9:水と油は溶け合わない



「はー、マイケルがいればなあ」


 目の前に広がる死体を見ながら、ユキが呟いた。

 しばらく現実を受け入れられず固まっていた2人は、やっとその決心をしたのか目の前の光景と向き合うことを決める。


 この惨劇とも言えるものを、出来るだけ早めにこの国の魔警に届けなくてはいけない。バラバラになっている遺体も1つにまとめ、それぞれに印を打つ必要がある。

 それは、暗殺を仕事とする人にとって掟のようなもの。故に、以前の影の援護任務のように……ユキ曰く「マイケル」に押し付けた死体処理をしないといけない。


「天野が容赦なくやるからでしょ」


 思っていた以上の惨劇に、ため息を漏らす風音。頭と胴体がくっついているのが何体いるのやら。


「なんだよ先生、さっきみたいにななみって呼んでよ」

「自分の姿を見てから言え」


 そうでした。今は青年ユキだった。自身の姿を確認すると、


「……じゃあ、ユキって呼んで♡」

「やめろ」

「中身は一緒なんだけどなあ」


 と、甘えた声を出す。すると、風音が今にでも吐きそうなほどの表情になった。

 口を動かしつつ、2人は死体処理に取り掛かる。こんな軽口でも叩いていないと、精神を病んでしまいそうだ。


「お前の本当の性別、オレ知らないんだけど」

「えー、愛がないねえ」

「女の子だとは思うけど」

「先生の好きなように解釈して良いよ♡」


 と、ハートを飛ばしつつも片手で頭を持ち上げ、記憶を読み取り体を探している。もちろん、それはユキにしかできない芸当だ。

 その手際の良さを見ながら、3体同時に腕に抱え込む風音が再度ため息をつく。


「はあ……。翡翠のコントロールがうまいのか?」

「へ?使ってないけど……」

「は!?」


 その回答にびっくりしすぎたのか、彼は目を見開き素っ頓狂な声をあげながら1体を落とす。


「あ、首取れた!」


 落とした死体の首が、その反動でぽろっと取れてしまった。ゴロッと不気味に草花の上に落ちると、それを見たユキがムスッとした顔になる。

 遺体の首が取れると、まとめるのが面倒なのだ。


「もー!仕事増やさないでよ!」

「悪い悪い」


 そう言って、持っていた2体に印をつけ落とした死体を拾い上げる。自分でやるらしい。それなら……と、渋々自分の作業に戻っていくユキ。とはいえ、ここまで暴れたのは自分だ。あまり強いことは言えない。


「え、さっきも使ってないってこと?」

「うん、身バレの原因作るわけないでしょ」

「……まあ、そうか」


 そう言われると、確かに、と口をつぐむしかない。


 翡翠石は、幻だ。伝説だと受け継がれている代物だ。

 風音も、ユキの話を聞くまでは「ないもの」としていた。それほど、魔法界にとって貴重なもの。そう好き勝手に使えば、本人に危害が及ぶだろう。それを狙う輩がいないとも限らない。


 転がった頭を両手で持ち、マジマジと見つめながら、


「……お前はその年で、何人殺してきたんだ」


 と、風音が小さな声で問う。

 その死体の切り口には、迷いがなかった。まっすぐに切り裂かれていて、骨の弱い部分に沿って引き剥がされている形跡もある。

 それは、一朝一夕で身につくものではない。風音も、こちら側の人間なのである程度理解していた。


「先生も、その美貌とテクで女の子何人殺してきたの?」


 答えたくなかったのか、忘れてしまったのか。ユキは、風音の質問をそらした。決して目を合わせず、作業に没頭しているかのように振る舞う。


「……もう、オレはお前の味方だから。1人で背負うな」

「……」


 そんな彼をまっすぐに見つめ、そう伝えると死体に目を落とし作業に戻っていった。答えは期待していない様子。

 とは言え、それをどう返せば良いのか。

 いつものおちゃらけた顔は、そこにはない。ユキは、困ったような顔をし、テキパキと動く風音を見ていた。


「天野も手を動かせよ」

「……はあい」


 風音の声で我にかえると、そのまま魔法を使って遺体をまとめていく。


 さっきの戦闘は、楽しかった。

 いつも1人で戦っていたユキは、初めて誰かに背中を預けて挑んだ。毎回魔力増強を頼んでいたアリスとも、こんな風に戦えていたのかもしれない。それを、自分が拒んでここまできてしまったのではないか?そう、思った戦闘だった。


