8:氷雨①




 クレープを食べ終え2人と別れたユキたちは、セントラル隣のメイ地方にある遊園地へ足を運んでいた。

 あれからも、彩華の口についたクリームを指ですくい取って自身の口に運ぶと言うベタな行動をとって彼女を……いや、彼女たちを沸騰させたというエピソードもあるが今は過ぎたこと。



「わあ!」


 その遊園地は、テーマパークと言ったほうがしっくりくるような規模。


 魔力を使って動く乗り物、光り輝くイルミネーション、全ての国民を虜にするものがそこには広がっている。1日では回りきれない広さで、遠くの地方の人たちは泊りがけで来るほどの人気スポットだ。


 もちろん、デートだけでなく家族連れも多い。休日ということもあり、今がピークだろう。


「……もうすぐ昼なのにすごい混み様」

「休日だからね。別のところにする?」

「ううん、ここがいい!」


 入り口のゲートでは、ユキの容姿に惹かれた女性たちがメロメロになった視線を投げてくるせいか、彩華のことを誰も気づかずに通れた。

 普通であれば、彩華は皇帝代理という立場なのでVIP待遇を受ける。が、本人がそれを嫌っていることもありユキの目立つ性格が役に立ったということか……。


「ねえ、絶叫乗りたい!」


 と、サングラスで多少変装をしている彩華が、ユキの腕を取る。


「姫、絶叫無理じゃん」

「えー、乗りたいー」


 彩華は、絶叫が好きなのにその浮遊感に身体がついていかないようで乗り終わった後がまあ大変。

 真っ青な顔をして、ひどいと嘔吐を繰り返すものだからあまり乗らないようにさせている。ユキが隣についていないと、きっと最初から飛ばして絶叫系を乗りまくることだろう。


「……じゃあ、最後にね」

「わーい!」


 と、嬉しそうにはしゃぐ姿は普通の女性とさほど変わらない。この人が、皇帝の娘だと気づく人はいないだろう。もちろん、ユキが気づかれないように魔法を軽くかけていることもあり。


