05:心優しいキメラ少女、「サツキ」

1:春一番は寒さに強い



「おはよう」

「おはよう」


 カラカラに晴れて、気持ちの良い朝だった。

 暑苦しさがなく、過ごしやすい陽気が肌に心地よい。


 今日も、任務だ。

 ザンカンから帰国後しっかり休養を取った3人は、この陽気と同じ晴れ晴れとした表情で下界受付前広場に集まっている。土日を挟んだためか、若いからか、その身体に「疲れ」というものはない。

 アカデミーの入り口なためか、交通の量は多い。しかし、その中に探している人物は見当たらないらしい。ゆり恵がキョロキョロと見渡しながら、


「あれ、ユキ君は?」


 そう言うと、他の2人も周囲を見渡し始める。しかし、その姿は拝めない。

 3人は、集合場所から少しだけ移動し受付を覗き、口説いている人がいないかどうか確認している。が、やはりいない。


「風音先生もいないね」

「そうね、もうすぐ時間になるのに……」

「先生、寝坊かもよ」


 広場の周辺を見渡すも、やはり2人の姿は見えない。特に、風音の格好は遠くからでも目立つと思うのだが……。

 3人とも、そんな思考を巡らせている時。早苗が何かを見つける。


「……ね、あっち」

「……ユキくんね」


 アカデミー正面玄関のド真ん中。

通常であれば、行き交う人を考慮して道ができているはずなのだが今はそうじゃない。そこには、どうやったらそんな密集する必要があるのだろう?と見ている人を不思議にさせるほどの人だかりができていた。

 ゆり恵の確信めいた言葉に頷くことしかできない2人。なぜ、今まで気づかなかったのだろうか。

 その人だかりは、女性のみ。しかも、たくさん。この条件が揃えば、彼しかいない。


「きゃーーーーー」

「こっち向いてーーー」

「写真!撮りましょう!」

「押さないで!」


 そんな人だかりの中へ、3人が恐る恐る寄ってみると……。


「……え!?」

「あれ?」

「ん??」


 その中心には、少年が居た。しかし、探していた人物と少々異なっている。

 一瞬、「違う人だったか」と残念がるも、

 

「あ、ゆり恵ちゃん」


 本人だった様子。

 ユキは、めざとくゆり恵を先頭にしたチームメンバーを見つけると近づいてくる。途中、数人の女の子の甲にキスするものだから、バッタンバッタン倒れる人続出したのも記載しておこう。


「……」

「……」

「……」


 しっかり介抱してからこちらに向かってくるので、時間がかかることかかること。

 しかし、その時間を忘れるくらい3人はユキの姿に釘付けだった。


「おはよ、みんな」

「ユキくん……」

「その髪」

「どう、似合う?」


 ユキの髪色が、黒から茶色になっていた。それを見て、真っ赤になるゆり恵。いや、早苗もか。表情を崩さないのは、まことだけのようだ。とはいえ、彼も少々びっくりしていた。


 ユキが手で髪をひと束持ち上げると、そこに太陽の光が反射しキラキラと輝きを見せてくる。その姿を見た人だかりも、シーンと静まり返って彼に夢中だ。

 ニッコリと笑ったユキは、そのまま返事を待たずにゆり恵と早苗の手を掴み、


「集合場所行こうか」


 と、リードする。遊んでいた人が何してんですかね。


「またお話しようね」

「はい!ぜひ!」

「また……!」


 集まっている女性陣にそう言ってウィンクすると、ユキはまことを促し2人の女の子の手を引いて集合場所の広場へと足を進めた。多少未練がましくしている女性たちも、それを合図に目的地へと向かっていく。


「……」


 無言で手を引かれるゆり恵と早苗。

 年頃の女の子は、好きな子の変化に敏感だ。特にゆり恵の顔が、ゆでダコのごとく真っ赤になっているのは致し方ない。それをクスクスと楽しそうに笑っているまことと早苗。本人は気づいていない。


「ドラマで髪色変えないといけないんだー」

「そ、そうなのね」

「撮影が終わったらまた戻すけどね」

「そうなのね……」


 と、ゆり恵は上の空。きっと、ユキが手を引いていないと前方不注意で転んでしまうだろう。


「でも、似合ってるよ」

「ね、カラーチェンジできるの羨ましい」

「ありがとう、早苗ちゃん、まこと」


 なお、本来の理由はそうではない。

 土日に集中してしまった影の任務で魔力を消費しすぎて、髪色が黒にならなかったのだ。それに朝気がつき急いでいろんな髪色を試してこれに落ち着いたという経緯だ。淡い色はいくらでもできるのだが、やはり元の白い髪から暗い色にするのは難しいらしい。

