13:暖かい光は生命を削る



「お前何者?」



 それは、今まで質問してきた彼の声とは程遠いものだった。周囲に咲き誇る白や青の美しい花が風に揺れるのが、また異質な空間として映し出される。それほど、そこにあるのはむき出しにされた敵意に近い。

 隠しきれていない殺意がユキを襲うも、余裕そうな表情は変えない。無論、彼が本気で質問していることはわかっている様子だが、特に気にしていないのか。


「アイドルだけど」


 と、小馬鹿な表情を作り明るい声で答えるユキ。風音は、そんな彼を警戒してか決して距離を縮めてこない。足をしっかりと地面につけて、こちらに向かって威嚇している。


「……回答によっては、容赦しないよ」


 そう言って、風音は構えを取り戦闘態勢に入った。その手からは、すぐにでも魔法が発せられそうだ。ユキは、そんな彼の本気に一瞬考えてから、


「んー、先生はなんだと思うの?」

「……敵国のスパイかもしれない」

「ふーん。でも、スパイが「スパイです」とは言わないよねー」

「そりゃあ、な」

「俺は、先生のこと知ってたよ。18で影に入った実力者……ってね」


 管理部であるユキは、影に所属する人物の名前やデータが頭に入っている。

 ユキはそのデータを空で述べると、先ほどとは比べものにならない殺気をまとう。それだけで、下界の魔法使いではないことを彼に伝えた。


「……やはりスパイか」

「さあね。スパイだったらどうするの?」


 すると、ピリピリとした殺気が広場全体に広がる。それによって、先ほどまで周辺にいた動物たちは警戒し姿を隠してしまった。


「国に害が及ばないよう排除するでしょ」

「……そっか。じゃあ、スパイですって答えてみるか」


 そう言って笑うと、パチパチと音を立てて青年の姿に身体変化した。ユキの声は、本気なのかどうなのかわからない程いつもの調子で明るい。何を考えているのか、彼以外わかりはしない。


「そうか、じゃあここで消えろ」


 身体変化の魔法は、影に所属する魔法使いにもコントロールが難しいとされているもの。青年の姿を見ると、その身体変化の難易度を知っている風音はフィールドを素早く展開しユキとの距離を一気に縮めてきた。

 無駄が一切ない洗練された体術で、ユキの目や足を狙う風音。初めから急所を狙うということは、捉えることを目的としているのか。その動きに、迷いは感じない。

 しかし、そんな攻撃はユキにとって止まっているようにしか見えない。飛んでくる拳や蹴りをひらりとかわし、


「そんなんじゃ当たらないよ〜」


 と、ユキは彼を挑発し続けながらも、ステップを踏んで足蹴りをする。攻撃をする、というよりは防御に近い。

 それを互いに綺麗によけるので、きっと周囲で見ている人間がいたら2人で優雅にダンスしているようにも見えたに違いない。それほど、時間の流れが緩やかな動きだった。


「このくらいしない、と!」

「!?」


 攻撃のテンポとつかむと、ユキはそのまま重心を前に持っていき重い拳を目の前の彼の鳩尾に食らわせた。一瞬の攻撃に、避けきれず。風音は、フィールドの端に吹き飛ばされる。


「かはっ……!」


 マスクで隠れた口からは、液体が滴る音が聞こえた。衝撃が大きかったのか、フィールドが一瞬揺らぐ。


「あらら。俺が掛け直してあげるよ」


 それを見たユキは、フィールドに手をかざしてオレンジの光を走らせた。


「ぐあっ……あぁ!」


 フィールドを掛け直せるのは、出した本人よりも魔力量が多い人のみ。他人のフィールドに手を加えれば、展開した本人に精神的なダメージがくる。

 その強化が強力すぎて、風音は頭を抱え込んだ。今、強い頭痛が彼を襲っていることだろう。それを、近づいて上から覗き笑うユキ。既に強化を終えているようで、手がフィールドから離れている。


