3:獣の咆哮が観客を魅了する②



「じゃあ、さっき言ったように魔力交換するよ」


 広場は、ギルドの隣にあった。少しだけ木々を抜けると、ぽっかりと大きな空間がNO.3のメンバーを迎えてくれる。先客はいない様子。思う存分、演習ができそうだ。

 5人が円になると、風音が話し始めた。それを真剣に聞く3人。なお、お察しかと思うがななみはというと……。


「あー、美味しい」


 いつもらったのか定かではないが、先ほどの甘味屋の印がついた袋から出した三色団子を食べていた!どれだけお腹に入るのだろうか……。誰もがそうツッコミを入れようとするも、きっと満足できる回答ではないとわかっている様子。誰も、その光景を見ないようにしていた。

 それよりも、風音の言っている意味がわからず「?」を浮かべる3人。現実に戻される。


「どういうこと?」

「誰かの魔力交換を手伝うのかと思ってました」

「僕も」

「いや、自分たちのだよ」


 どうやら、任務内容の対象を勘違いしていた様子。風音の言葉に、やはりポカーンとした表情を見せている。それを、


「ここの国はねー、他の国と……使ってる魔力……が違うの。他国の魔力、んっ、は弱体化するから……アーン、持ってても仕方ないよ。美味しい」


 と、先生を差し置いて解説するななみ。

 ところどころで団子を頬張るので、聞きにくい。やるならちゃんとやってほしいものだ。


「……まあ、そういうこと。初めのうちは結構キツイけど、慣れれば大丈夫だから。とりあえず、今持ってる魔力空っぽにしようか」


 すると、風音の補足に顔を真っ青にする3人。彼の言っていることは、魔法使いであれば恐怖を覚えるもの。なぜなら……。


「無理!」

「死んじゃいます!」

「そうよ!無理よ!」

「ウンウン、死んだらお団子食べられなくなっちゃうもんね」


 最後の発言は無視しましょう。

 魔法使いは、魔力がゼロになると死ぬ。3人は、アカデミーでそう習っていた。実際に死んだ人を見たことはないが、魔力が少なくなれば気力や体力も根こそぎ持っていかれる感覚は演習で体験している。故に、恐怖は生半可ではない。


「大丈夫。オレがギリギリで補給していくから」


 一人前の魔法使いは、魔力交換が1人でできる。ただ、アカデミーを卒業したばかりの下界魔法使いには高度な技なのだ。そのやり方までは習っていないため、何をどうするのかすらわかっていない。

 なお、すでに風音は魔力の交換を完了している様子。その交換後の魔力を見せるため、手のひらを4人に向けてくれている。


「なんか、色が薄いね」

「そう?あまり変わらないけど」

「僕もわからない」


 その変化に気づいたのは、早苗。やはり、彼女はそういう感覚に優れているようだ。


「そう。ここの魔力は、森と共存する意味もあって薄いの。あまり強力な技は使えないから覚えておいてね」

「よくわかんないけど、とりあえず先生と手合わせして消費すれば良いのね」


 ゆり恵らしく、今の話をざっくりとまとめた。すると、他の2人がそれを聞いて持っていた荷物を下におろす。

 そのまま、すぐに3人して立ち上がり、肩を回したり杖を出したりと準備に励み始めた。やることが決まれば、あとは行動するだけ。


「いや……オレは、回復に徹底する」

「ん、私が相手になる!腹ごなしにね!」


 と、今度はみたらし団子を頬張りながら手を上げる彼女。いつまで食べてるのだろうか……。


「え?先生じゃないの?」

「というか、ななみちゃんって魔法使いなの?」


 そう聞きたくなるのも無理はない。ななみの格好は、真っ赤なキャミワンピ一枚。装備がなく露出も高いので、魔法使いには見えないのだ。風音と手合わせすると思っていた3人が困惑してしまう。


