Episode24. 秘匿の会議にて



『奴は…………アイは本当に人間なのか?』



 そのエレンの発言が、アスタリア=デュフォードの耳には残留していた。

 確かに、彼女───長谷部愛彩には不思議に思われる点は多い。《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》を使用出来たこと、そして、それにより幾度となく死に等しい激痛を感じたにも関わらず、人工知能AIの抹殺に執念を燃やし、精神を保っていられること………色々な要素から、エレンがそう疑念を抱くのも無理はなかった。

 だが、少なからず彼女が人間であることはまず間違いない。《カイン》暴走の以前までは一学生としてごく普通の生活を送っていたことは既に確認済みである。

 では平凡な学生だった愛彩がなぜ………と、エレンが考察した結果がという突拍子もない結論であった。


「アスタリアさん、少し時間いいですか?」

「………」

「アスタリアさん!」

「ん。ああ、すまん。どうしたルーカス?」

「これ、さっき仮想空間で計測した能力テストの結果です」


 と、ルーカスから数枚の紙が手渡される。そこには訓練を行う人たちの名前と、能力値を示す数字がずらりと書かれている。


「ふむ………あまり伸びてないな」

「そうですね。スポーツや格闘技をやっていたという一部の人たちが多少高い数値を記録していますが、それ以外はあまり………」

「滝沢翔吾はどうだ?」

「彼は異常数値ですから。さすがは『神』と呼ばれていた存在だけはありますよ」

「『神』………? あいつは『The hand』と呼ばれているはずだろう」


 ルーカスの発言に訝しげな様子を見せるアスタリアに、ルーカスは自身の知っている滝沢翔吾の情報を話した。彼が元々『神の射手アルテミス』と呼ばれていた事、インタビューでその異名を辞めるように訴え、現在の『The hand』という異名に落ち着いた事。

 しかしルーカスは『手』の意味や彼らの過去については知り得てはおらず、彼の口からアスタリアに語られることはなかった。


「『神の射手アルテミス』か………確かにその呼び名は滝沢翔吾に相容れたものかもしれないな」

「そうですかね? 僕にはそうは思えないですけど」

「それはまたどうして?」

。ましてや人が神を自称するなんて禁忌に等しいですから」


 そのルーカスの奇妙な発言にまたしても首を傾げるがしかし、ルーカスはそれに関しては何も言わなかった。「では」と一礼してルーカスはアスタリアに背を向ける。


「ああ、そうだった。エレン博士がアスタリアさんのこと呼んでましたよ」


 去り際、そんな事を言い残して去るルーカス。一方でアスタリアは嫌悪の表情を隠せなかったのだった。


***


致し方なくエレンの呼び出しに従い、アスタリアは開発エリアの扉を開ける。

そこにはエレン、メリスそして愛彩が向かい合う形でアスタリアの到着を待っていた。


「………一体これはどういう了見だ? AIの対策会議は秘匿だろう、何故ここに長谷部愛彩がいる?」


 アスタリアの鋭い眼光が愛彩を劈くも、愛彩は何一つ動じることなく見つめ返す。その真剣な眼差しに「別に構わないか」と諦念のため息を一つ漏らす。


「あれ? もう少しなんか色々言われるのかと思ったけど………」

「元々こんな秘匿会議はするべきじゃないからな。デメリットも大きい」

「じゃあなんで……って、聞くまでもないですよね」

「現状に絶望されても困るからだ。これ以上特別住居スペースを埋める訳にはいかないからな」


 今必要なのはAIを倒すことができる戦力と倒すだけの威力を持つ武力だ。それらを一つとて欠かすことは敗けることにつながりかねない。


「それで話を進めるが……長谷部愛彩がいるということはもしかして?」

「ああ。《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》についてだ」


 エレンはニヤリと嗤うと、手元のタブレット端末を操作し、アスタリアの前に差し出した。映し出された内容は、愛彩が使用していた《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》についての調査報告だ。


「愛彩の使用していたものと、実験で使用した端末のデータを比較した結果だ。結論からいえば、やはりこの二つに一切の差異は見られなかった」

「それは以前からずっと聞いている。それで?」


 まるで急かすような口ぶりのアスタリア。対して冷静に落ち着いた様子のエレンはゆっくりとした口調で「それで────」と話を続ける。


「なぜ実験とは異なり、愛彩は《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》を使うことが出来たのか………その差異が《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》になかったとすれば、もしかしたら別にあるのではと考えた」

