第12話 雪融けガトーショコラ
明日は二月十四日、つまりはバレンタイン。
幸いにも前日である今日、二月十三日は日曜日である。
雪乃は特にチョコレートを作る相手がいないので、特に気にしてはいなかった。
しかし、穂海はいつにも増して慌ただしく動いていた。
「穂海のやつ、今年も忙しそうだな。受験も近いってのに。」
「多分、明日のバレンタインじゃないかな?」
「そう言えばそういう時期か。また、どうせ友達同士の交換がー、とかいうんだろ。」
「バレンタインって、友達同士でも渡すものなの?てっきり、家族とか好きな人とかに渡すものだと思ってた。」
「いや、それであってるんだが。最近はなー、女友達同士でも渡し合うらしいんだわ。」
「それは大変だね」
「大変だな、これで受験落ちたら。」
「もー、そういうことを言わないの!」
次第に、キッチンの方からチョコレートの甘い香りが漂ってきた。
気になってキッチンを覗いてみると、ちょうど焼き上げたところだった。
すごくいい匂いがしてとても美味しそう。
しかし、見た目だけは何故か真っ黒なのである。どうみてもチョコレートの色ではなかった。
「穂海ちゃん、それって……なに?」
「なにって、ガトーショコラだよ?いい匂いでしょ!」
「えぇっと、石炭みたいに真っ黒になってるのは正解なのかな……?」
「ちゃんとレシピ通りに作ってるよ?」
「おっ、いい匂いだな。今年は何作ったんだ?」
「ガトーショコラ、だって」
「なんだその含んだ言い方は……、ってなんだこれ」
「二人とも酷くない!?たしかにちょっと焦がしちゃったかもしれないけどそこまで酷くないでしょ!味だってほら……」
ちゃんと美味しい。と言おうと、ひと口食べた穂海の顔色が青くなった。
「ほら、まずいんじゃないか。匂いだけ美味しそうにするとか、ある意味才能だな。」
「もう一回作ろ?わたしも手伝うから」
「そうだな、去年一緒に作った時はこうならなかったしな。今日初めて知ったわ。」
コップいっぱいの水で口の中を流し込んだ穂海は顔を真っ赤にし、悠誠の脛を蹴った。
「いってぇな!?何すんだよ!」
「知らない!お兄ちゃんはあっち行ってて。」
「分かったよ……」
「悠誠くん、あとはわたしが何とかするから、ね?」
意味わかんねぇな。と脛をさすりながら大人しくキッチンから出ていく悠誠は、優しいお兄ちゃんなのではないだろうか。
「さ!穂海ちゃん、ガトーショコラ作ろ!」
こうして試行錯誤が始まった。
まずは、何故レシピ通りに作った料理が変質するのかを調べなきゃいけない。
去年、悠誠に手伝ってもらって作った時は問題なかったことを考えると、穂海が一人で作るとこうなってしまうのではないか。
これが最も有力な説となる。
「このガトーショコラのレシピ、見せてもらってもいい?」
「うん、このクッキングパットっていうサイトで載ってるレシピなんだけど。」
「チョコレート、バター、砂糖、牛乳、小麦粉、卵、ラム酒。材料が変わってるわけではないね。じゃぁ、この分量通りに計って作ってみましょ。」
二人で作ったガトーショコラは匂いも見た目もちゃんとしたものが出来上がった。
「うん、ちゃんと出来たね。」
「出来たね……、なんでだろ。」
「味もちゃんとガトーショコラだね。」
「私って一人で料理しない方がいいのかな?」
「とりあえず、もう一回作ってみましょ?次はわたしは見てるだけにするから。」
「うん。」
おかしい、何かがおかしい。
雪乃が後ろで見て、穂海一人でガトーショコラを作った。
匂い、見た目は二人で作った時と分からない出来栄え。
しかし、何故か味が絶望的。たしかに分量などは成功した時と一緒だったし、変なものを入れたり、工程を変えたりはしていない。
もはや、呪いなのではないかと考えてしまう程であった。
穂海はもう既に泣きそうな顔をして落ち込んでいる。
「な、泣かないで!ね?二人でまた作り直しましょ?」
「うん……、お願いします。」
その後も二人で何度か作り直したが、全て上手くいった。
材料を牛乳ではなく生クリームにすることで味の尖りをなくし、味と舌触りの滑らかさを上げたり。出来上がったものに粉砂糖を振りかけて見た目を良くしたりと。
その結果、二桁にも及ぶ試行錯誤の産物であるガトーショコラが大量に出来上がった。
暫くはおやつや食後のデザートには困ることはなさそうだ。
「そう言えば穂海ちゃん、このガトーショコラお友達に渡すの?」
「ん?違うよ?」
「もしかして、好きな人?」
「うん……。」
「穂海ちゃん、好きな人いるんだー。ねぇねぇ、どんな人?」
照れながらも、聞かれたことに答えてくれる穂海は身内ながら可愛くて仕方がなかった。
(好きな人……かぁ。学校に行くようになったら私にもできるかな……?)
その後、心配になって覗きに来た悠誠に切り分けたガトーショコラを渡していた。
「これ、余ったからあげる。蹴ったこと悪かったと思ってるし。」
「おう、次からは蹴るなよ。あれ痛いんだからな」
雪乃の位置からはガトーショコラを渡す穂海の後ろ姿しかみえなかったが、なんだか恋する乙女のように見えた。
「あれって、最後に作ったのじゃなかったっけ……?気のせいか。」
雪乃の独り言は、暖かい部屋の熱に溶けていった。
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