第80話 同盟に向けて
ウルズの国宝とも言える青い水晶球は、今日も変わらず大量の水を生み出していた。木の幹ほどの太い蔓によって掲げられている水晶から溢れる水は、そのまま蔓を伝って地下に作られた水路へと流れ、ウルズ全域を豊かに潤していく。
城へ招かれた時に通ったこの地下室に、レフィスたちは再び足を踏み入れていた。
現獣王ガルヴェラムへの偽神託から一週間が過ぎていた。
「……で? 何でまたここから出てくのさ」
来た時と同様に少し大きめのローブを羽織ったライリは、いつものエルフ姿に戻っている。やっと薬の効果が切れたのだろう。隣に立つイーヴィも、少し離れた場所で水を生む水晶を見上げているレフィスとユリシスも、獣人の姿ではなくなっていた。
「ユリシスが水晶球を修復するんですって。ルナティルスとの国交が途切れてから一度も点検してなかったみたいだし、ちょうどいい機会なんでしょうね」
「ルナティルスとウルズの結び付きも強まるしね。ユリシスにとっては、むしろそっちが本命なんじゃないの?」
「さぁ、それはどうかしらね」
意味深な笑みを向けた先では、レフィスを伴ってユリシスが水晶球へ修復魔法をかけていた。魔法を教えるようにユリシスの手がレフィスの手に重ねられ、紡ぐ呪文を受け取った水晶が淡く発光しながらその色をより深い青へと変化させていく。
その様子を邪魔にならない場所から、狼姿のルクスディルが感慨深い表情を浮かべて見守っていた。
国はまだ取り戻していないが、正当な王位継承者のユリシスがルナティルスの名を掲げて行うなら、それはれっきとした公務だ。その水晶修復にレフィスを伴う意味が分からない二人ではない。
レフィスは何も考えていないだろうが、ウルズの国宝である水晶球をルナティルスの王子が女を伴って修復する。その行為の持つ大きな意味は、五人の他に誰もいない静かな地下室から、新しい未来への道筋として今ゆっくりと動き出していた。
「本当に世話になった。ありがとう」
目の前に並んで立つレフィスたちを順に見つめて、ルクスディルが軽く頭を下げた。
「父もリーフェルンの神託を受けて、王位継承と結婚を分けて考えてくれた。近いうちに俺も王位を継承する」
「せいぜい頑張るといいよ。じゃなきゃ、嫁も跡継ぎも出来ないよう神託したからね」
にやりと意地悪な笑みを浮かべるライリに、相も変わらずなルクスディルが親指をぐっと立てて誇らしげに胸を張る。
「ああ、任せろ! 立派な獣王としてウルズ繁栄のために尽力する。そしてライリ殿に似た嫁を貰って、ライリ殿に似た子を授かろう!」
「……結局のところ、リーフェルンって言うかライリのこと……」
「それ以上言ったら……分かってるよね?」
氷の眼差しで見つめられ、レフィスが慌てて続く言葉を喉の奥に押し込んだ。
「あぁ、そうだ。君たちに渡したいものがあるんだが」
声のトーンを少し落として、ルクスディルが纏う雰囲気を獣王のそれに変化させた。
懐から取り出した木の筒を見えるように前に差し出し、その蓋を開けて中から一枚の羊皮紙を引っ張り出すと、ルクスディルは丸められたままのそれをユリシスへと渡した。
「現獣王ガルヴェラムが正式に俺に王位を譲る旨を記した親書だ。父と俺の血判も押してある」
広げられた羊皮紙には美しい文字が書き綴られており、ルクスディルの言うように右下に二人分の血判が押されている。のぞき込んだ羊皮紙の文字はあまりに達筆で、読むのを止めたレフィスが辛うじて拾ったのは「リアファル」と言う単語だった。
「これは……」
「今回の礼として受け取って貰えないだろうか」
そう言って、ルクスディルがユリシスをじっと見つめた。
リーフェルンの神託を条件に、ユリシスはルナティルスの王子としてウルズに三国家の同盟を打診した。その答えが、この親書なのだと理解する。
「ルウェインのレオン王からルナティルスの王子が生きているという話は聞いていたが、会ったこともない男をどう信用していいかも分からなかったのでな。ルウェインへ召集された時には俺たちもまだ答えを出せなかった」
しかし、と言葉を続けて、ルクスディルが静かにユリシスへと右手を差し出した。
「ルナティルスの真の王、ユリシス=ルーグヴィルド。短い間だが、君は信頼に値する人物だと判断した。獣王ルクスディルの名において、ウルズは同盟への参加を表明する。ルナティルス奪還の為に、必要ならばいつでも手を貸そう」
「……ありがとう。――感謝する」
伸ばした手は、微かに指先が震えていた。その震えごと豪快に掴み寄せて固い握手を交わしたルクスディルが、ユリシスの深い紫紺の瞳を真っ直ぐに見つめてにかっと屈託のない笑顔を浮かべた。
緑の広大な大地に広がるスラド川に沿って、レフィスたちは心地良い風を受けながら歩いていた。
療養のために訪れたウルズで温泉にゆっくり浸かる暇もなかったが、思いがけない収穫を手にして結果はむしろ悪くないと言えるだろう。
「ねぇ、ユリシス」
隣を歩くユリシスを見上げて、レフィスが頬を緩めて笑った。
「良かったね」
たった一言だったが、それだけで何を言いたいのかは十分に理解できた。陽光を受けて眩しそうに目を細めながら、ユリシスが応えるように柔らかく微笑み返す。
「そうだな」
手土産にと渡された袋の中で、たくさんのミロフィの果実が一斉にガチガチと歯を鳴らし始める。まるで喜びを分かち合うかのようなハーモニーに、後ろを歩いていたライリが堪らず悪態を零した。
「煩いよ!」
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