「こいつ、見た目に反して強いから油断するなよ」

「そうそう、私は強いよ!3人同時に相手してあげる」


 と、その身で嫌という程経験している風音が、真剣な顔で3人に忠告する。それに頷く3人は、ななみの方を改めて向き観察を始めた。多少魔力の流れを知っていれば、相手の魔力も可視化できるのだ。それは、アカデミーで「基本だ」と口すっぱく言われていたこと。

 しかし、観察されている当本人は特に視線を気にすることなく、団子をやっと食べ終わったのか手をはたいて立ち上がったところ。なお、団子が乗っていた器には、たれ一滴残っていない。


「魔力もらうから、ユウトはちゃんと回復かけてね。遅かったらみんな死んじゃうよ」


 と、これまた物騒なことを言って、フィールドを展開させた。早苗がたじろいたが、ゆり恵がそれを慰めるように背中に手を当てる。


「はいはい……」

「ユウトと共同作業だね~。私がリードするよ♡」

「……はいはい」


 せっかく緊張感が漂っていたのに、その言葉のチョイスにずっこける3人。さっきのキスが響いているようで、少し口調が強い。……なお、すでに風音は諦めている。


 本当に強いのだろうか?きっと、3人は同じことを思っていたに違いない。


「本気出してね!」

「……っ!?」


 そう言って、ななみは目の前にいたまことをフィールドの端まで吹き飛ばした。

 身構えていなかったまことは、そのまま身体をくの字に曲げてフィールドに追突する。ドーンと大きな音を立てて、彼の身体が地面に落ちていく。


「え?」


 いつ吹き飛ばしたのか?どうやって?誰もが全く見えていなかったようだ。

 唖然としている2人を置き去りに、ななみはまこととの距離を詰めて素早く首部分に右手を添える。

 一瞬の出来事だった。


「まこと!」


 それを見たゆり恵は、杖を素早く取り出しななみに先端を向ける。本来、それは人に向けて良いものではない。しかし、大事な仲間がやられてしまうのを見ている彼女ではなかった。


「炎球!」


 躊躇している余裕はない。ななみのスピードと魔力の使い方に、やっと演習らしく……いや、それ以上にリアリティのあるものになってきた。

 まことは、彼女の右手のみによって宙づりになりフィールドの壁に押し当てられている。身体を動かそうにも、苦しくてうまく動かないようだ。そこに、ゆり恵の出した炎が一直線に飛んでくる。

 しかし、ななみは彼女の攻撃を華麗に避け、


「動かないでね。今、魔力吸い取ってるから下手に動くと死んじゃうよ?」


 と、まことに向かってとびっきりな笑顔で言う。ここがデートスポットであったらイチコロだろうなと言う笑みは、この場にそぐわないもの。むしろ、恐怖を増幅させてくる。しかし、


「手加減しろよー」


 それを見ている風音は、他人事として捉えている様子。ただし、ちゃんと回復できるよう準備はしているらしく、彼の手から暖かい光が見え隠れしていた。


「僕だって……!」


 すると、やられっぱなしのまことが声を絞り出し、杖を出して腕を上げようとする。


「だあめ。動いたら」

「っ……」


 それを見たななみは、不意にまことの首から手を離しドサッと無造作に地面へと落とした。

 着地がうまくいかずに、腰を強く打ってしまうまこと。ぶつけた部分をさすっていると、


「!?」


 体制を変える時間もなく、天使の微笑みを崩さない彼女が抱きしめてきた。

 突然の行動に、困惑する早苗とゆり恵。それが攻撃だと知ったのは、抱かれている彼の苦しい悲鳴を聞いてからだった。


「あ!?あ、あ、あああああぁぁああ」

「まこと!?」


 ななみは、抱きしめながらまことの魔力を根こそぎ吸い取っていたのだ。今まで経験したことがなかった急激な魔力消費に、全身で拒絶反応を見せ苦しそうに涙を浮かばせている。叫び声が、フィールドの中に重苦しく響いた。


