04-エピローグ:その正体に蓋をして



 ユキたちが帰国し、静けさが戻ったザンカンの城の執務室。窓から夕日が差し込み、書類で埋もれた空間を赤く染めていく。

 他国からの侵入者を受け入れてしまったザンカン国は、木々に宿るこの国特有の魔力や結界を再構築しないといけない。避難に協力してくれた住民の為に、一刻でも早く元に戻してやらないといけない状態だ。しかし、


「……」


 机に向かうマナは、目の前に積まれに積まれた書類に目もくれず、退屈そうに足を投げ出していた。

 椅子に座りつつも、執務をしようという気ではないらしい。なぜなら、その手にはアルコールの入っているであろうスキットルが握られているため。

 かなり度数が高いらしく、その飲み口からはアルコール臭が漏れ出している。


「マナ、身体に悪いよ?」

「……なんだ、説教しにきたか」

「まさか。寂しがってないかなって思って」


 そこに、スーツ姿の男性が入ってきた。どこか会合にでも行っていたのだろう。マナの露出の高い服に比べ、それはどこまでも「誠実さ」を植えつけてくる。

 しかし、彼は皇帝の前にも関わらず、きっちりと上がっているネクタイをゆっくりと緩めながら近づいてきた。どうやら、こんな格好は性に合わないらしい。


「バカ言うな。飲みたいだけだ」

「あー、もう!それ、3本目じゃない?オレが用意したやつかなり減ってるし」

「うるさい……。指図するな」

「身体に悪いって言ってんの」

「……わかってる」


 スーツ越しにでもわかる男性らしい体格、精悍な顔立ちをした彼は、ザンカン国皇帝代理の肩書きを持っていた。とはいえ、マナの親族ではない。ザンカンは、レンジュのように親子で皇帝を継ぐような規則はないのだ。

 彼の名前は、サユナ。今目の前で完全に酔っ払っている彼女を支える、良きパートナーと言ったところか。皇帝代理という立場から、付き人であるサキと共に彼女を懸命にサポートしている。

 しかし、彼はサキと違い、仕事だけでなくプライベートでもマナを支えていた。彼女の魔力回復である「対人接触」に付き合うべく、ベッドも共にする愛するパートナーだ。


「オレも手伝うから、仕事終わらせよう」

「……もう、文字を見たくない」

「じゃあ、文字多いのはオレがやるから」

「数字も図解も見たくない」

「それじゃあ、いつまでたっても終わらないでしょう。さっさと終わらせてベッド行こうよ」

「……終わらせる」


 その誘いにやる気を出したのか、マナはスキットルの蓋を閉める。多少酔っ払いつつも、ルンルンになりながら目の前の書類に手をつけ始めた。その様子は、側から見ているサユナにとって可愛く映るもの。完全に取り去ったネクタイを近くのソファに置きYシャツの胸元のボタンを2つ取ると、そんな愛おしい彼女を手伝うべく腕まくりをした。

 しかし、彼は気づいてしまった。


「……え、サキ?どうした、過労?」


 机の書類を持ち上げ、ティーテーブルで作業しようと振り向いたとき。そのテーブルに突っ伏して目を回している彼の存在を知る。


「ん?……ああ、ちょっと魔力をな」

「オレが帰るまで我慢してよ」

「仕方ないだろ、いつ帰ってくるかわからなかったんだから」

「全く……。その調子で、ユウトくんにも迫ったんでしょ」

「否定はしない」

「相変わらずだねえ、想像がつく」

「……サユナだって、あいつとしただろ。私はキスだけだ」


 と、少々拗ねているマナ。どうやら、サキに向かって「対人接触」をしたらしい。それからかなり時間が経つのだが、慣れていない彼はいまだに目を回している。

 まあ、マナにとっては魔力回復ができるし、監視の目がなくなるから嬉しいことづくし。だからこそ、執務室で堂々と大好きなアルコールを嗜んでいた……いや、暴飲していたのだ。


「オレも楽しんでるけど、嫌なら止めるよ?もともと、君の命令で血族技鍛えてあげてるんだし」

「わかってる」

「そうそう。ユキ、カップ数上がってたよ。このままだと抜かれちゃうかも」

「私の方がお前との相性がいい。あいつより体力もあるし、お前の好きなところだって理解してる」

「酔うと可愛いね。それが本音?」

「……今日、途中で私より先に果てたら許さないぞ」

「はいはい。朝日が登るまでお付き合いしますよ」

「ならいい。戯言だった」


 サユナが頭を撫でると、多少機嫌が直ったマナが書類に集中し始めた。

 彼女は、酔うとこうやってサユナに甘えてくる。いつもは見せないその態度は、彼だけのもの。それが愛おしくて仕方ないサユナは、いまだに目を回しているサキを起こすべくティーテーブルへと向かう。


