その五

 俺達私立探偵は『改正私立探偵業法』という法律に縛られている。その中には、


(私立探偵は如何なる理由があっても、反社会的勢力からの依頼を請け負ってはならない)


 とある。


 つまりは『やくざ者や警察から目を付けられた極右若しくは極左団体やその構成員からの依頼を受けるな』ということだ。


 これに違反すると探偵免許を取り上げられ、場合によっては業務停止の処分を受けることさえある。


 神奈川県警四課の刑事・・・・名前を松井という巡査部長らしい・・・・は意地の悪い目つきで、

『分かるだろう。どんな依頼か知らんが、これ以上お前さんたち探偵屋が首を突っ込むことは出来ないんだよ』と、少し反り気味になりながら俺を睨みつけた。


『悪いがそれは余計なお節介ってもんだ。俺の依頼者は”危ない連中”でも、”現役のその筋”でもない。ただの善意の一般市民だぜ。たまたま対象者ターゲットが重なっただけに過ぎん』


『それでも誤解を受けて後から面倒になるかもしれん。悪いことは言わんから、ここは黙って引き下がっておきなよ。ましてやもう12月だ。お前さんらだって、一番金が必要な時節に顎が干上がるのは嫌だろう?』


『俺の顎が干上がろうとどうしようと、あんたら警察おまわりには関係ない』


 俺はそういうと、踵を巡らし、ポケットからシガレットケースを取り出し、口に咥えた。


 松井刑事はまだ何やら言いたげであったが、こっちがもう聞く耳を持たないと分かったのか、唾を吐き、そのまま行ってしまった。



 

 俺は東京に戻ると、千駄木にある、


『鬼丸組』の事務所を訪ねた。


 この時節、どこも警察おまわりの目を気にして、

『その筋』は大人しくしているのが常だが、何故かここだけは馬鹿でかい代紋を平気でビルの前に掲げ、


『鬼丸興業』という看板をそのままにしている。


 ビルの周りは高い塀に囲まれ、忍び返しのついた鉄の門は固く閉ざされて、さながら要塞の様だった。


 俺が門に取りつけてあるインターフォンを押すと、中から鋭い声が返って来た。


 認可証ライセンスとバッジを開いて、テレビカメラ(インターフォンだけじゃない。門の上やその遥か向こうの玄関にまで取り付けてある)に向かってかざして見せる。


 すると間もなく音がして門が重々しい音を立てて左右に開き、玄関から作業服のようなものを着た若い男一名と、背広に派手なシャツ姿のサングラスをかけた恰幅のいい男が顔を出す。


『探偵が一体何の用だ?』


『大したことじゃない。お宅の三代目に用があってね』


 俺が奴らに対していささかも動じた気配を見せないのが気に入らないのか、ドスの効いた低い声で、背広男が言う。

『身体を触らせてもらうぜ』


 すると、脇に居た若い男が俺に両手を上げるように指示してから、全身をくまなくボディチェックをした。


『たった一人で”怖いお兄さん方”のひしめいている牙城に拳銃どうぐを持ってくるなんて、無作法な真似をすると思うか?』


 俺の軽口に益々向こうは嫌な顔をしたが、丸腰だと知ると、背広男が携帯を出し、

『何も持っていません』と伝え、それから俺に向かって、


『いいぞ。入れ。』


 顎をしゃくって見せた。





 

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