「あああああああああ!!!!!!」


 それは、喉が渇いて仕方ない時の感覚に似ている。激しい飢餓にも似ている。精神的に辛く、心を空っぽにされた時の感覚にも。魔力がなくなるとは、そういうこと。

 2人は、今まで見たことがない技に圧倒されることしかできない。


「まことくん!」


 最初に動いたのは、早苗だった。短く呪文を唱えると、杖の先端からオレンジの光がさしてまことに向かって直進する。強化魔法の類だろう。


「渡さないよ」

「炎球!」


 ななみは、その光を見ると素早く腕を伸ばして手のひらで吸収してしまった。

 そのタイミングを狙って、ゆり恵も反撃を開始させる。2人の前には、いつの間にか早苗が展開した血族技のシールドがしっかりと張られていた。


「だから〜、渡さないって!」


 と話す彼女は余裕の表情を浮かべる。迫り来る炎も、あっけなく手のひらに消えていってしまった。


 まことは、意識朦朧にその様子を見ていた。声を出そうとしても、喉の奥が渇いてしまって何も発せられない。魔力がなくなる感覚に襲われ、為す術もない。肺に空気が入らず、息が苦しい。


「水龍」


 と、呪文を唱えたが、やはり魔力不足らしく何も出ず。言葉を発せたかどうかも、彼にはわからなかった。


「そんなことよりも、もっと私たち愛しよ?」


 ななみだけが、抱きしめながら変わらずの調子で話しかける。3人は、目の前の少女の底なし具合に怯えた。3人を相手にしても乱れない息、正確な魔力配分。そして、何よりも魔法を使いながらフィールドを展開させているコントロール力の高さ。全てにおいて、彼女に勝てるものを持っていないことに気づいたようだ。


「……ほい、真田。お疲れ」


 そんな絶望的な状況になった時、風音が静止を入れてきた。抱き合っている2人を強引に割り入って引き離し、ぐったりとしたまことに向かってゆっくりと淡い光をかざした。回復魔法だ。その緑色の光は、彼の頭から全身に広がっていく。


「頑張ったね。私からもあげる」


 ななみも、彼に再度抱きついて変換した魔力を返してあげた。初めのうちは、先ほどのように苦しい状態を想像したのかまことが身体を硬直させていたが、彼女の暖かい抱擁にすぐ力が抜ける。


「魔力増強に一番効果があるのって、痛みなんだよね。魔法使いって本当に嫌」


 身体を離し、ごめんねとまことに向かって謝る。すると、


「本当に同い年?悔しいなあ」


 と、彼は本当に悔しそうに笑った。


「まことは魔力が平均よりも多いから苦しさも大きかったかも。ちょっとここで休んでて」

「え?僕もみんなの演習を見た……」


 ななみは、話している途中の彼の両目を手で覆ってしまう。すると、フッと意図が切れたように地面へ倒れ込んでしまった。とても穏やかな顔で眠っている。


「さあて」


 まことのことを風音に頼み、ななみは残った2人に向き合った。ポキポキと指をならせて、怖いほどの笑みを浮かべている。


「……っ」

「……ななみ、ちゃん」


 今までの戦闘を見ていた2人は、その視線にたじろぐ。見てはいたが、その対処法は浮かんでいない様子だ。じりじりと距離が縮む間も、地面に足が張り付いたかのように動かない。


