7:降り続けるは山茶花時雨②
ユキたちがデートに出かけている時間、サツキは自室のベッドの上にいた。
「……」
今まで、1人の時間というものがなかった彼女にとって、それは貴重なものだった。風音がいないのは寂しいけど、いつまでもおんぶに抱っこではいけないとも思っている様子。
が、やはり石のせいなのか依存症がなくなることはない。ベッドで寝転んで足をばたつかせながら、無機質なスマホ画面を見つめた。
「……早く帰ってこないかな」
風音は、マナに呼ばれて執務室へと行ってしまった。任務ではないらしいが、いつ帰ってくることやら。
迎えに行っても良いが、あまりひっついて風音に嫌われるのも本意ではない。故に、大人しくここで待っているしかないのだ。
「帰ったら、ご飯食べたいな」
と、スマホの時計を見ながら、主人の帰りを待っている時だった。
「……!」
サツキは、何かを感じ取った。
それはとても懐かしい気配。嫌な思い出と一緒に、脳内へ一気に色が駆け巡る。
スマホをベッドへ投げるように置くと、素早く窓辺に駆け寄った。
「……まさか。まさか」
そこからは、レンジュセントラルの街並みが見える。
ここは、全体を見渡せる絶好の場所なのだ。さすが、レンジュ城といったところ。
サツキは、必死に視線を動かし思い人を探す。すると、
「カイト……」
そこには、記憶よりずっと痩せ細って弱り切ったカイトの姿が。
キメラは戦闘要員なので、人より視力が優れているのだ。
その姿は、「何もなかった」ものではない。サツキは、見た瞬間に石が痛み出すのを静かに感じ取った。
「カイト……カイト……」
なぜ、あそこまで痩せ細ってしまったのだろうか。
あの、優しい表情をする彼はどこに行ってしまったのだろうか。
セントラルの街並みを歩く彼は、濁った瞳を隠そうともせず人を見下すような雰囲気を持ち合わせていた。こんな彼を、サツキは知らない。自身の暴走を何度も止めてくれた彼は、どこに行ってしまったのだろうか。
「カイト……」
それでも、衝動的な気持ちは止められない。サツキは、何かに追われているかのように部屋を飛び出してしまった。
蛍石が、不規則に光を発する。
今、彼女の脳内には、風音の面影すら残っていない。
***
「カイト……カイト!どこ?」
先ほど彼を見た場所へ行くが、そこには誰もいなかった。ただ、人々が行き交い賑やかさを醸し出すだけ。
どんなに変わってもカイトの姿を間違えるわけがないのに、サツキは彼を見つけることができない。
「カイト、カイト。何があったの?」
サツキは、小さく独り言をつぶやきながら彼を探す。
しかし、路地裏や店の中、大通りを見渡すも彼らしき姿はやはり一向に見えてこない。
「……」
見間違いだったのだろうか。
しかし、彼女がカイトと別の人を間違えるはずがない。数年一緒に居た仲ではあるものの、苦楽を共にした大切な人だ。
サツキは、首を傾げた。
「カイト……」
胸が何かに締め付けられる、この感情をキメラであるサツキは知らない。
その痛みを抑えつつ、しばらくその場で行き交う人を眺めていたが、
「……帰ろう」
と、唐突に正気に戻った。
ここにいても、仕方ない。
あまり、ひとりで出かけるのも良くないだろう。なんせ、自分はこの国で違法とされているキメラなのだから。……と。
サツキは、肩を落としてそのまま皇帝の城へと歩き出す。
しかし、彼女は知らなかった。
「……」
その姿を、後ろからカイトが見ていたことを。
「サツキ……」
カイトの目から見たサツキは、組織に居た頃よりずっとずっと元気そうだった。
それに、彼女の真っ直ぐな瞳が濁っていないことも確認できた。
カイトは、それがわかれば十分だった。
「よかった……」
会えば、もう組織に帰れないと理解していた。今会えば、きっと彼女から離れられなくなってしまう。それほど、カイトはサツキに惚れ込んでいるのだ。
彼女を自由にさせるため、組織に命令されてたくさん手を汚してしまった。
組織の手にかかれば、サツキはいつでも連れ戻せると脅されている。今、ここで彼女と会えば、きっと組織にもバレてしまうだろう。
今までの行いを、無駄にするわけには行かない。……数十人と奪ってしまった、人の命を無駄にするわけには。
「……」
会いたい。
抱きしめたい。
その気持ちを押し殺して、カイトはサツキの後ろ姿が見えなくなるまでずっと見ていた。
「……っ」
不意に、頭痛が彼を襲う。
カイトは、しばらく吸血していなかった。
これ以上、体内に血を入れない時期が長ければ、命に関わるだろう。しかし、摂取するだけの体力も今はない。
「サツキ、サツキ……」
路地裏でカイトが頭を抱えてうずくまっても、大通りを歩く人の流れが止まることはない。行き交う人々の姿が、彼の瞳に無常に映る……。
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