 その彼は、ユキとベッドを共にした相手と相違ない。サユナは、とある命令で彼女の身体も開いていた。



***



「ただい「ユウト〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」」

「うわっ!!」


 任務を終えて帰宅した風音が、リビングに入ろうとした時である。その扉が勢いよく開け放たれると、中からこれまたナイスバディな女性が飛び出して……いや、突進してきた。

 それを予想できなかった彼は、廊下の冷たい床にこれでもかと言うほど頭をぶつけてしまう。


「いってえ!なんだよ、ゆみ!」

「何よ!帰ってきて早々その言い草れは!お姉ちゃんにただいまでしょ、た・だ・い・ま!」

「言おうとしてたのをお前が止めたんだろ!」

「ほらもうそうやってすぐ文句ばかり!」

「文句じゃねえ!事実だ!」

「……いいから、こっちおいでよ。いつまで床に転がってんの」


 と、なんだか騒がしい。

 奥からの声に冷静さを取り戻した2人は、そのまま立ち上がりリビングへと入っていく。


 彼女は、風音の姉である長女ゆみ。そして、その奥にいるのは……。

 

「おかえり、ユウト」

「……ただいま、ありさ」


 ソファで雑誌を読んでくつろいでいる彼女も、姉である。次女のありさは、長い足をもてあますように組んで完全にリラックス状態。興奮しているゆみとは正反対の性格を見せつけてくる。


「ちょっと!私もユウトからただいま言われたいのにぃ!!」

「……ただいま、ゆみ」


 と、こちらの姉は少々……いや、かなりのブラコン。筋金入りのブラコンである彼女は、フランス人形のような綺麗なウェーブのかかったブロンズ色の髪を揺らしながらプリプリと怒っていた。今は服で隠れているが、その奥にはザンカン皇帝のマナのような完璧ボディも持ち合わせている。それに加え、プクーッと頬を膨らませている顔もかなり整っていた。だからこそ、そんな性格が報われない……。


「ねえありさ!ユウトからただいまって言われた!ただいまって!」

「はいはい。いいから、おかえりって返してあげなさいよ」

「そうね!ユウト!おかえり♡♡♡」

「……やめろ、こっちくるな」


 ただ「おかえり」を言うだけに身体を寄せてくるだろうか。それが「常識」でないとわかっている風音は、懸命にその身体を押し返す。が、それは無駄な抵抗に終わる。


「何よ照れちゃって!!いいわ、お姉ちゃんが遊んであげるから!」

「いやだ!離せ!オレは疲れてんの!」

「わかってるわよー。私が癒してあげる!ベッド行きましょうか♡」

「行かねえ!なんでゆみとしなきゃいけないんだよ!この既婚者が!」

「あら、既婚者じゃなければいいってこと?いいわ、待ってて。離婚届出してくる」

「そう言う問題じゃねえ!!!」


 と、少々騒がしい。

 雑誌を読むありさは、その光景が日常茶飯事であることを思わせてくるかのように読書に集中している。故に、弟を助けようとはしない。


「何よ、ユウトは。わがままなんだから」

「……はあ。着替えてくる」

「じゃあ、私も「ゆみ、夕飯の準備するから手伝って」」


 やっとその身を剥がしたゆみの隙をつき、風音はそのまま自室へと逃げ込んだ。ありさも助けてくれたらしく、それはいつもより容易だった。


 風音も、こんな家族が嫌ではない。小さい頃から一緒なのだ、慣れてはいる。むしろ、この状態が異常であると気づいているかどうかすら怪しいほど、彼もまた、スキンシップの激しい一面を持ってしまっているから救いようがない。


