その四

俺は長野原瞬ながのはら・しゅんという男を知るために、アフレコを担当した幾つかのアニメや外国映画をを見たが、今までそういう世界に疎かった俺でも、彼の演技力には感服せざるを得なかった。


 特に、あるSFもののアニメで、悪役の将軍(主要なキャラクターではない。ほんの僅かしか出て来ないにも関わらず)、部下を鼓舞するシーンに於いての演説は、凡そ4分近くあるが、見ているだけで震え上がるほどだった。


 何でも、録音に携わったスタッフによると、彼はこの長セリフを一度も噛まずに1テイクで成功させたという。


 それだけでこのアニメの視聴率は上り、彼のためのファンクラブが出来たほどであったという。


 それほどの実力の持ち主が、何故突然消えてなくなったのか?


 誰に訊ねてもまっとうな答えは返ってこなかった。


 ネットの世界なら、誰も知らない情報も拾えるかもわからん。俺はそう思って、

例の『馬さん』に頼んで調べて貰ったが、こちらでも真っ当なものは一つもない。


 俺はいい加減、嫌になりかけていた時だった。


 思わぬところから情報が拾えた。


 彼がまだ養成所に通っていた頃、横須賀の米軍基地近くのバァ、米軍人御用達の”ブラックウィドウ(物騒な名前だ)”で、バーテンをしていたという。


 その店では時折米兵が酔っ払って暴れ、騒動を起こしていたが、見かけは大して強面でもないのに、彼がだけで大人しくして見せたという。


(ありゃあ、断じて素人じゃないですね)同じころ、その店で働いていたバーテンが、俺から樋口一葉を渡されると、にやりと笑って話してくれた。


 その店を出た時の事だ。


 俺の後を付けている人影に気が付いた。


 正確にいえば、俺を付けていたというより、その店を張っていたという方が正確だったかもしれない。


 店から出た俺は十分に距離を取って、路地に曲がった。


 そいつは俺の姿を見失い、慌てたように目線を動かす。俺は奴のすぐ後ろに立って、精一杯ドスを効かせた声で問いかけた。


俺は探偵の認可証ライセンスとバッジを突き付け、後ろから拳銃で奴の背中を小突いてやった。


『動くなよ。何で俺を付け回すのか喋ってもらおうじゃないか?最近は探偵だって拳銃どうぐを持てるんだってことは知ってるよな?』


 奴はちらりと俺の方に目線を送り、めんどくさそうに舌を鳴らすと、懐から警察バッジと身分証を俺に見せた。


『こっちも仕事だ。だがお前を付けてたわけじゃない。あの店を張ってたんだ。奴がくるんじゃないかってな』


『奴』というのは、長野原瞬のことで、警官おまわりの正体は神奈川県警の捜査四課、つまりはマルボウの刑事だった。


『一体マルボウが、何で元声優を付け回すんだね?』


『知らなかったのか?』


 奴は俺に掴まれた背広の襟を直すと、『公務に関わることだから』と、面倒くさそうに言い、


『奴の本名は長野原じゃない。鬼丸だ。鬼丸瞬。知らなかったのか?』



『鬼丸って、ひょっとして鬼丸組かね?』


『そう、鬼丸組さ』


鬼丸組は今関東一円で幅を利かせている『その筋』の一家である。


だが、現在は内部抗争の真っ最中だ。


先代の組長が死去した後、跡目を巡って、先代の息子を推す若頭派と、跡目を狙う若頭補佐との間がぎくしゃくしている。


その筋の記事をいつもメインで載せている某男性向け週刊誌などでは、毎度どこそこでカチコミがあったの何のと大賑わいで、今や関西方面より、こっちの方に目が行っているというありさまだ。




 

 


 




 


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