8:指先で愛を語って②


「……出てきなよ」


 全員倒したのに、ユキはそう言った。使ったナイフをしまいながら、世間話でもするかのような気軽さで言葉を発する。


「……!?」


 すると、目の前の茂みの中から黒い服をまとった女性……サツキが姿を見せた。風音は、その人物の登場に驚愕する。どうやら、気づいていたのはユキだけだったようだ。


「ああ、私の部下をどうしてくれたの」


 そう言って彼女は両手を広げて笑った。言葉と態度が比例していない。


 その女性には、他の敵と違って存在感があった。人を惹きつける、存在感が。今までいた敵と比べ物にならないほど、それは彼女の居場所を主張してくる。

 なぜ、今まで気づかなかったのか。風音が自問自答するも、今考えても難しいこと。


「いつから気づいてたの?」

「最初から知ってたよ。それだけの存在感が、君にはある」

「あら、嬉しいわ」

「隠す気ないなら最初から出てきてよ」

「ふふ。優秀そうな坊やだこと」


 ユキは、サツキとの会話をすべく殺気を緩めた。それを怪訝そうに見つめる風音は、自身の足にかけていた固定魔法を取り除き彼女と対面する。


「そりゃどうも。俺は、ずっとあなたを誘ってたんだけど」

「あら、私ったら気づかなくって。ごめんなさいね」


 にっこりと笑う彼女も先ほどの敵同様、闇に取り込まれている。その身体のどこにも、光がないのだ。

 決して、殺気を出しているわけでも警戒心を出しているわけでもない。彼女にとって、今の状態が普通なのだろう。それが、見ている人に異常さを認識させてくる。


「それよりも。今の、忘れてくれないかしら」

「……さあ、何のこと?」

「私の部下との会話よ」

「どの会話か言ってくれないと。たくさんお話したから」


 と、はぐらかすユキ。相手のミスリードを誘っているようにも見えるが、決してサツキもそれに乗らない。


「ふふ。そういうの、嫌いじゃないわ」

「そりゃあ、どうも」


 互いに、距離を詰めず。かと言って、離れず。

 何とも言えない距離感を互いに保っていた。


 しばらく無言が続いていたが、会話に入っていなかった風音があるとこに気づく。


「……あれ、君。魔力がない人なの?」

「ふふ、そうよ。それが何?」


 無言を貫いていた風音が、彼女に向かって思ったことを口にした。

 すると、腕を組み、余裕そうな笑みを浮かべ返答するサツキ。魔力がないから、何だというのか。本気でそう思っている様子だ。


「なのに、魔力増強できるよね。……何で?」

「……っ」


 風音も、どこかで増強者がいるとは気づいていたらしい。隣にいたユキが、感心したかのような表情になる。


 一方、気づかれていないと思っていたのだろう。その質問に、余裕そうだった彼女が少したじろいだ。その様子を、ユキは黙って見ているだけ。風音の声から少量の魔力を感じ取り、これが誘導尋問だと気づいたからだ。


「君の顔色見る限り、麻薬ではなさそうだけど」


 風音が、彼女を言葉で追い詰める。気だるそうな声だが、そのまっすぐで迷いのない声量は相手を威圧するだけの力があった。


「かと言って、魔力を分散させている様子はない」


 そう言って、サツキの方へとゆっくり足を進めた。魔法で固定し続けていたせいか、その動きは少しぎこちない。


「……何が言いたいの?」

「いや、別に」


 迫ってくる風音から逃れるかのように、彼女は初めて目をそらした。しかし、決して動こうとはしない。それは、何かに焦っている様子そのもの。2人には、知られたくないものを必死に隠している子どもに見えた。

 風音は、こう続ける。


「……蛍石に似てるなって思って」

「なぜそれを!」


 そう言うと、彼の口術を使った誘導にやっとボロを出したサツキ。その名前を知っているわけないと高を括ったのか、はたまた、そこまで頭が回っていなかったのか。

 その慌てふためく様子を見ていたユキも、思わず笑ってしまった。


「上司がこれじゃあ、部下もそうだよな」

「……っ!」


 その人を小馬鹿にするような言葉に、彼女は赤面する。余裕のなさが直ぐ顔に出てしまうサツキは、その表情を隠せない。


 それを気にせず素早く相手の前に立った風音は、次の瞬間……


「ちょっと失礼」

「……いや!な、何を!!」


 一言断りを入れると、サツキの服をフロントから左右に引きちぎった。その両手には、青色の補助魔法の光が輝いている。


「……容赦ないねえ」

「……」


 重装備なはずの服は、彼の魔法によって脆い物質に変えられてしまっていた。中のシャツも避け、サツキの肌があらわになった。

 それを見た風音は、一気に表情を暗くした。その様子は、後ろから見ていたユキにも伝わってくるほどどんよりとした空気を出してくる。女性の裸体を見て出す雰囲気ではない。なぜなら……。


「信じられない!女性に向かって……!」

「……キメラ」


 と、両手で前を覆うがいくら隠してもそれはかなり目立っている。心臓部分には、……大きな緑色の石があった。

 それは、異様なほどの光を放っている。薄々気づいていたユキが目視すると、そう一言呟いた。


「良い身体つきしてんじゃん。好みだよ」

「……っ、あ」

「ちょっと遊ばせてよ」

「な、何を……!んっ!」


 なぜか今にでも泣き出しそうな表情をした風音は、そう言ってサツキの肩を強引に掴んで地面に押し倒す。ドサッとその身体が地面につくと、その上に覆いかぶさった。


 いろんな感情が渦巻いているのか、サツキが沸騰したかのような真っ赤な顔をする。先ほどの高慢な態度はすでにない。必死で肌を隠そうと、両手を前に出すがそれは彼の片手によってあっけなく捕らえられてしまう。

