12:疑惑は月明かりに輝く②



「先生、ちょっとは手加減してよ!」


 ゆり恵が、風音へ強い口調で抗議した。

 広場に連れてこられたまことたち。みんな、ちょっとずつ納得いかないような表情になっている。そりゃあ、あれだけコテンパンに力の差を見せつけられたらこうなるのは当たり前だろう。むしろ、やられなかったユキがおかしい。


「ごめんって。こうでもしないと演習の意味がないだろ」


 と、いつもの気だるそうな声で返す風音。その身体に、既に殺気はない。それよりも、あくびを連発しているのか、ところどころ聞き取りにくい言葉のある方がみんなは気になった。

 ゆり恵は、隠す気もなく「こんな人に負けたなんて」と顔に堂々と書かれていそうなほどの態度を披露する始末だ。


「そうだけど……」

「先生強かったね」


 早苗が、そんなゆり恵に向かって言う。

 気持ちはわかるが、これは演習。強くなるために必要な過程であることを理解しているのだ。喧嘩っ早いゆり恵も、わかってはいるが腹の虫が治らない様子。


「そうだけどさあ……」

「まあ、この力で今後何があってもお前らを守るよ」

「……っ」


 そんな風に言われると、何も言えなくなってしまう。

 ゆり恵は、まことと早苗がニコニコと笑っている様子も見て、これ以上何を言っても仕方ないと判断したようだった。グッと言いたいことをこらえて口を閉ざす。……が、その頬は可愛らしく膨れている。


「それにしても、演習にそんな意味があったなんて全くわからなかったよ」


 集まった3人は、演習の意味を聞いて愕然としていた。

 無論、全員一番最初に「チーム戦」と聞かされている。忘れてしまっていたのは自分たちだ。まあ、知らない場所に放り出され、しかも1人にされてしまえばパニックになってしまわない方がおかしい。この場所を知っていたユキは、ギリギリ例外といったところか。


「むしろ、マスクに全く手が届かなくて悔しかったな」

「でも、自分の弱いところがはっきりわかったよ」

「そうだね」


 早苗が、前向きな発言をしてチームをまとめようとしている。「確かにね」と、それに頷く2人。それを見た風音の目元が優しくなっているのは気のせいか。


「目標ができれば、上達は早いよ。演習を繰り返せば、技術はすぐ身につくから」


 前向きな3人に、支援の言葉を贈ってきた。……3人?そう、ユキはというと。


「あーーーーー悔しい!!!!俺の焼肉が」


 地面に拳を叩きつけてうずくまり、かなり悔しがっていた。

 そうよね、どこから持ってきたかわからないようなメニュー表に印をつけていたくらい楽しみにしていたもんね。


「まあ、これから何回もやるからそのうちな」

「つ、次はユキくんに焼肉を!」

「そうだね!」


 ゆり恵が、悔しがるユキを見てそう言う。……目的が変わってませんか?


「じゃあ、……今日はこれで解散ね」


 風音は、4人に向かってあくびをしながら言った。マスクで口元が隠れているのだが、声の張りがなくなるのですぐにわかる。やる気がないのか、なんなのか。

 その言葉を聞いた3人は、「はーい」と返事をしつつもなんだか顔を見合わせている。それに気づいたのか、


「今日は疲れてるだろうから直帰しろよ」


 と、心の中を読んだのか定かではないが、ビクッと肩に力が入ったところを見るとあながち外れてはいないよう。さすが教師、と言ったところ。


「そうよ、休むのも修行のうちってね」


 それを、後ろで聞いていたアリスが補足してきた。腰に手を当てて、全員を見渡している。


「はーい」

「ご飯食べて寝る!」

「私、メモとったからそれだけは今日まとめたい」

「え!見たい!」

「いいよ」


 そう言われてしまっては、休むしかない。実際、見た目はボロボロだし魔力もほとんど残っていない3人。少しでも何かを学びたいらしい。早苗の言葉に素早く反応を見せている。


「ってことで、私は仕事があるので帰りますね」

「瀬田さん、ありがとうございました。またお願いしますね」

「「「「ありがとうございました!」」」」

「はいよー」


 彼女は、みんなへ挨拶するとその場から風のように消えた。瞬間移動の魔法だろう。最後、早苗の方を向いて微笑んでいたが気のせいだろうか?早苗は首をひねった。


「さて、帰ろうか」


 まことの言葉に、他の3人が同意する。ユキは、「やっと帰れる」と安堵しその場で大きく伸びをした。

 が、


「待て。天野、お前は補習な」

「なんで!」


 帰る気満々だったユキは、風音の声にコケる。ギリギリのところで、踏ん張ったので、地面との挨拶は逃れたようだ。


「演習そっちのけで昼寝してたからに決まってるだろ」


 ごもっとも。

 そんなユキを3人が笑い、声が広場の中を反響した。他に人がいないので、構造上声が響きやすいようだ。その反響によって、何が面白いのかもはやわかっていない3人がさらに笑い声を響かせる。


「ユキくんらしい」

「そうね」

「ユキ、ちゃんとやるんだよ!」


 そう言って、3人は笑いながらそれぞれの帰路についた。どんどん、こうやってユキのサボりキャラが定着していくのは、良いのか悪いのか。


「……はあ、補習って何さ」


 早く終わらせたい。その一心で、3人の気配が消えると風音へ質問した。目の前にいる彼は、何を考えているのかユキの表情を伺っている。


「いや、簡単なことだよ。聞きたいことがあってな」

「え、俺の3サイズ?」

「……まあ、そのうち」


 なんて返し方をするのだろう。本当に知りたいのだろうか。

 ユキの茶化しを軽くいなすと、


「それよりも」


 風音は、今まで聞いたことのないような低い声でこう続けた。



「お前、何者?」




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