「シールド!」


 しかし、やられてばかりでは演習にならない。

 その沈黙を破ったのは、早苗だった。ななみとの間にいつものシールドを展開し、攻撃に備える。その声で我に返ったゆり恵が、


「炎球!増加」


 と、大きな火魔法を複数投げつけてきた。風音の繰り出すものと比べると小さいが、それでもちっぱな魔法攻撃だった。

 それは、ななみに向かってまっすぐに飛んでくる。


「コントロール良いね~」


 と、ブレずに飛んでくるものを見ながら悠長に関心するななみ。


「でも、まっすぐに飛ばすとこうなるから気をつけてね」

「!?」


 そう言って彼女が手をかざすと、鏡のような大きなガラスが1枚出現した。

 そのガラスに、2人の姿が映し出される。もちろん、攻撃した火魔法の球も。


「きゃ!」


 彼女が繰り出した火魔法は、見事に弾かれた。そのままのスピードを保ち、早苗が展開しているシールドに直撃する。

 ドーンとわりかし大きめの音を立てて爆発すると、周囲には砂埃が舞う。

 視界が遮られると同時に、爆風の衝撃が大きくそのまま早苗が後方に倒れてしまった。


「早苗ちゃん!……?」


 それを、真横で見ていたゆり恵が心配し、その一瞬だけ後ろを振り返ってしまった。すると、何かを感じたらしい彼女はすぐさま前を向く。


「あ」


 すると、目の前には先ほどまで距離を保っていたななみが。いつの間にかゆり恵の頭を掴み、それはにっこりと笑っている。


「ゆり恵ちゃん、良い色の魔力だねぇ。もっと見せてよ」

「あ、ああああ!!!!!!」


 ななみの腕を掴んで抵抗するが、ビクともしなかった。そのまま地面に崩れ落ちるように膝をつくも、ゆり恵はその腕から逃れられない。ただただ、悲鳴をあげることしかできない様子。


「お、ゆり恵ちゃんも吸収使えるんだ」


 すると、彼女の手から薄いピンク色の光が出てきた。ななみの出す白い光と混ざり合い、先ほどよりは規模の小さい爆発を巻き起こす。その衝撃は、中心部にいたゆり恵を吹き飛ばすのには十分だった。


「いや!あ、あああ!早苗ちゃ……」

「ごめんごめん、手を離しちゃった」


 その手から逃れ、助かったと思うもすぐに笑顔全開の彼女に捕まってしまう。

 ゆり恵は、魔力が吸い取られている感覚に耐えきれず、涙を流して叫んだ。しかし、その声は次第に枯れ、小さくなっていく……。


「……っ……っ」

「可愛い〜。辛いねえ。怖いよね、初めてだもん」


 唇が乾き、瞳にいつもの光はない。ななみの明るい声がするも、それに反応するだけの気力は残っていない。しかし、彼女にはまだまだ試練が待ち受けていた。


 次の瞬間のことだった。

 ななみは、ゆっくりと体制を変え弱り果てたゆり恵を転がし上に覆いかぶさる。そして、彼女を全身で固定すると、あろうことか乾いた唇に自らの口を近づけた。


「……!……ぁ、んんっ」

「……ん」


 唾液の絡む音が、フィールド内に響いた。その様子を早苗が赤面しながら見ていたが、それを気にする余裕がゆり恵にはない。息継ぎの仕方がわからない彼女は、必死になって助けを呼ぶ。


「せんせっ……助け……」

「おい、やりすぎ」


 すると、風音がすぐに間へ入ってそれを止めた。

 唇を舌で舐め艶かしい表情になったななみは、声を発した彼に目線を向ける。


 その色気は、少女のものではない。風音は、不覚にも胸の奥がざわつき眉をひそめる。マナに鍛えられたのだろう、それは容易に想像ができた。しかし、今はそれどころではない。

 すぐさま弱り切った彼女に、まことへしたものと同様の光をかざした。


 一方ゆり恵は、魔力が身体に戻ってくるのを感じていた。その心地よさに目を閉じかけるが、


「ゆり恵ちゃん、起きて」


 と、眠りにつく彼女を抱きしめ無理やり起こすななみ。それに応えようと、重たい瞼を懸命にあげようとしているが、体力の限界がきている。今の彼女に、それは高度だろう。

 しかし、ななみは容赦しない。


「ね、魔力吸収やってみて?」


 と、無茶振りを仕掛けてくる。ゆり恵は、その言葉で覚醒した。


「……え?」

「今、回路通したからできると思う」


 そう言いながら、ななみが目を大きく見開く彼女に向かって唇をトントンと叩いてくる。そして、混乱して泣き出しそうな早苗を指差し、


「やってみて」


 と、再度ゆり恵に向かって「命令」した。



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