「もう降参ですか、先生?」


 その声は、どこまでも冷たく背筋を凍らせるもの。気づくと、そこには先ほどまでの笑顔はない。

 その冷たい声に反応した風音は、地面の砂を掴み投げつける。……目くらましだ。魔力が込められているので、ユキの目を狙って一直線に飛んでくる。

 が、それに怯える彼ではない。一定の位置を保つと、腕を前に伸ばし呪文を唱えずにシールドを展開した。


「!?」


 そしてそのまま、風音に向かって倍のスピードで跳ね返す。

 呪文を唱えないで魔法を使うのは、かなり高度で魔力消費が激しい。それを知っている風音は、改めて目の前にいる「敵」の大きさに気づいたことだろう。


「さっき、まことに使ったわざと一緒だよ」

「……っ!見ていたのか」


 ギリギリでよけるも、頭痛が響いて足を取られているようだ。そこに、待ってましたと言わんばかりのユキの蹴りが炸裂した。瞬時に、ボキッと嫌な音がフィールド全体に響く。


「あ、肋イった?」


 決して悪びれもせず、嘲笑うように言い放つユキ。完全に遊んでいるのか、苦しむ彼を指差して笑っている。

 すると、意識朦朧になった風音はゆっくりと立ち上がりガスマスクを外してきた。


「……ああ。お前のせいで、な」


 かすれる声でそう言い、口の中に入っていた少量の血を地面に吐き捨てる。

 そのガスマスクの下からは、鼻筋が通りバランスの整った顔立ちが現れた。口元を血まみれにし苦しそうな表情をしていても、その顔立ちのバランスは隠せない。それほど、完璧な容姿をしていた。そして……。


「へえ、イケメン〜。俺みたいにファンクラブとかあるでしょ」

「……」

「それに、先生ってあの風音一族なんだね」


 片方の目の下から口元付近まで、植物の蔦のような形をした刺青が広がっていた。きっと、彼はこれを隠すためにガスマスクをしているのだろう。そこからは、異様なほどの呪力を感じる。


「知ってたか……」


 フラフラとした足元は今にでも膝をつきそうだ。彼は、片手で心臓部分を抑えて苦しそうに前を向いていた。骨折した部分を回復魔法で補っているのか、魔力が極端に少なくなるのが見ているユキにもわかる。

 魔法使いは、体力と共に魔力が減少してもこうやって弱り果ててしまう。そのコントロールができないのは、彼のせいではない。植物の呪いが、身体を蝕んでいる。


「そりゃあ、有名でしょ。でも、俺にそれは見せないほうが良いよ。呪いが全身に回っちゃう」

「茶番は良い……開花!」


 ユキの忠告を無視した彼は、声を張り上げて叫ぶ。

 すると、目元の刺青が動き枝分かれし顔に広がっていった。魔力が徐々に増強されていることが、空気を通して伝わってくる。顔半分がその蔦のような刺青で覆われると、先ほどとは比べ物にならない魔力を放出し始めた。


「んー。間近で見るのは初めてだけど、何度か食らったことあるよ」

「なに……?」


 これは、風音一族の呪い。決して、血族技ではない。

 ユキも、聞いたことがある。先代が、実験のためにとある植物に手を出し呪われてしまったこと。それから長い年月、毎年生贄を捧げることによって呪いを軽減していたのに、一族の長の決断によってその伝統をやめてしまったこと。それ以来、こうやって彼らの一族は呪いを身体の一部に宿し続けていること。その呪いは、寄生した人の魔力を常に吸って息をすること。

 管理部任務で隣国へ出向いた時彼らの一族と接触したこともあり、知っていた。

 そんなことを考えていると、呪いを展開させた風音が苦しそうに前へ手をかざしてくる。すぐに、地面が割れて大きな植物の蔦が数本出現した。それは、浮遊しながら主人の指示を待っている。