「……」


 ユキは、もう息を止めている遺体と顔を合わせた。すると、そこには絶望に歪んだ表情をした人が。目を見開き、今にでも目の前の彼を呪ってくるのではないかという迫力を見せつけてくる。


 この処理は、自分への罰だ。

 この人たちにも、家族がいて悲しむ人がいるはず。それでも、自分が生きたいからそれを犠牲にして命を奪っている。それを、ユキは頭で理解はしていた。

 故に、今の作業が一番心に痛みをもたらす。


「転送かけるよ」


 印を全てに取り付け、魔警へと送るため風音が転送魔法の準備をする。オレンジ色の補助魔法の光が、徐々に広がっていく。

 それを見たユキは、


「俺やるよ、そんな動いてないし」


 妨害魔法を展開して光を打ち消し、素早く死体の山に手をかざす。

 この作業は、自分で始めたなら自分で終わりにしたい。どれだけ、魔力を消費していても。

 それが、ユキの信念だった。


「やめろ、病み上がりのくs」

「転送、ザンカン魔警」


 風音の言葉を聞かずに、手のひらに光を集めて死体へと向けた。オレンジ色の光は、死体全体を包み込んでそのまま綺麗に消えてしまう。と、同時に……。


「……っ」


 流石に、身体に負担がかかったようだ。

 ユキは、心臓を抑えて前屈みになった。


 すぐに身体が縮み少女の姿に戻り、フィールドが強制解除される。血みどろになった草花は、綺麗に消えて元の草原が姿を現した。

 そこに倒れそうになったユキを、風音が支える。


「魔力ないじゃん」

「……助けないって言ってましたよ」


 と、ユキは苦しそうに笑いながら彼を見る。すると、少し怒っているような表情が確認できた。眉間のシワが、想像以上に深い。本当に心配している様子だった。


「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」

「やっぱり、先生は優しいですね」

「あの光景を二度と見たくないだけだよ」

「……ごめんなさい」


 支えていた風音の腕に、両手でしがみつきながら会話を返す。その力すら弱く、いつでも滑り落ちそうだ。


「……謝んな。今、横にするから」

「……」


 風音は、そのまま目を瞑っているユキの身体を地面に寝かせて彼女の手を掴む。魔力譲渡だ。

 地面の草花が、良い具合に心地よいクッションになる。さらに、暖かい緑色の光がユキの手を、全身を包み込んでいった。すると、苦しそうな顔が少しずつ和らいでいく。


「たまには大人を頼りなさい」

「頼る……?」

「こうやって、手を差し出してくれるだけでいい。オレが握り返すから」

「……」


 目を開くと、眉を寄せて怒っているような表情の風音が見えた。頼り方を知らないユキは、その言葉の意味がわからない。

 無言を貫くと、手を離し起き上がる。そして、


「……行かなきゃ」


 と何かを察知して、立ち上がった。それを、風音の手が止めてくる。


「どこに行くの」

「離してください」

「死ぬよ」

「任務です」

「……オレも行く」

「先生には関係ないです」


 彼の手を強引に引き剥がすと、魔法で出した影のマントを羽織ってユキは消えた。その視界に、風音は映っていない。

 その瞳には、誰も映れない。それほど、拒絶反応を見せつけてくるものだった。

 彼女がいた場所に、かすかに風が通る。


「クソ……」


 残された風音は小さく舌打ちをし、彼女の後を追って急いで瞬間移動をした。今なら、まだ気配が追える。




 ***




 同時刻。

 まことたちは、森林の入り口で黒装束の集団に取り囲まれていた。住民の避難をするため安全ルートを確保しているとき、そいつらが突如現れなす術もなく囲まれてしまう。


「……お前らは誰だ」


 武井が、後ろにいた生徒3人をかばうようにして立っている。

 その背中を前に、吉良もユイも動かずじっとするしかない。まことも、それに大人しく従う。


「皇帝を出せ」

「そうすぐに出せるお方ではない」

「出せ」


 先ほどから、その会話が繰り返されている。拒否すると、攻撃、そしてまた会話。

 その度、武井がシールドと攻撃魔法で距離を取りつつ応戦してくれていた。しかし、彼の様子を見る限りそろそろ魔力が切れる頃。1対多勢なら、短時間で魔力も体力も削られてしまうのは仕方ない。

