第100話『札付きのハンコ屋』

魔法少女マヂカ・100  

『札付きのハンコ屋』語り手:マヂカ 





 六件ヒットした。


 サム(サマンサ・レーガン)のハンコを注文するために―― 日暮里のハンコ屋 ――で検索したのだ。


 別に入部届を出す前でも部活に来ていいよと言ってあるんだけど「やっぱりケジメでしょ」と笑顔で言う。


 スパイであることを隠しもしないくせにこだわるんだ。


 まったく変な奴だ。


 朝礼で紹介された時も、こんな感じ。


「ニューヨークから来た交換留学生のサマンサ・レーガンです、サムって呼んでください。日本語はアニメで勉強しました。えと……いろいろ自己紹介考えてきたんですけど、みなさんの前に立つと、あたま真っ白になりました、えと……よろしくお願いします!」


 かなり流ちょうな日本語で自己紹介。


 席は、わたしの右横。


 以前も言ったけど、前の席が友里だから、これは仕組まれてるね。


 自然な形で話しかけられるんで、ま、いいんだけど。



「メールに書いてた急用って、サムのことだったのね!」



 友里は美しい誤解をしてくれたので(ま、外れてもいないし)昼食にA定食を奢らなくても済んだんだけどね。


 放課後にはノンコや清美とも仲良くなって、自然に調理研の話にもなったんだけど、入部は書類を出してから、でもって、書類にはハンコがいる。



 じゃ、みんなで行こう!



 そう決まって、検索した中で、いちばん面白そうなハンコ屋を調理研全員で目指すことになった。


 日暮里界隈は、繊維関係を始めとしてお店や企業が多くあるので、思いのほかハンコを扱う店が多い。


 その中でサムが「ここにしよう!」と決めたのは山手線を超えた向こう、谷中銀座の中にある『札付きのハンコ屋』という店。


「札付きって、悪い意味だよね?」


 ノンコが不思議な顔をする。


 言うまでもなく、札付きの悪党とか札付きの泥棒とかばっかりで、札付きの善人とかの良い意味には使わない。


「そこが、面白いでしょ!」


 サムも、名前の面白さで決めている。



「アハハ、この名前なら一発で憶えてもらえるでしょ(^▽^)/」


 アラレちゃん似の女性店主も喜んでいた。


「それで、ハンコの字体はどうなさいます? 外人の方ですとカタカナにされる方が多いですけど、アルファベット、漢字も承ります。ただ字数には制限がありまして、普通は四文字、一寸角で十二文字になります」


「漢字がいいです! えと……こんなふうに」


 サムが差し出したスマホには『佐満佐霊雁』のデザインがあった。


「ああ、なるほど……」


 霊雁は予想できたが、サマンサを佐満佐にするとは思いつかなかった。


「でも、佐の字が二回出てきますね」


「嵯峨天皇の一字をいただいて、佐満嵯、いっそ、平仮名のさまんさとか、いろいろございますよ」


「う~ん、目移りぃ(^_^;)」


「水を注すようだけど……」


「みんなは、どれがいいと思う?」


「「「そーーーねえ」」」


 みんなを押しのけて、注意してやった。



「これって特注品になるから、入部届には間に合わなくなると思うわよ」



「はい、特注ですので、お渡しするには一週間ほどちょうだいします」


「「「「一週間!?」」」」


「プリクラじゃないんだからね」


「う~~~ん」


 サムは調理研の三人といっしょに、認印の回転陳列棚を探し始めた。


 認印のところには無いだろう……と思いつつ、わたしも参加してみる。


「あ、そうだ」


 女性店主がポンと手を打った。



「これなんかいかがでしょう? 先代が作ったものなんですが……」


 差し出された小箱には数十本のハンコが入っていて、手際よく数本のハンコが選ばれた。


 礼願 霊眼 霊雁 麗願 鈴元 などがあった。


「レーガンがいっぱい!」


「レーガン大統領が来日された時に作ったものです」


「大統領が買ったんですか?」


「ハハ、まさか。でも、あやかって買っていった方もいらっしゃって、残りはこれだけなんですが」


「麗しい願いってのいいよね」


「う~ん、でも、字は決めてきたからね。霊雁を頂きます」


 めでたくサムの認印が手に入り、その場でハンコをつく交換留学生であった。



 店を出ると、秋の日は釣瓶落とし。


 東西に延びる谷中銀座は千駄木の方から伸びている夕陽に貫かれて茜色に染め上げられていた。



 うわあ、きれい!


 サムを加え、調理研五人の声が揃った。 




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