 まあ、こんなこと言えるはずもなく。

 どうにか笑顔で誤魔化すも、本人にしてみれば危ない綱渡りだ。


「……集まったかー」


 そこに、風音もやってきた。いつもの黒服にいつものガスマスクで、かなり目立つ格好にも関わらず気配は薄い。それは、寝不足が加味されているためかもしれない。目の下には、消えそうにない深めのクマが刻まれていた。


「先生、おはようございます」

「遅刻だよ、先生!」

「おはようございます」

「おはよう。いや、1分前にはきてたよ。なんかみんな盛り上がってたから話しかけるのアレかなって」

「そっか!先生も混ざりたかったと!」

「……あ、うん。それでいいや」


 と、やはり眠そう。あくびをしながら話すものだから、少々聞き取りにくい。

 ユキの明るい声も、彼の耳に届いているのか怪しい……。


「先生、今日は何するの?」


 調子の出てきたゆり恵が、体勢をかえて気合を入れ直す。が、好きな人が近距離にいるためか鼻血を出したらしく、上を向いて鼻頭をおさえていた。それを見て、早苗が笑いながらティッシュを差し出す。


「今日は……」


 その鼻血を回復魔法で癒しながら風音が話そうと口を開くが、ユキを見て言葉を止める。やはり、先ほどの会話はユキと話しているという意識がなかったようだ。


「誰かと思った。天野か」

「ドラマの役作りで変えてみたのー。どう?」


 なぜ、こんなに驚かれるのかというと、体内に流れる魔力の話に繋がる。

 魔法使いは、髪を染めたりピアスをしたり、刺青を入れたりするだけで体調を崩してしまう。それは、体内で循環している魔力回路に影響をきたしてしまうため。最悪、数ヶ月入院なんてこともあり得ること。

 もちろん、体調が変わらない人も中にはいる。それは、遺伝やコンディションは一切関係なく、できる人はできるができない人はできないだけの話。


 とはいえ、ユキも体調が変わらない人に分類されるわけではない。魔力で染め上げているだけなので、元の色は変わらないというだけなのだ。


「ふーん、頑張ってね。……で、今日の任務だけど」


 と、ユキのピース姿を無視して話を続ける。反応するだけの気力はないらしい。いや、風音もユキの扱いに慣れてきただけか。

 5人は人通りの邪魔にならない場所へと移動し、話を続けた。


「今日は、ヒイズ地方に行くよ」

「え!」

「ヒイズって……和の国?」

「すごい!行ってみたかったんだ」

「遊びに行くんじゃないからね」

「わかってるわよ!」


 彼の口から地方名が出ると、3人のテンションが一気に上昇した。

 ヒイズ地方は、ここから一時間ほど北に移動すると到着する場所のこと。「地方」と言っても、国として成り立つような独自の文化が発展するような自立した地方として知られている。

 その文化は、着物や和菓子、羽子板やまりつきなど。それを目的として訪れる観光客は多い。


「…… (あそこなら安全だ)」

 

 そんなチームのはしゃぎ具合を、一歩引いたところから眺めるユキ。

 ヒイズ地方は、彼女の父がいたところでもあった。幼少期に何度も遊びに行っているし、しばらく住んでいたこともある。第二の故郷のような場所に近い。

 そして、今もその地区にはとある人物が住んでいる。きっと、行けば会えるだろう。


「でもって、今回からチームで4つ任務を受注するからね」

「え?そんなことできるの?」

「あー……。ちゃんと説明してなかったな」


 今まで、1~2個の任務を同時にこなしたことしかない。ゆり恵の疑問も最もだった。

 説明が始まる雰囲気になると、いつも通り早苗がメモの用意をする。


「任務数は、チームメンバーの数だけ受注できるもんなの」


 早苗の準備が整ったのを見て、風音が口を開く。


「下界の魔力量では、1人1任務を記録するのが限界って言われてるんだよね。システムもそれを考慮して組まれていて、人より魔力量が多くても一律でそれ以上は受注不可って形になる。上界とか主界に行けばまた話は変わるけど、今はそこまで覚えてなくて良いよ」