 その体制になると、風音の表情が一変する。まるで、感情を表に出さないよう制御するかのように瞳孔を見開きサツキを見据えた。


「ここ、弱点だよね」


 冷たい瞳の風音は、容赦しない。空いた手で服を開くと、そこから現れた石を直接触り出した。指先で、手のひらで。その動きは、「愛撫」に近い。

 動かないよう彼女の足の間に膝を立てると、その手の動きを続ける。いつの間にか、その手には青色の淡い光が宿っている。

 すると、サツキにも変化が。


「っ、ん!あ、ああ……」

「可愛いね、声。抑えなくていいよ」

「やっ!や、いや!あっ……」


 おさえていた声が漏れ出すたびに、目を見開き屈辱的な表情を見せるサツキ。その瞳には、ほんのりと涙がにじみ出ていた。頬を赤らめ、誰が見てもそれは快楽に溺れている様子は否めない。

 それでも風音は止めない。無言で、眉間のしわを深くしながら青色の光を出して石を弄んだ。


「先生、俺の教育上よくないと思う」


 と、あのユキが至極まっとうなことを言うくらいにはその光景が異常だった。完全に、風音が彼女を支配している。

 サツキは、徐々に腰をくねらせてその快楽を受け入れていた。むしろ、もっと溺れたいのか、それ以上のものを欲しがり必死に風音の方へと手を伸ばしてくる。しかし、それを彼は許さない。


「……待って」

「目、瞑ってようか」

「……ちょっとだけ黙っててよ」


 ユキの静止も聞かず、女性の身体を……石を貪る風音。相当な魔力を使っているようで、額には汗がにじんでいる。

 キメラは、石が弱点だ。触れられると、全身に快楽が駆け巡る。彼は、それを知って愛撫しているのか、それとも……。

 

 この行為には、もっともっと別の意味合いがあった。それを知るユキは、決して手を出さない。しかし、


「はあ、大人の階段登る~♪」


 口は出すようだ。

 ユキが突拍子もなく歌うので、風音の力が一気に抜けてしまう。そして、青色の光が一瞬明るくなり……。


「あ、あ、あ、……っ!!!」


 サツキの身体がブルッと震えると、絶頂に達したらしく急に力が抜けてしまった。そのまま気絶したようだ。目を閉じ、風音にしがみついていた身体を地面に委ねる。

 と、同時に彼女の体が縮んでいく。


「……やっぱり」


 そこにいたのは、少女だった。

 ユキよりは少し年上だろう彼女は、気絶しながらも肩で苦しそうに息をする。

 石は、そのまま胸で光り輝いていた。


「キメラ……なんでこんな小さな子が」

「……ナイトメアにキメラがいるって聞いたことあるよ」

「……胸糞悪い」

「同感」


 そう、彼女はキメラ。人と石を融合させた、違法物。

 自然のバランスが崩れるほど、その威力は強い。キメラ1体あれば、戦車が数台あってもその力には及ばないと言われているほど戦闘能力が高い。

 が、感情のコントロールがうまくいかないキメラが多く、今のように快楽で混乱させてしまえば威力は低い。


 風音は、それと同時に石へ直接魔力を注いで壊そうと試みたが無理だったようだ。

 キメラになってある一定の時期であれば石と引き離すことができる。しかし、それができなかったところを見ると、かなり以前にこの身体になったのだろう。


 その様子を見た風音が、サツキの頭を優しく撫で上げる。先ほどのような拘束はせず、悲しそうな表情で。

 同時に、自身の着ていた服をそっとその小さな身体にかけてあげた。



「……サツキを離せ!」


 風音が使った魔力の調整をしている時、そいつはやってきた。


 黒髪で猫っ毛気味の少々可愛らしさを残した少年、カイトが息を切らしてそこに登場する。

 顔が真っ赤なのは、今までの一連の流れをどこかでのぞいていたからだろう。それをキョトンと見るユキと風音。その登場が異色すぎて、敵とも思えないらしい。


「か、彼女を離せと言っている!」


 と、上ずった声で再度言うカイト。


 ちなみに、2人は特にサツキを拘束していない。地面に寝かせて、風音の着ていた上着をかぶせているだけ。

 状況が見えていないカイトは、そう言うと周囲の死体を蹴散らしてこちらへ向かってくる。そして、2人を押しのけるように両手を広げ、いそいそとサツキの方へと駆けていった。


「……サツキ!サツキ!!」

「こいつ、サツキって言うんだな」

「可愛い名前だね」

「うるさい!!!!!」


 彼は、きっと自分が発言している言葉がよくわかっていない。必死になって彼女を起こし風音の上着を剥ぎ取って、裸を見ないように自分の上着を手探りでかぶせていく。

 かなり純情な男の子なのだろう。体全体で赤面していた。


「……う、う」


 プルプルと震えながらサツキの体を持ち上げると、


「覚えてろーーーーーーーーー」


 と叫びながら来た道を戻っていく。

 数名の死体を蹴散らして、血がズボンにつきまくっていたがそれを気にすることなく。全力疾走して、そのまま消えてしまった。


「……」

「……」

「……嵐だったな」

「うん……」


 さすがの2人も、何もできず。少年少女が去るのを黙って見送るしかできない。

 残ったのは、大量の死体だけ。



 カイトの存在に毒気を抜かれ、しばらく2人はその場で固まっていた。



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