「別に? それはつまり………」

「そう……まぁ、単純な話だ────」


 その差異とは即ち。

 ────使用者が人形ヒューマノイド愛彩人間か、という一点に限られる。


「あのヒューマノイドは米国の平均的な成人男性の身体とほとんど同じ構造をしている。つまり〝肉体的な問題〟ではなく〝精神的問題〟であると推測した」


 精神的問題───曰く意思か、感情か。或いはその類が結果の差異を生じさせたということになる。


「だが……そんなことが可能なのか?」

「それなんだが………ハッキリ言ってしまえば不可能だ」


 何故なら、と理由を述べる必要も無い。《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》はただ身体能力を強化する装置であり、使用者の意志や感情によってその機能を変容させるようなことは絶対にありえないのである。


「第一、仮にそれが可能だったとしても深層学習させる必要があるからな。人工衛星がハックされた時点で使えなくなってただろう」

「なるほど………ちなみに、長谷部愛彩がその要因である可能性は?」

「ちょっと、アストリアさん⁉」

「その可能性も疑って、一応検査はしたが愛彩はただの人間だった」

「当たり前でしょ‼」


 アスタリアとエレンの冗談にメリスは思わずそう物申す。このやり取りの半分は冗談では無いと知らずに………。


「で、だ。これでは《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》をAI対抗の武器として扱うことが出来ない」

 この戦争で勝利を収めるためには《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》を最小限の負担でかつ、多くの人間が使える必要がある。だが《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》の原理が不明瞭である以上、調整が出来ず、理想を実現することが困難になった。


「だから────を複製しようと思う」

「は?」

「え?」

「………メリスさん、さっきこの話聞きましたよね?」


 先行して聞いていたはずのメリスと初めて耳にしたアスタリアが意表を突かれたように驚嘆した。


「《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》の原理が分からないとそういっただろう。どうやって複製するというんだ?」

「そうか、お前も〝アレ〟は知らなかったな………」

「〝アレ〟………?」

「それって一体………」

「いや、メリスさんはさっき私と見ましたからね⁉ なに知らないフリしてるんですか!」


 てへっ、と舌を出してごまかすメリスは置いておいて。

 エレンは立ち上がり、後方のシャッターで閉じられた場所を開けると、そこに巨大な機械が姿を現す。箱のような形状に、パイプのように野太い線がいくつも接続されている。


「これは物体をコピーする機械………その名も《ゼウス》!」

「ネーミングセンス微妙ですよね」

「中二病になりたての小学生かな!」

「………はぁ」


 名称の発表に対し微妙な反応をする三人に、エレンは顔をしかめる。一、二回咳払いをして切り替え、話は再開された。


「でだ、先も言った通り、《ゼウス》はあらゆるものを完全に複製をすることができる。これを使って、愛彩の利用していた《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》を複製する」

「つまりお前が言いたいのは愛彩の《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》と全く同じものを作り出すことで実験結果とは異なった、使瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》を作成しようという事か?」

「まぁ、そういうことだ」

「だが情動反応はどうする? 今の愛彩に使わせるわけにはいかないだろう」


 エレンは身体中が包帯ばかりの愛彩を一瞥し、「確かに」と小声を漏らす。今後愛彩を重要戦力の一人として迎えるためには、今は無理をせず療養してもらう他はない。


「そうだ。だから…………とある人物に使わせようと思っておる」


 ニヤリと笑うエレンに、アスタリアは顔を歪ませる。「それは誰だ」と静かな怒声を孕んだ声がエレンに投げかけられる。


「滝沢……滝沢佑月だ。もし上手くいけば彼女を戦力として迎えられるかもしれん」


■ ■ ■


 数時間前。

 私はこの話を聞いた時、滝沢兄妹の事が脳裏を過った。

 もし《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》が情動反応と関連性を持っていたとして、それが彼らの共依存関係を解消する手立てを思いついてしまったからだ。

 けれど、この方法が失敗してしまえば、恐らく佑月ちゃんは絶望の淵から帰還を果たすことはできなくなるだろう。そのデメリットを留意した上で、私はエレン博士に作戦を話した。

 エレン博士はいくつかのアドバイスと改善を加えた上でその案を了承した。そしてもしこの作戦が失敗した時は自分エレンが全責任を持とう、とまで約束してくれた。

 大丈夫だ………きっと大丈夫だ。

 だって私も、ただの一人の女子高校生だったのだから。

 それが今は軍人から期待されるような戦力候補に名を上げたのだ。私よりもずっと優秀だった佑月ちゃんなら、きっと心配ない。

 結局私たちが手を貸すことになってしまったけれど、それでもいい。

 私の願いはただ一つ──────彼らが共に支え合って、隣を歩いていけることだ。

 その為なら私は、私たちは。

 ことだって厭わない。

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