十
剣と太陽の誕生日-1
親愛なるセルジュ・カスタニエ様。いかがお過ごしですか。
わたくしはすこぶる体調もよく、素敵な毎日を過ごしています。
おかげさまで先日、無事十八歳の誕生日を迎えることができました。
随分元気になったものだと、おじい様も、城の皆も、お医者の先生たちも喜んでいます。もちろんわたくしもとても嬉しいわ。
だから去年より、目一杯大騒ぎをして楽しみましたよ。はじめて三日も続けて夜会を開いて、今まで会えなかった方にも大勢挨拶をしました。
あなたも、たまにはジュネーヴにお運びくださればいいのに。
だけど、そうですね。こうして長くお手紙を交わしているのに、実際お会いしたのが一度きりだなんていうのも、少し面白いですわね。だから、それもまた良しといたしましょうか。
だけど本当に、いつかお会いできる機会を作りたいと思っていますから。どうぞ、忘れないでいてくださいね。
ではまた、奥様と、お子様によろしく。
あなたの友、アーシュラ
季節に一度は欠かさず届く帝都からの手紙が、セルジュの元へ届けられたのは、レーゼクネに初霜が降りた、初冬のある日の事だった。
父フリートヘルムが早々に隠居を決めたため、セルジュ・カスタニエは若くして公爵位を受け継いでいた。皇女アーシュラに会ったのは、その報告のためにアヴァロンを訪れた、一度きりのことである。そして、彼女がセルジュに文通を申し込んだのも、その日のことであり――手紙のやりとりはそれ以来、ほとんど途切れること無く続けられていた。
彼らが話題にするのは、日常のささやかな楽しみや、お互いの城の庭に訪れる季節のこと、面白かった本や映画のことなどで、重大なことは何もない。
ただ、お互いの日常が平和で穏やかであることを確認しあうような、そんなやりとりだった。
セルジュよりもずっと年下のアーシュラだったが、手紙から感じられる彼女はいつも思慮深く、しかし年頃の少女らしい大胆さも持ち合わせていて、平凡な内容の手紙なのに魅力があった。はじめは皇女の願いということで半分義務のようにはじめた文通であったが、セルジュはいつからか、彼女からの手紙を心から楽しみにするようになっていた。
「あなた、お仕事中かしら?」
ふいに、開け放したドアの方から、高く透き通った声がする。
「いや、大丈夫だよ、リュシエンヌ」
明るい廊下に、美しい女が佇んでいた。ふんわりと編み込まれた、長い銀糸のような髪に、透き通るような白い肌。妖精のようだと讃えられる美貌の持ち主は、彼の妻だった。
「だったら、居間にいらっしゃらない? ラッセルがお茶を入れてくれたの。ロディスもいい子でお父様を待っているのよ」
のんびりとした、優しい調子で妻が言う。彼女との間に生まれた一人息子、ロディスも三歳になり、最近では利発さを発揮して、近頃では随分と色々な会話ができるようになっていた。
「分かった、じゃあ行こうか」
セルジュは手紙を置いて立ち上がり、書斎を出て妻と共に家族用の居間へ向かう。香ばしい焼き菓子の香りと、注がれた紅茶の優しい湯気。子供用の椅子にちょこんと座っていた息子が、父の姿を見るとひょいと降りて、パタパタと走り寄る。
「ちちうえ! クッキー!」
ロディスは、母に似た、美しい銀の髪をした少年だった。
「好物なのに待っていてくれたのだな、偉い子だ」
「はいっ」
「では、皆で食べようか。座りなさい」
セルジュの言葉に、ロディスははいともう一度返事をして、ひとりで自分の椅子に戻る。こうして午後のひととき、ロディスの隣にリュシエンヌが座り、向かいの席にセルジュがつくと、家族の幸せなティータイムが始まるのだ。
「あなた、ロディスはもう、随分文字を覚えたのよ」
「ほう、それは偉いな」
「えへへ……」
「今度紙に書いて、父上に見せてあげましょうね」
「え……っ」
「あら、駄目なの?」
「ちちうえには……もうちょっと、れんしゅうしてから!」
「まあ、見栄を張りたいのね、この子ったら」
絵に描いたような、幸せの風景。カスタニエ公爵家はこの時、完璧とも思える、穏やかな調和の真中にあった。
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