4:覚悟は綱渡りの後で①


 ゆり恵は、生唾を飲み込んだ。

 震えた早苗が視界に入る。後ろを振り向くと、気だるい表情の風音と対照的にニコニコしているななみの姿が。逃げられない。


「……ゆり恵ちゃん?」


 今にも泣きそうな声で、ゆり恵を呼ぶ早苗。

 しかし、その声は彼女に聞こえていない。心臓が口から出るのではないかの心配が、必要だったから。


「やってみて」


 ななみは、相変わらずの態度でゆり恵に命令をする。その言葉には、逆らえない何かが隠されていた。


「……早苗ちゃん、ごめん!」


 そしてついに、決心したように謝罪の言葉を口にすると早苗の手を掴んだ。すると、呪文を唱えなくても、彼女の手にはピンクの光が宿る。


「……よろしくね」


 早苗は、ななみがやったような無茶なことをされないとわかったのか、にっこりと笑って彼女の顔を見る。が、やはり今までの流れを見ているためか震えは止まらない。


「行くよ!」

「う、うん」


 何が起きるのか、きっとゆり恵にもわかっていない。彼女は、ぶっつけやっつけで術を発動させた。

 すると、淡いピンク色がフィールド全体に広がっていく。その、光の発生源はゆり恵だ。ななみがニコニコと笑いながら、その様子を見ている。


「ごめんね!……魔力吸収!」

「……っ」


 詠唱されるとすぐに、激しい頭痛が早苗を襲う。しかし、彼女は声をあげない。ゆり恵の手を振りほどかずに、その吸収魔法を静かに受け入れている。


「知っててやらせたのか?」

「うん」


 その様子を見て、風音がななみに話しかけてきた。


 早苗の魔力は特殊だ。人を攻撃するよりも、危機察知に向いている。しかも、魔力の回復方法は自然治癒。誰もが羨む能力だった。その価値に、彼女は気づいているのか。

 とはいえ、魔力量は下界そのもの。常に魔力を垂れ流しているので、その分蓄積されているものは現時点でかなり少ない。初めて魔力吸収を行う、ゆり恵の練習相手にもってこいだった。


「あの子は、盾役にしたほうがいい」

「そうだな……。オレもそう思う」


 体術を中心としたプログラムが必要だろう。それは、風音も気づいていた。

 元々、彼女の家系が体術に優れているというデータはもらっている。それに、アリスから演習の様子も聞いていた。


「本人に聞いてみるよ」

「そうだね。ユウトは先生だなあ」

「……一応教員免許持ってんだけど」

「ウンウン。大好き♡」

「……はあ。いつまで続けんのそれ」

「え?ユウトがキスしてくれるまで」

「……しても止めないだろ」

「あ、バレてる」


 人には、向き不向きがある。それは、スキルについてだけではない。そこには、本人の意思を入れた向き不向きを見ないといけない。彼女の人生は彼女のもの。外部が勝手に、本人の行き先を決めてはいけないのだ。


 その会話にあきれ顔になりつつ、風音はそのまま2人に近づいていく。痛みに耐える早苗の顔に、汗が伝っているのが見えた。魔力量が少ないとはいえ、痛みがない訳ではないのだ。


「2人とも、お疲れさん」


 風音の言葉に、2人が同時に倒れる。それをキャッチする風音とななみ。同時に魔力譲渡をかけると、すぐに顔色が戻っていく。


「ふふ、可愛い」


 ななみ……いや、ユキはフィールドを解除すると、2人を見下ろして笑った。決して、嫌味ったらしい笑顔ではなく本心から来る笑みで。

 任務のためとはいえ、同じチームになった仲間だ。同じ年齢の友人がいないユキにとって、それは大切にしたい縁。


「……それより。お前の人脈どうなってんの」

「皇帝のおつかいで良くこっちに来てるんです。……今はまだ、私の名前出さないでくださいね」


 全てをさらけ出しているわけではない。

 ユキのその言葉でだいたいのことを察したようだ。そのためか、あまり突っ込んだ質問はされない。


「……はあ、お前といるとなんだか鍛えられそうだよ」


 しかし、いつもの気だるそうな声は変わらず。

 ため息がこれほどよく似合う男もいないだろう。


「先生ごめんなさい、しばらく付き合ってくださいね」

「……あんなの見せられたら、最後まで付き合うよ」


 彼は、ユキに攻撃され倒れたあの日のことを言っている。

 起きた彼は、No.3のメンバーである少年ユキと影の少女が同一人物と知った。それだけでなく、彼女の秘密でもある瞬間を目撃してしまったのだ。

 それは、一度見てしまったらもう前の関係に戻れないくらい強烈なもの。かなりグロいので、見せるつもりのなかったユキにとっては失敗と言える。が、それでもこうやって変わらず側にいてくれるという事実は心地よいもの。

 一瞬暗い顔を見せるが、


「……ありがとうございます」


 と、ユキは素直にお礼を言った。すると、


「オレは、もっとお前の明るい表情が見たいよ」


 ユキの頭を撫で、気絶しているまことと早苗を抱える風音。その横顔は、何を考えているのか見ているユキにはわからない。少しだけ冷たい風が彼の髪を揺らしているのを、黙って見ていることしかできない。自分の髪も同様になびいているのに気づかないほど、その姿は凛としていて美しかった。


「……」


 何を言ったら良いのかも、ユキには分からず。

 風音に従い、軽々とゆり恵を抱えると彼に続いて広場を後にした。


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