Episode12. 脅威
エレンに連れられてエントランスの扉を開け、目の前の通路を歩いて数秒。辿り着いたのは広く、やたらと暗い部屋だった。
下には機材や書類がまばらに転がっており、それらを目に入れるが、理解こそできない。
「さて……《アストライアー》、電気を付けてくれ」
エレンが部屋の中央の椅子に腰掛けると同時、そんなことを口にすると、暗がりの部屋が一気に明るく照らされる。
そこで愛彩たちが目にしたのは———数十というモニターと、そこに映し出されたグラフや映像など、映り込んでいるものは様々であるが。
しかし、それが全て世界中で起きている〝AIの暴走〟と関与していることはすぐに理解できた。
「これって…………」
「ああ。《カイン》によって、今世界中では〝AIの暴走〟が発生しとる。その対処に追われていたのだが、契約企業やら各国の代表らがうるさいのなんの…………」
「じゃあ結局その対処は終わったんですか?」
「いや、そもそも連絡する手段を断たれたせいか、ついさっき全連絡が音信不通になった」
そういえば、愛彩たちの《アンドロメダ》などもほとんどが破損した。残ったのは唯一、AIプログラムを導入していない携帯を自作した佑月のものだけだった。
「そんなことよりも状況の確認がしたい。俺たちはまだ詳細な情報を知り得ていないんだ」
「まあそう焦るな、と言いたいところだが………ついさっき、少しばかし急がなくてはならなくなってな」
「どういうことだ?」
エレンはカタカタとキーボードを打ち込むと、やがて全てのモニターに何かが映し出される。そこに映った景色は、愛彩にはどこか見覚えのあるような場所で。
「ここは?」
「あぁ、ワシが独自で送り込んだ偵察機だ。そしてここは日本の…………ええと、イバラキというところだな」
「やっぱり、日本なんだ…………」
偵察機が日本上空を意外にも速い速度で駆けていく。しかし、そのどこにも人の気配は一向に見られない。まるで、そこにいた人たちが消滅したように…………。
「………もうすぐか」
「?」
エレンの独り言に訝しさを覚えた———その直後。
大きな爆発音がスピーカーを通じて流れる。土煙が画面を覆い、揺らぐ。やがてザーという音を立てて映像が途切れた。
「い、一体なにが……………⁉︎」
「今や衛星が使えんからなにが起こったのかはよくわからん。だが、推測することはできる」
とエレンがキーボードを操作すると画面には日本の、茨城県が映し出される。さらに、さらに拡大していき、やがて一つの場所を映し出す。その上に赤い点がポンと浮かび上がる。
「この赤い点が偵察機が偵察していた場所の中心地。そしてその周辺には———」
「ぇ———」
「……………ッ」
思わずその場の全員が息を詰まらせる。
エレンが特定したポイント、そこには『Nuclear power plant』と表示されていた。
最初、そのアルファベットの羅列が何を表しているのか、佑月はわからなかったのだろう、周りの様子を伺いつつ、佑月は愛彩の肩に軽く触れる。
「あの、先輩。なんて書いてあるんですか、アレ?」
「………だよ」
「え?」
「———原子力、発電所だよ」
「‼︎」
愛彩の一言に、ようやく理解が追いついた佑月は顔面蒼白になる。
以前───二〇一一に起こった、福島第一原子力発電所爆発事故。東日本大震災が起因と言われているが、それがどれほどの危険性を孕んでいるのか知らないはずもなく。
「ぅエ……っ」
その事実に佑月は嗚咽を漏らし、手を口に当てた。心配した翔吾が佑月を連れて部屋の隅へと移動するのを、横目に見やる。
「………少々、刺激が強すぎたか」
「いえ、続けてください」
話を一旦中止しようかと手を止めたエレンに、愛彩が辛辣にもそう告げる。
いや正確には、急かしている、というのが正しいのかも知れないが。
その発言に翔吾の顔が一旦歪む。しかし彼自身、その発言について反対することはできず、エレンにこくりと一つ頷いた。
「……現在、完全なAIの支配下にある日本の数カ所の原子力発電所が爆発されている。規模と距離が為に、合衆国にはそれによる被害は特にみられていない。強いて言うなら、海洋系に微小な影響があるだけだ」
「ということは合衆国に実害はないと?」
「確かに日本の原子力発電所爆発の影響は合衆国にはない。だが、恐らくだが………奴らはこちらに侵攻してくる。そうなればまずワシらは確実に全滅するぞ」
恐らくアスタリアが考えていたであろう考え———アメリカでの籠城戦ならぬ、籠国戦を真っ向から否定するようにそう訴える。
「では、これからの動きについては?」
「とりあえずワシらが目指すべきはオーストラリアだ。あそこの砂漠地帯の一角には地下施設が広がっておる。そこにいれば数年は全滅を回避できる」
「———それじゃ、ダメなんですッ」
そう声を張り上げたのは他でもない、愛彩だった。
エレンも既に彼女の事情は耳にしていた。AIに恋人を殺されて復讐心を抱き、戦うことを決意した彼女のことを。
その揺るぎない意志があるからこそだろう、彼女は焦っていた。
一刻も早く、一分一秒………なんなら今すぐでも仇を討ちたいと。
この胸の中にうち宿る復讐の焔が消えず、潰えない前にAIを殺してやりたいと。
そして———もう二度と、同じ思いをする人を出さないようにと。
