第204話『上野公園を目指して』


魔法少女マヂカ・204


『上野公園を目指して』語り手:マヂカ    






 日本橋を渡る。緩いアーチになっているので、渡るにつれて、まず、背の高い方の霧子の首が現れる。


 心配してくれていたんだ、わたしとブリンダの姿を認めると年頃の女学生らしく零れるような笑顔になる。その笑顔に触発されてノンコがジャンプ。両手を挙げて全身で「おかえり!」を言っている。この二人に害が及ばなくてホッとする。




「二人で、なんか暴れてたやろ?」


 腕組みしてノンコが不足顔。


 霧子は気づいていないが、ノンコは準魔法少女なので、なんとなく分かっているようだ。


「ちょっとな、でも、もう大丈夫だ」


「さ、帰るよ」


「え?」


「うちも、なんかしたいいい!」


「無事に終わったんだぞ、帰って授業うけるよ」


「ええやんか、うちもぉ! うちらもぉ!」


「子どもみたいなやつだな」


「子どもや、まだ女学生やぞ!」


「しょうのないやつだな」


「霧子は?」


「うん、わたしも、自分でなにかやってみたいかな」


「じゃ、ほんとに上野に行ってみる?」


「「いくいく」」


 話が決まって、日本橋を渡りなおして東に向かう。


「摂政殿下の御一行も無事に通られただろ?」


 これには霧子が食いついてきた。


「感動したわ!」


「そう、わたしも見たかったなあ!」


 ブリンダも調子を合わせる。


「侍従たちを従えておられるんだけど、あちこちで立ち止まられ、ご自分の目で追確かめになっておられた。時々ご下問になっておられるご様子だったけど、何度かは、ご自分で聞いておられた。少佐の軍服をお召しだから、聞かれた方もすぐには殿下だとは気づかずに、生の声で応えていて、一度はこちらの方をお向きになって、小さく頷かれた」


「霧子見つめすぎや」


「新畑は来なかったか?」


「うん……」


 新畑に関しては触れてほしくない様子だ、今はそっとして置こう。




 う……




 一瞬顔をしかめたノンコだが、それ以上声にするようなことはしなかった。


 上野公園に着くと、それまで大通りを歩いていては気づかない臭いが立ち込めている。


 震災そのものから十日近く立っている。


 この上野公園では震災直後から数万人の被災者が避難して来て、あちこちでバラックとも言えないものを作って住み着いているのだ。


 その間、まともに風呂にも入れず食事もままならない状況が続いている。


 百年後の令和なら、取りあえずは学校などの緊急避難施設を使うことができるが、大正時代に、そんなものはない。上野公園は広さこそはあるが、しょせんは公園だ。風呂はおろか、生活用水の施設もトイレさえない。避難民は、あちこちに穴を掘って簡易トイレにして、当局は消毒用の石灰を散布するくらいしかできていないだろう。


 プップー!


 クラクションに驚かされる。


 陸軍のトラックが三台入ってきたのだ。


「警備の部隊か」


 ブリンダがアメリカ人の感覚で見当をつける。


「ちがう、食料を配給しに来たんだ」


 トラックの荷台には『被災者用配給物資輸送部隊』と膜が張ってあり、所属部隊は『一師』とあるから、帝都防衛に当っている第一師団のようだ。


 トラックの姿が見えると、避難民の人たちが集まり始めた。


「警備部隊は何をしている? このまま配給を始めたら暴動が起こるぞ」


 ブリンダが心配する。


「その心配は無いと思うよ、ほら、巡査が……」


 巡査が二人現れて、穏やかに列を作って並ぶように指示している。人数が多いので、ほとんど身振り手振りのジェスチャーで、レトロな巡査服と相まって、どこかテーマパークのキャストめいて見える。


「あれで間に合うのか? 銃も持たずに……トラックにも数人の兵隊しか乗っていないぞ」


 巡査と兵隊が敬礼し合い、すこし言葉を交わしただけで、穏やかに配給が始まった。


「この時代から日本人はこうなのか……」


 警備と言うよりは整理係のような巡査、特に警戒する様子もなく丸腰で荷台から配給物資を下ろす兵隊。避難民一人一人に手渡しする兵隊、もらった米や物資を受け取ると、けして卑屈ではなくお辞儀して後ろの者と交代する人々。


「最後尾のプラカードがあったら、コミケと変わらへんわ」


「コミケ?」


「さあ、わたしらも手伝おうか」


「配給をか?」


「もっと学生らしいこと……あっちだ」


 わたしは三人を先導して欅の間に幕を張った『帝都大学学生会援護所』を目指した。




※ 主な登場人物

•渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員

•要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員

•藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 

•野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員

•安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長

•来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令

•渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る

•ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員

•ガーゴイル        ブリンダの使い魔


※ この章の登場人物

•高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 

•春日         高坂家のメイド長

•田中         高坂家の執事長

•虎沢クマ       霧子お付きのメイド

•松本         高坂家の運転手 


 


 


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る