「ってことは、僕らのチームはみんなより1つ多く受注できるってことですね」

「そういうこと。今までは適任を知るためにちょこちょこ受注してたけど、これからは1人1任務を記憶できるようにしていくよ」

「はーい」


 後から知ったのだが、4人チームは珍しいようだ。他のチームと何度か交流を重ねてきたが、3名チーム以外に遭遇したことがない。

 不思議に感じた3人が風音にそのことについて聞いてみるも、さほど意味はないとのこと。……まさか、管理部メンバーが入ってるからなんて口が裂けても言えない。


 メモを取っていた早苗が顔を上げ、


「先生は受注できないんですか?」


 と聞くと、


「下界任務が受けられるのは、下界だけ。上界も主界も受けられないシステムなんだよ。だから、受付が分かれているって感じかな」

「なるほど……。ちょっとまどろっこしいシステムね」

「ザンカンでは、受付の場所が一緒だったよね」

「いや、ザンカンでも同システムだよ。受付が一緒かそうでないかの違いだけ」


 確かに、アカデミーには下界の受付しかない。上界、主界はまた別のところにあるのだろう。

 国によってシステムが違うのは、ザンカンで学んでいる。3人とも、すんなりと彼の説明が頭に入ってきたようで納得した表情で頷きを返す。……ん?3人?


「……で?天野は何してんの?」


 静かだと思ったら……。

 いつの間にか、近くの切り株に座り込んでスマホゲームに勤しんでいた!風音すら気づかなかったその行動の素早さは、やはり称賛に値するもの。故に、彼も注意ができない……。


「ん?昨日から始まったイベント」

「……そう、か」


 それをわかっているのか、ユキは何食わぬ顔してシレッと答えてくる。4人が画面を覗くと、その中でキャラクター同士が戦っているのが見えた。若干1名、その光景を見てため息をつくもやはり何も言い返せない。


「それ、私もやってる!」

「僕も」

「え、そうなの?やろうかな」


 結構メジャーなゲームらしい。まこととゆり恵が反応すると、やっていない早苗が羨ましそうな視線を画面に向けている。

 ユキの画面のレベルを見ると、236。結構やり込んでいる。


「あ、限定武器持ってる!いいなあ」

「そのアバターも限定だよね?レベルもすごいし……」

「リリースからやってるからね」


 影の任務に、管理部の仕事を抱えている彼女。いつやっているのだろうか……。


「……ちなみに、そのゲームのシナリオを書いている人がヒイズにいるらしいよ」


 風音も知っているゲームだったらしい。ゲームタイトルがわからないのにそう発言するということは、相当有名なのか。


「なんだって!先生、早く行こう!」


 話を聞かずにゲームやっていた人が何を言う。

 ユキは、ひと段落ついたのかスマホを懐へしまい立ち上がった。


「私も会ってみたい!」

「会えるといいね」

「じゃあ、今ダウンロードしちゃう」

「結構容量食うから、ドライブ開けといた方が良いよ」


 完全に、遊びに行く感覚でいるチームメンバー。大丈夫ですか。


「ちょっと。待ってよ」


 それを止める風音。

 そうですよね、流石に止めますよね。

 任務は遊びじゃないですよね。


「後藤、ダウンロードするならここにしな。wifi飛んでるし」


 か ざ ね さーーーーーん!!!!!!


「はい!」


 早苗は、その言葉で早速スマホを取り出すとアプリをダウンロードし始めた。それを隣で覗くメンバーたち。……楽しそうだ。


「早苗ちゃん、リセマラする?」

「何それ?」

「僕やってないなあ。でもやったほうが絶対良い」

「私はやったよ!10回はやったと思う」

「リセマラってなに?」

「じゃあ、オレは受注してくるよ」


 と、会話が弾む。

 その時間を使って受付に向かう彼は、コミュニケーションの大切さもわかっているのだろう。……そう、願いたいものだ。


「…… (先生、眠れてない)」


 ユキは、その後ろ姿を見て彼の魔力の少なさを感じ取っていた。

 どこかで寝かせてあげないと。そんなことを考えつつ、3人とゲームの話で盛り上がる。


「チュートリアルが終わると石がもらえるから、それでガチャを……」


 初めてプレイする早苗に解説しながら、4人は風音を待った。



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