剣と太陽の誕生日-2

「はは、では、充分に練習をしてから見せに来なさい」

 しかしセルジュは時折、この幸せを苦しく思ってしまうことがある。

 理由は知っていた。ロディスのことだ。

 赤ん坊だった息子が日々成長し、やがて言葉を覚え、走り回るようになった頃、不意に思い出したのだ。ちょうどこのくらいの時分に突然別れることになった弟、エリンのことを。

 両親がエリンを連れて三人でアヴァロンを訪れ、そして、二人だけがレーゼクネに帰ってきたあの出来事のことは、時がたっても鮮明に思い出せる。冬生まれのエリンの誕生日が過ぎたすぐ後の、とても――とても寒い日だった。

「ちちうえ?」

「え?」

「うわのそら、です」

「……難しい言葉を憶えたな。少し……手紙の返事を考えていたのだよ」

「皇女殿下からのお手紙ですか?」

「そうだ。君とロディスにもよろしくと書いてあったよ」

「こうじょ……でんか……?」

「前に話したろう。アーシュラといって、私の……友人だよ」

「ゆーじん……」

 あどけない息子の表情が、かつての弟に重なる。

 ロディスが生まれるまでの長い時間、弟のことを忘れていたつもりは無い。けれど、愛らしく育ちゆく息子を目の当たりにすると、あの日の怒りや、後悔や、悲しみが生々しく蘇り、辛かった。

 可愛かった弟は、あれから、どんな風に育ったのだろう。今この同じ城で、ロディスは、生活の何もかもを妻や使用人たちに手厚く世話をされ、何の不幸も、不自由もなく、育っているのに。

 大切な我が子を前に、そのようなことを考えてしまうのは後ろめたく、妻や執事には言えなかった。

「そうだわ、あなた、殿下へのお返事に迷ってらっしゃるなら、近々、とても良いイベントがありますわよ」

 言って、リュシエンヌは花が咲くように笑った。


 長いやりとりの中で、アーシュラからの手紙に、エリンの名が上がることは無かった。何か気遣いがあってのことなのか、それともそんなものははじめから無いのか、セルジュには分からなかったけれど、彼もそれにならい、弟のことを皇女に尋ねることはしなかった。

 弟は自分たち家族を怨んだだろうか。エリンを隠さず城へ連れてゆくべきだと、繰り返し父に進言したのは他ならない自分だ。

 だから、ずっと後悔していた。詫びても詫びきれないことだと、自分を責めてもいた。

 手紙の中の皇女は、優しく善良な人間であり――時に明るく、時には病気に苦しみ、美しい四季を辿る平和なアヴァロンで、誰からも大切にされて生きていた。

 そんな彼女は幸せそうに思えた。だから、その傍らに居るであろうエリンも、きっと幸せなのだと、信じることがせめてもの救いだった。

 午後の光は白く明るいが、季節はもう冬、もうじきにクリスマスと――エリンの誕生日がやって来る。

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