「ゆみ、ユウトに嫌われるようなことしないのよ」

「してるつもりないわ」

「……全く。ユウトに彼女ができたらどうするの」

「え?焼くわ。焼き具合の話?もちろん、ベリーウェルダンよりも黒炭にするわよ」


 その目は笑っていない。瞳孔を見開き、怪しげな表情で包丁を握りしめているものだから恐怖は倍増である。

 ブラコンも、ここまでくれば芸術的だ。呆れたありさは、


「はあ……。ところで、麻取の方はどうなの」


 と、話題を変えた。

 こう見えて、彼女は麻薬取締班の一員。レンジュアカデミーでの麻薬事件で今宮と話していたのが、彼女である。


「んー?まあまあね。退屈はしてない」

「そういう話じゃないんだけど」

「そんなこと言ったら、ありさはどうなのよ。公安の敏腕捜査員さん?」

「……今、1件追ってるところ。近々、公になるわ」

「ふーん。なんだか、それだけじゃなさそうだけど」

「……そういう勘だけは昔から鋭いわね」


 ありさは、少しだけ表情を硬くしながら大鍋に水を注いでいく。5人分の量が必要なのだ。重量的にはかなり重くなる。しかし、それを持っているから表情を変えたわけではない。


「……ユウトがキメラと接触したらしいの」

「そう」

「きっと、まだ忘れられないのね」

「忘れてしまう方が酷だわ。あの子の感覚が正常なのよ」

「……そうね。私たちがおかしいのかも」

「でも、私は情報を渡さないわよ」

「それで良いよ。私も渡さない。……渡せないよ、あの子には」

「まあ、ユウトのことだから自力で色々調べちゃうかもね」

「そこまで縛るつもりはないよ、ゆみもそうでしょ」

「ええ。可愛い弟ですもの」


 その声はどこまでも低く、小さなもの。弟を想っているのか、それとも、キメラについて考えているのか。2人の表情だけではわからない。


「ありさの追ってるものが、それと関わってくるってこと?」

「まあ、そんな感じ。その時は力を貸してよ」

「えー、公安のお偉いさんはお話が長いから嫌いだわ」

「同感。いいじゃないの、たまにしか聞かないんだから。私なんか、毎日聞いてるのよ」

「御愁傷様」


 あまり、仕事の話を家に持ち込まない彼女たち。自分達に関わりがありそうなものだけ情報交換はするものの、深くは話さない。仕事は仕事、プライベートはプライベートなのだ。弟の前では、なおさら。だからこそ、明るく振る舞うのかもしれない。


「手伝うよ」


 パーカーとスキニーに着替えた風音が、リビングへと入ってきた。その口元には、いつものガスマスクはない。こう見ると、やはり姉弟。似ているのだ。

 弟の顔を見て、すぐに口をつぐむ2人。……いや。


「え、本当?じゃあ、ユウトは私の相手を「ありさ、今日はなに?」」

「今日は、リンも帰ってくるからビーフシチュー作るよ。デザートは、ボーロ・デ・メル。ゆみが帰りに買ってきたやつ」

「まじ?ゆみ、サンキュ」

「……待ってて、ユウト。あと10個買ってくる!」

「やめろ!それは数の暴力だ!!」


 「ボーロ・デ・メル」とは、はちみつを使ったしっとりとしたケーキ。甘いものが好きな彼は、その言葉でニッコリと微笑んだ。すると、その笑顔が気に入ったのか真顔になったゆみがテーブルに置かれている財布を掴み一目散にリビングを出て行ってしまった。

 なお、ボーロ・デ・メルはホールケーキだ。10個も食べられるはずもなく……。


「はあ……」

「相変わらずね」

「ありさも止めてよ」

「止めたって止まらないでしょ。ユウトが一番よくわかってると思うけど?」

「……はあ。なんか、ザンカンの皇帝を思い出すよ。ゆみのこと見てると」

「似てるもんね。あの2人」

「似てるどころか、姉妹って言っても通用する」

「当たらずと雖も遠からず、ってところね」

「……そこまで言ったなら教えてよ」

「本人から口止めされてるの。他国の皇帝よ?逆らったら大変な事になる」


 ザンカンから帰還後、いくら聞いても教えてくれない彼女たち。どうやら、マナが口止めをしているらしい。


「黙ってるって」

「無理よ。聞いたら、絶対その足でザンカン向かっちゃう」

「……はあ。誰なんだよ、あいつは」

「ちょっと!皇帝に向かってあいつはないでしょう」

「だって!会うなりマスク外して舌入れてくるし!」

「……マジ?ゆみには黙ってなさいね」

「言わねえよ!言えるか!」


 その姿は、少々生徒には見せられないもの。きっと、こうやって家でエネルギーを使っているから外では眠そうな表情を披露するのだろう。自室で寝ていれば、ゆみが直撃しかねない。彼も、一応 (?)苦労はしているようだ。

 風音は、ビーフシチューを作るべくフォンドボーに使う仔牛の骨付き肉を冷蔵庫から取り出した。


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