「へえ、こうやって出すんだ」


 それを見たユキは、見よう見まねで腕をまっすぐ前に伸ばす。そして、同様の蔦を地面から1本出してみた。

 表情を見る限り、それは簡単そうな印象を見ている人に与えてくる。


「……!?」


 この技は、決して他の一族ができないもの。なぜなら、これは風音一族だけに課せられた命を削る呪いだから。


「俺さ、一度見た技をコピーできんの。すごいでしょ?」

「な……バカな」


 そう言って、驚いている彼の前で事もなげに手を握ったり開いたり。植物の蔦も、それに合わせて自由自在に動き出す。

 目の前で起きていることに同様が隠せず。が、さすが影クラス。今の状況を思い出すように風音は体制を整える。


「……ふざけるな、コントロールは俺の方がある」

「どうでしょう。試したら?」


 その挑発にのった彼の手が、ユキのいる方向へ伸ばしてくる。それに従って、巨大な植物の触手が一直線に襲ってきた。それを、植物から出した炎で簡単に焼き払うユキ。


「うーん、便利だねえコレ。常時技にしようかなあ」


 と、悠長なことを言い出す始末。余裕そうな表情は崩さない。


「クソッ……」


 焼かれた部分が、灰になって落ちていく。植物なので、基本火に弱い。それに、ユキの魔力量が多すぎるのも関係していそうだ。


「……っ!?」


 と、次の瞬間、急に風音の呼吸が荒くなった。

 ……ユキの強化したフィールドから、魔力が吸い取られていたのだ。目の前の敵にばかり目がいってしまい、それに気づいたのが今だったらしい。それは、彼にとって致命的なミスだった。


「お前……」


 風音の膝が、とうとう地面についた。魔力切れか。それと同時に、地面から出てきた植物の蔦に蕾がついたかと思えば、すぐに点々と真っ赤な花が咲き乱れる。


「あ……まずい」


 それを見たユキは、風音の方へと走り出す。植物に花がつくのは、そこから大量の魔力が吸い取られていくということ。それも、ユキは知っていた。

 魔法使いは、魔力がゼロになると死んでしまう。ユキは自身が出した植物を消し、倒れる彼を素早くキャッチする。


「……っ……っ……」


 土色の顔をした風音は、ユキの目の前で浅い呼吸を繰り返す。意識が朦朧としていて、既に振り払う力は残っていない様子。目を閉じ、ユキから見ても苦しそうな表情をしていた。その顔には、冷や汗が伝っている。


「ごめん……ここまでやるつもりなかった」


 顔に刻まれた刺青が、蔓状になって彼の皮膚を這って首を絞め始めた。しかし、彼は気絶してしまったのか起きない。

 焦ったユキは彼を地面に寝かせると、周りに咲いた花を炎魔法で焼き尽くした。そして、眩い白色の眩しい光を両手から出す。


「ごめんなさい……先生、ごめんなさい。遊びすぎた」


 その手を風音の首に優しく巻くと、蔓状のものが少しずつ薄れていった。これは、回復魔法の上位魔法である「医術」。魔力を多く消費するものの、正確に治療ができるもの。


「先生、ごめん。ごめんなさい」


 震えた口からは、謝罪の言葉が。どうやら、敵意はなく遊びたかっただけらしい。完全に、ユキが悪い。

 フィールド全体には、泣き出しそうなユキの繰り出した暖かい光が溢れ出す。


「先生……。先生」


 魔力を多く消費したユキは、少女の姿に戻ってしまった。髪や瞳の色も、天野一族特有の白と黄色に。それでも、彼女はその光を宿し続ける。


「先生、私は……先生の味方です。もう、誰も失いたくない。もう、誰も……」


 光を浴びた風音の顔色が、だんだんと戻ってくる。呼吸も荒さがなくなり、深く胸を動かすようになっていた。


「先生、私。私は……」


 自分の魔力がそろそろ尽きることが感じ取るユキ。しかし、彼は起きない。それを見たユキは、さらに大きな光を彼に向かって放つ。

 そして、彼の刺青が定位置に戻ったことを確認すると、折り重なるようにして倒れた。

 フィールドが強制解除され、2人の戦闘の後は綺麗に消えていく。



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