 ユキは、彼女にこんな感じで自由に過ごせる時間を作るのが好きだった。彩華のこの笑顔が好き、と言ったほうが良いかもしれないが、とにかくこの時間が好きだった。


「あまりはしゃぐと下着見えるよ」


 と、立ち止まって彼女のスカートを片手で押さえると、


「……いいもん、タイツ履いてるもん」


 触れられたのが恥ずかしかったのか、少し小さめの声で応えてきた。


 ユキは、彼女の全てが愛おしく感じてしまう。

 自分が男性になっているからだろうか?12歳の子どもに、その答えを求めるのは酷なのかもしれない。


「ははは、姫らしいよ」


 そう言って、再びパーク内を歩き出す。

 ポケットに手を入れたユキと、彼の服を握りしめついていく彩華。誰が見てもカップルとわかる初々しさが漂っていた。


「……ねえ」


 彩華が、不意に立ち止まる。少し先を歩いていたユキは、服が引っ張られる感覚とその声に振り向いた。


「どうしたの?」


 見ると、彼女は下を向いてぎゅっと手のひらを握っている。握ったワンピースにシワが入り、規律を感じさせるチェック柄を乱しにかかっていた。


「……あの」


 下を向いたままの彼女。


「……具合悪い?靴のサイズ合わなかった?」


 表情が見えない分、心配は尽きない。ユキは、彩華と視線を合わせて話が聞ける様な体勢をとる。

 すると、


「……今だけ……名前、呼んでほしい……」


 周りのざわめきにかき消されそうな声でそう言ってきた。

 予想外の言葉に、固まるユキ。彩華は、相変わらず下を向いている。


 ユキは、そんな彼女の様子を見てフッと笑い、


「なんだ、そんなことか」

「そんなことって!私、」


 ぷーっと頬を膨らませ食ってかかる彼女に、いつも通りの声で名前を呼んだ。


 ただ、それだけ。

 それだけで、彼女の怒りが止まる。

 それだけで、彼女は笑顔になる。


「……はい!」

「行こう、彩華」


 そう言って彼女に向かって両手を伸ばすと、嬉しそうにユキの胸に飛び込んでくる。しっかりと受け止め、そのまましばらくの間互いの温もりを確かめる様に抱きしめ合った。

 たくさんの人が行き交う場所なのに、お互い、周囲の視線は不思議と気にならない。


「ユキ、……ユキはいなくならないでね」

「……彩華こそ、俺のこと嫌いにならないでね」

「ならないよ!どんなことがあっても」

「……」


 彩華の即答を聞いても、ユキの胸の奥にはずっとモヤモヤとしたものが止まっている。それは、ユキの心を少しずつ汚していくもの。

 それでも、彩華に気づかれないよう、ユキはいつもの笑顔を演じ続ける。


「……だから、どこに行っても帰ってきてね」

「わかったよ、約束する。……じゃあ、行こうか」

「うん!」


 互いに離れた時、ユキの身体に隙間風が入ってきた。

 いつも以上に自身の体温を下げたそれを払拭する様に、彩華の手を引いて歩き出す。


「……げ」


 と、そんな2人の前に、ニットのセーターにジーンズという出で立ちの見知った顔を見つけてしまう。


「あ」

「アカネくん!と……?」

「……こんにちは、姫。こいつは妹です」


 彼は、ユキに気づいているのに目を合わせず。彩華の方を向きながら彼女の疑問に答える。


「エナ、挨拶しなさい」

「……こんにちは」

「はい、こんにちは」


 彩華が、エナの目線に合わせて屈むと挨拶を返した。すると、真っ赤になりながらアカネの後ろに隠れてしまう。


「……すみません。人見知りがひどくて」

「年頃ですもの。かわいいわね、アカネくんに似て」


 そう言って彩華が笑うと、今度はアカネの顔が真っ赤になった。


「……」


 それを見て、面白くない顔をするユキ。アカネが自分に冷たいワケを、知っていたから余計。


 彼は、少女ユキと青年ユキの姿を知っている。どちらが本当の姿なのか、までは知らないが。

 しかし、このまま黙っているのはおかしい。


「へえ、妹いたんだ。かわいいね。こんにちは、ユキって言います」


 と言って、後ろに隠れているエナの頭を撫でた。

 アカネは、その行為を止めずにユキを睨むだけに留める。姫の前で、彼は派手な喧嘩をしない。


「こ、こんにちは」


 おずおずと出てきたエナと呼ばれた妹は、上目遣いで彩華とユキを交互に眺めた。何か言いたいことがあるのだろう。その行動を見守るユキと彩華。すると、


「……」

「……」

「……お兄ちゃんがいつもお世話になっています」


 可愛らしい声でそう言って、頭を深く下げてきた。それを見た彩華が、抱きしめたい衝動を抑える様に腕を組む……。


「なっていない!!!」


 が、その雰囲気をぶち壊すかの様に、アカネが声を張り上げるものだから台無しである。


「あはは、なってるなってる。すげー世話してる」


 ユキは、いつもの意地悪な顔を浮かべて、アカネの頭を撫でた。彼は青年ユより身長が低いので、撫でやすいのだ。

 それを、瞬時に腕で払うアカネ。舌打ちが聞こえてきそうな顔をしたが、妹の前だと言うこともあり抑えている様子が伺える。……いや、「姫」の前だからか。


「アカネくん、かわいい」


 と、今度は彩華が彼の頭を撫でる番だ。


「(それは素直に受け取るんだよなあ)」


 アカネは、彩華に惚れ込んでいる。

 彼女は、誰にでも平等に優しい。だからこそ、アカネの様な正義の塊に好かれるのだろう。


 だが、それはユキ以外の話。彼女の特別であるユキが、彼には許せないのだ。


「……子ども扱いしないでください」

「してないよ。だって、アカネくんは私より1個上でしょう?」

「……お兄ちゃん、かわいい」


 と、エナが笑いながら言うほどアカネの顔が真っ赤に染まっていく。彩華と同じ発言をしたので、周りもそれに合わせて笑った。


「うるさい……。別に僕は」

「お兄ちゃん、邪魔したらダメ。行こう」


 慣れてきたのか、アカネの隣に立って発言するまでになった。妹の言葉を無視できない様で、


「……わかった」


 と言って、エナの手を握る。


「お似合いですね、お2人さん」


 エナは、目の前の2人を見てそう言うとアカネの手を引いて行ってしまう。アカネは、最後までユキに警戒心を抱いて殺気をガンガンに飛ばしていた……。


「「……」」


 突然のエナの言葉に、固まる2人。いや、それは一瞬だけで、本当に固まっていたのは彩華1人だけ。


「お似合いだって、嬉しいね」

「……」


 サングラス越しの瞳が少し揺らいだのを、ユキは見逃さなかった。


 彩華は、涙もろい。嬉しくても悲しくても、すぐに涙をこぼす。

 それは、小さな頃から変わらない……。


「そんな顔してると、キスするよ?」

「……」

「して欲しいの?」

「……わかんない」

「正直でよろしい」


 自分でもよくわからない感情と戦っているであろう、彼女の頭をひと撫ですると、


「彩華、俺たちも楽しもうよ!」


 と、気持ちを切り替えるように彼女の手を引く。


「……うん。うん!」




 そうして、2人はアトラクションを全制覇する勢いで乗りまくった。


 アトラクションに疲れたら、ストリートパフォーマンスを見て、絶叫に乗っては、真っ青な顔をした彩華を介抱して笑って。

 こうやって、空に星が瞬くまで遊園地で遊んだ。


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