 あとどのくらいもつのか。後ろで隠れているしかない3人は、ハラハラとしながらその様子を見つめる。


「無理と言ってるだろう」

「後ろの子どもたちを犠牲にしたくなければ、従え」


 突然、1人が吉良に向かってまっすぐ手を伸ばしてきた。

 すると、黒い光がうねりながらこちらに向かってくる。武井がそれを素早くいなすが、少量を逃してしまった。


「あっ……」

「吉良!」


 それは、液体のようにうねり吉良の腕を通して首へ這っていく。隣にいたユイが、


「解呪!」


 と叫ぶが、効果はない。黒い光は、吉良の首を少しずつ締め上げていく。


「吉良!」

「よそ見してて良いんですか?」


 黒装束は、生徒を心配する武井に向かって大量の針を投げつける。避けきれない範囲に、シールドを展開させた。


「……っ!!!」


 が、生徒を中心に展開させたためか、彼の腕に少量の針が突き刺さる。毒が塗ってあったらしく、武井は冷や汗を出しながらそのまま倒れてしまう。


「……吉良」

「かはっ……っ、っ」


 呼ばれた本人は、息がうまく吸えず。武井の声は聞こえていない。

 必死に首を押さえ、回復魔法によって肺に空気を送り込む。


「……水龍!」


 そんな彼をユイに任せ、まことは敵に向かって魔法を唱えた。

 ここに、技の相性が良いゆり恵がいないことを悔やみ、同時にいなくてよかったと安堵した。まことが出した水龍は、敵に向かってまっすぐ突き進む。


「こんなもので倒せるとでも?」

「……っ」


 しかし、黒装束の集団は水龍を片手で簡単に潰してしまう。水が、方々に散っていく。

 それは、明らかな力の差。

 そうだ。武井ですら苦戦した相手に、下界になりたての魔法使いが対等に戦えるはずがない。まことは、唇を強く噛みしめ己の無力さを呪う。


「人を殺したことがないような甘ったれた魔法使いは退散してください」


 そう言って、再度手をかざしてきた。先ほどのように、ドス黒い塊と鋭い針が錬成されるのを見ていることしかできない。

 殺される!そう、まことが思った時だった。


「……では、あなたたちが退散してください」


 目の前に、白い軍服を身にまとった青年があらわれた。サラッとした黒髪が、風に靡く。

 少々華奢な背中には、これまた真っ黒な長刀が鞘に収まっていた。その、モノクロ加減が後ろで見ていたまことの視線を奪っていく。


 眩しいくらい白い服を着た彼は、黒装束が放ったどす黒い光を片手で拡散させて消した。それに合わせて、吉良にまとわりついていた黒いモヤも消えていく。


「人を攻撃するということは、攻撃されるのも織り込み済みのはず。異論はありませんね」


 そう明るい声で楽しそうに言うと、黒装束に向かってゆっくりと抜刀した。その刃物の光が、暗くなった周囲で美しく輝く。


「私もそう思います」

「……!?」


 黒装束の背後には、黒いマントを羽織ったユキがこれまたいつの間にか単騎で立っている。彼女は、ナイフを首元に当てて敵の動きを止めていた。


「珍しく意見が合いましたね」

「嵐でも来るんじゃないんですか?」


 どうやら、ユキの知り合いらしい。彼女は、会話をしながら黒装束の首を落とす。

 とはいえ、その発する声はどこまでも冷たい。あまり親しい相手ではないらしい。


「来たらくたばってくださいね!」


 ユキの攻撃に合わせ、真っ白な彼は周囲にいた黒装束に向かって爆破魔法を唱える。すると、長刀からは眩しい光が。


「範囲爆破!」

「は!?」

「……ちっ」


 すると、黒装束集団が立っていた辺りに向かって刀を振り落とされた。もちろん、そこを中心に小爆破が起きる。

 それを辛うじて逃れたユキに、舌打ちする彼。


「お前も一緒に死んでくれるとありがたいんだけど」


 魔警の番犬「光」の灰アカネは、刀を構えながら嫌味ったらしくユキに言い放った。

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