地は共和国と帝國の国境が走る地帯で、両軍が
「話はあとだ! クッ、あの距離……飛べるか? 飛べるよな、ヨシッ!」
「クトゥグア様?」
灯牙はすぐに、駆け出した。
その先は切り立った断崖で、広がる森は遥か下だ。
だが、飛べると確信していた。
邪神として転生した肉体が、その奥に燃える力がそう教えてくれる。
だから、灯牙は迷わず跳躍した。
風を受けて落下する中、見えない大地を蹴り上げる。
「おお……おお! 飛べる! 飛べてる! やっぱ俺って、すげえじゃんかよ!」
全身が燃えるように熱い。
強く吹き付ける風さえ、自分にぶつかり蒸発してゆくようだ。
そのまま灯牙は、真っ直ぐにエルフの村へと向かう。
あっという間に、燃え盛る森の中に集落を見下ろし、吸い込まれた。
「よっ、とっとっと……着地も満点だな! それより……おいおい、おいおいおいおい」
村の家々が焼けている。
燃え
見るも無残な光景に、灯牙は
世界の敵になる……それは本当に、罪なきエルフたちをも巻き込んでいいものか?
その疑念が膨らみかけた、その時だった。
不意に、ガシャガシャと鎧を鳴らす男たちの声が響いた。
「くっ、隊長が……全員集まれ! 敵だ! クソッ、帝國の奴らか!」
「今のは魔法、それも特大のやつだ。これだけの威力、すぐ近くに術者がいるぞ!」
「人っ子一人いねえかと思えば、これかよ!」
屈強な男たちばかりが、大挙して現れた。
皆、突然の魔法攻撃に
その中の一人が、立ち尽くす灯牙に気付いた。
「あ? なんだ、このガキ……なあ、こいつ! 術者じゃねえのか!?」
「おいおい、なんの冗談だ? 子供が武器ばっか沢山背負って」
「まっ、まま、魔法使いなんじゃねえか? なあ、おい!」
あっという間に灯牙は、兵士たちの集団に囲まれてしまった。
どう見ても、エルフには見えない。
娯楽に
周囲の兵士たちは、
その中の一人が、剣を向けつつ声を張り上げた。
「おい、小僧っ! 貴様、エルフたちをどこへやった!」
「へ? いや、それは……」
「
さっぱり意味がわからない。
だが、今にも男たちは襲い掛かってきそうだ。
そして、ふと思いつく。
やはり、アルテアは無慈悲な魔王ではないらしい……ここにエルフたちがいないことを承知で、ド派手な魔法をブッ放したのだ。
そう思えば、自然と納得がゆく。
「えっと、おじさんたちはウルス共和国の人? それとも、レヴァイス帝國?」
「なんと……我らをどこの誰とも知らず攻撃してきたのか!」
「いや、さっきの魔法は俺じゃないけど……多分、同じことできると思うぜ?」
思わずフフンと灯牙は鼻を鳴らす。
そして、そっと伸べた手の上に炎を出してやった。
思ったよりデカい炎が立ち上って、自分でもちょっとビビッてしまう。
だが、灯牙以上に兵士たちは驚き
「やっぱりこいつが魔法使いか!」
「で、でも、今……呪文を唱えなかったぞ! 下僕の星を呼ばずに、どうやって」
だんだん、面倒になってきた。
そんな時、好都合にも灯牙に選択が突きつけられる。
槍を手に、一番体躯の逞しい男が歩み出て来たのだ。
「魔法使いなど、この距離ならば恐れるに足りん! しかも、たった一人ぞ!」
「……やっぱそうなるのなあ。うん、まあ……じゃあ、わかりやすく行こうぜ!」
灯牙は、早速右手を背へと回す。
「お、おお? やっば、抜けねえ!」
「ハハハ、馬鹿め! そんなデカい武器が子供なんぞに振るえるものか!」
「ちょい待ち!」
「待てと言われて待つ馬鹿がいるか! いざっ!」
その瞬間、巨漢が炎に包まれた。
真っ赤な炎が男を包んで、踊る影へと変えてしまう。
叫ぶ声すらすぐに消えて、輪郭を失った
あまりにも酷い死だが、灯牙の胸中を別の感情が支配する。
自分の強さに感動すれば、忘れていた怒りと憎しみが蘇った。
「まただ! また、呪文を唱えず魔法を!」
「ええい、かかれっ! やっちまうんだよぉ!」
まだ、剣が抜けない。
しょうがないので、別の武器を選ぶ。
その時にはもう、灯牙ははっきりと自分が
共和国か帝國か、それはどうでもいい。はっきりと分かるのは、相手が軍隊の兵士だということだ。全員がお揃いの防具を身に着けているし、胸元に小さく同じマークがついている。
なら、やることは一つだ。
何故ならば、灯牙は邪神……世界の敵なのだから。
「よっ、と。さあ、相手をしてやるぜ! 俺は灯牙……邪神、クトゥグアだ!」
濃密な快楽が、脳内の思考を熱く染めてゆく。
今、自分が暴力の化身になりつつある。
そのことが心地よく、湧き上がる力は血に染まるのを待ちわびていた。
「邪神、クトゥグア……だと?」
「おいおい、それって」
「あ、ああ……かつて世界を滅ぼした、邪神の一柱……ま、まさか! ――グェァ!?」
灯牙は、手にした太刀で一人の兵士を切りつけた。
型も構えもあったものじゃない、ただ振り回して当てただけだ。だが、金属音と共に敵の鎧が切り裂かれる。さして力を入れた訳でもないのに、敵は腰から上下に両断された。
そして、あっという間に鋭利な断面から発火し、燃え尽きて風に散り消える。
唖然とする兵士たちに向かって、ぎこちなく灯牙はポーズを決めてみせた。
「はは、凄ぇよ……これが、俺の力! イヨォシ! じゃんじゃん行こうぜ!」
この異世界に来るまで、抑制されてきた感情が爆発していた。
それは、敵意……全てを奪われた怒り。日常に楽しみと呼べることなんてなかった。そんな中で、決して表現できなかった感情が荒れ狂う。
一気に灯牙は、
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