そのことを知っていてなお、エレンは口を開く。
「…………今の君が行って何になると?」
それはまともに言い返せないであろう質問だった。
あの《カイン》を退けたとはいえ、愛彩では……愛彩だけでは到底今の状況の全てを打破できないことくらい愛彩であっても理解しているはずだと踏んで、エレンは意地悪にもそのように問うた。
「…………っ」
そして案の定、愛彩は言葉を詰まらせた。
さらにエレンは言葉を続ける。
「君も先ほど見ただろう、原子力発電所爆発を。確かに元は介護用人工知能だったのかもしれんが、それだけの脅威を生み出せることくらい、彼らには容易いんだ」
なぜなら———彼らは命を持たないのだから。
彼らは目的のためにならば自身の体を捨てることさえも厭わない。彼らの代わりなどいくらでも生産できるのだから………そういう様なプログラムが、《カイン》によって埋め込まれてしまったのだから。
「それにアイ………君は大きな勘違いをしているぞ」
「………?」
「別にワシらは『AIに降伏する』とも『このまま何も対処せずに死ぬ』とも言ってはおらん。ただ………ただ〝その時〟が来るまでに準備を整えておこうと言っているまでだ」
〝その時〟———それを説明する余地はなく、愛彩は黙って頷いた。しかしその拳は、今にもエレンを殴ってしまうのでは、と思われるほどに強く握られていたのだった。
「それで、オーストラリアへの航路は整っているのか?」
「君たちの乗ってきた船で向かう。恐らく《カイン》による人工衛星のハッキングは宇宙空間に存在しているすべてを対象としている。ならば動かせる船は非人工知能搭載型の軍船か、君たちの乗船してきた船の他にはないだろう」
「確かに………それに軍船はここ周辺に今はなく、軍人や国民が避難する経路を少しでも残しておくことを考えるとそうなるか」
「でもちょっと待って。ここからオーストラリアまで行くんだったら燃料が足りない」
「メリス、そこは最低限まで船内生活の電力やエネルギーを絞る。それでも足りなかったら予備燃料があるはずだ」
逃げる手立てを相談し合う三人に聞き耳を持ちつつ、ただそこで立っていることしかできなかった。
彼らは諦めてなどいない。きっとAIを食い止められると、AIに勝つことができると———AIを殺すことができるとまだ信じている。
その事実に愛彩は静かに、ゆっくりと息を吐き捨てる。
最愛の恋人を殺された復讐心に駆られ、今すぐにでも外に出て奴らを殺してやりたくて堪らない気持ちを一度落ち着けた。
そして考える。どうすればより確実に、より早く、より効率的に彼らを殲滅できるのかを。
そして理解する———私一人が身を投げ打ったところで、どうにもならないことを。自分がどれだけ馬鹿げたことを言っていたのかを。そして彼らがこの状況でなお、冷静に物事を判断して行動できているという驚異を。
彼らはプロフェッショナルで、自分はまだまだ未熟者———その事実を完全に知ってしまったことで、愛彩は動けなくなっていた。
しかし、自らが彼らのような才を持たないことを自覚し、それでもなお関わろうとするのに、愛彩はそれほど時間を要すことはなく。愛彩は三人の話に参加すべく、口を開いた。
「あの———」
その瞬間だった。
突如、大音量のサイレンが愛彩の声を打ち消すように響き渡り、部屋が赤い光に包まれる。
「どうした⁉︎」
「少し待て!」
急ぎその場を離れてキーボードを打ち込むエレン。やがて画面に映し出されたのは、アメリカ———サンフランシスコだった。
しかし映し出された映像は、愛彩がいつもテレビで見ていたような住宅街なのだが、人々の悲鳴や哭する声が響く。
「まさか…………ッ」
その場にいた全員が感づく。それが何によって引き起こされたものなのかを。
そしてその姿は映像にもくっきりと映っていた。
人型に近似したものや動物を模したもの、その他多種多様な形状をした鉄塊が人々を襲撃していた。人々は銃を発砲するが、その強靭な体躯に有効なダメージが入ってるとは見えない。武器を器用に使い、時にはその強靭な体躯を駆使して、人が惨殺されていく。
「そんな……………けど一体どうしてッ」
「…………わからん。だが、恐らくオーシャン・ビーチ方面から入ってきたと思われる」
「それって日本から入ってきたってこと………?」
「そう、なるな」
メリスの想像を、エレンが首肯する。
「んなわけがない! 俺たちが到着してから一日と経ってないんだぞ⁉︎ あの量のAIが日本からこの時差で来れるはずが———」
一度は声を荒げたアスタリアだったが、一つの可能性が頭を過り発言が途中で止まる。
「まさか……?」
「ああ。恐らくAI………いや、《カイン》がこうなることを計算していたんだろう」
「は? 嘘だろ……そんなの—————————」
——————まるで俺たちが、ここに追い込まれたようじゃねェかッ!
アスタリアの言葉に一瞬、しんとその場が静寂に沈む。ただ映し出された映像の人々の慟哭はこちらの空気など知らず、止むことはない。警告音も未だに鳴り止まず、窓のない部屋は赤い光が染め上げている。
その五月蝿い部屋で悲痛を押し殺し、改めて愛彩たちはAIの脅威を実感した。
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