2:少女と少年②




「アカデミー生じゃ、対象は。正確に言うと、アカデミーを卒業する者じゃな」


 アカデミー生で、護衛が必要な人。それだけの情報で、ユキは誰なのかを察知したようだ。その圧のある言葉にパチンと指を鳴らし、何故か嬉しそうに


「あー、あのかわいい女の「真田一族の末裔じゃ」」


 ……いや、わかっていなかったようだ。なんせ、真田一族の末裔は男性だから。

 皇帝は、何か言われる前に魔法で机の上に資料を複数出すと、ユキに見やすいよう並べ真田一族の名前を口にする。


「真田まこと。黒世の犠牲となった一族の生き残りじゃ」


 黒世の犠牲者……。

 黒世、それは、3年前に起きた魔法界最大の事件。

 幾重にもトラップが仕掛けられ、侵入は100%不可能とされていた魔法省の保管庫から複数の禁断の書が盗まれ、何者かによって使用され発動までに至った事件だ。その事件で、彩華の母親で皇帝の正妻であるミツネも犠牲者となっている。

 未だにその時の主犯は明確には解明されていなく、「ナイトメア」という組織名だけしか明らかになっていない。その組織も謎に包まれている現状、国として打つ手はない。ただ、残ったものを守るしかない。


「なんで今さら彼を護衛しなきゃいけないのさ」


 黒世が起きた時、ユキは影になりたての9歳だった。


 影とは、任務をこなすために与えられる階級最上の呼び名。魔法使いの階級により、受けられる任務の難易度があがる。下界、上界、主界、影の順で、任務は難しいものになるシステムだ。

 そして、影以下はチームでの行動が基本だが、影は単独行動。しかも、誰が影なのかわからないように、主界という称号でデータ上は登録される。故に、ユキも影がどの程度の規模で存在するのかは知らない……のは建前で、皇帝の目を盗んで登録書を拝見していたり、していなかったり……。

 それはさておき、まあ、ユキは幼いながらもその影の一員として、そして、自身の所属する管理部として、黒世の時に狩り出され最前線で戦ったものだ。


「禁断の書が2冊戻ってきたのじゃよ、昨夜」

「……まさか」


 皇帝は、そう言って机の引き出しから1枚の資料を新しく出し、ユキに渡す。

 そこには、何者かによって戻された禁断の書の状態とその時の状況が事細かに記されている。魔法で書かれたものらしく、常に最新の情報が今この瞬間も更新されていた。ということは、現在も禁断書の状態を確認している人がいるのか。


「皇帝……」

「お主、真剣になるとこうちゃんって呼ばぬのだな」

「ちょっと!真面目になって話聞いてるのに!帰るよ!!」

「すまんすまん!読み続けてくれ」


 やっと真面目に聞く気になったようだ。彼の茶化しにムッとしつつ、ユキは並べられた資料を手に取り、改めて内容を確認している。


「待って、これ……」

「そうじゃ、戻された禁断の書は黒世以外でも使用されていた。しかも、最近。用心せねばならん」


 戻された禁断の書として資料に書かれているのは、『真田一族の書』と『七ツの因果律』。

 それらは、記憶操作するものと人を人でない物に変えてしまう書。どちらも、発動されればレンジュ大国は無傷では済まない。


「……。で、あわよくば「ナイトメア」の解明と残りの禁断書の回収をってことね」

「真田まことについていれば、必ず接触できるじゃろう。しかし、あくまでも任務は護衛じゃ」

「しょうががないなぁ」


 誤字ではない。


「行ってくるかぁ、……スーパーに」


 もう一度言う。

 誤字ではない。


「うむ、任せたぞ。わしは、この後見たいドラマがあるんじゃ。さっさとアカデミーに行くがよい」


 皇帝は、突っ込みをやめたようだ。彼女が資料を受け取っただけで良しとしたのか。甘いぞ、皇帝。


「でもさ、スーパーは明日までだよ」

「うむ、明日はアカデミー卒業の最終試験じゃ。お主は、それを見学しに行くがよい」

「えぇ、スーパーで働くのも楽じゃないな」

「真田まことは優秀じゃからのう、試験も一発合格間違いないぞ」

「いや待てよ、しょうがなら自家製でも行けるんじゃないか?」

「アカデミーを卒業したら、すぐに下界への申請書を提出せねばならん。その時にお主を加わえるから、班に入ってくれ」

「自家製となると、肥料選びが大変そうだ」


 話が繋がっているのか、別物なのか。


「くれぐれも、ばれるでないぞ」

「誰に物言ってるのさ」


 いや、繋がっていたようだ。

 余裕そうな表情に戻ったユキは、そう言って書類を折りたたみ鏡と同じく懐にしまう。


「そのためにも、ひとつだけ条件をつけたいんだけど」

「……なんじゃ」


 ユキの頼み事は、ロクなものじゃない。長年の経験上それを理解している皇帝は、露骨に嫌な顔をするも、まあ聞いてみるかという表情になる。それを見たユキはニマニマしながら胸に両手を押し当て、パチパチと音を立てながら高度魔法である「身体変化」を唱えた。





「男装させてくれないかな」





 と、まあやはりロクなものじゃない。

 先ほど、彩華と会っていたユキよりも幼い少年がそこに現れた。今、ここに居た少女ユキをそのまま男にしたような恰好だ。その姿を見た皇帝は、呆れ顔になりながらも「彼」に質問を飛ばす。


「……なぜじゃ。お主は普段の恰好でも十分だと思うぞ」

「いや、モテたいんだよね。男装なら、姫と一緒に居る時ので慣れてるし。モテると、女の子からプレゼント貰えるんだよ!でも、女の子はいくら可愛くてもプレゼント用意しなきゃいけないし」


 私情を挟みすぎなのでは?

 慣れているのか、皇帝は特に気にすることもなく、


「わしは一度も貰ったことないぞ」


 と、机から身を乗り出す勢いで話にのってくる。


「だってこうちゃんだもん」


 さらりと酷い返答をするユキ。聞いていた彼の顔が歪んだのはいうまでもない。


「とにかく!天野ユキ、男装任務頑張らせていただきます!」

「護衛じゃ!護衛!」


 と、目の前で敬礼したユキに対して突っ込む皇帝。執務をしている時より数倍忙しそうだ。


「え、ちゃんと護衛任務って言ったよ!こうちゃん、耳が遠いんだから!」

「そうかの、ドラマ見てもいいかの」


 話が終わったと解釈した皇帝は、ユキの言葉を流しテレビのリモコンに手を触れる。流れる動作で指を振ると、机の上にボックス型のテレビが現れた。


「あ、そのドラマ俺出てる。先月のオーディションでメイン勝ち取ってきたんだ」

「……気が変わった。宮とお茶飲んでくるかの」

「あら、ユキここに居たの」


 入口で音がすると、ユキは大人びた青年へと素早く身体変化する。稽古を終えた彩華が入ってきたのだ。


「やぁ、姫。皇帝の世間話にお付き合いしてたんだ」

「そうなの!お父様、ユキを困らせちゃだめよ」

「彩華よ、逆じゃ。逆」



 彩華も加わり、実のない会話がその後30分程度続いたとか続かなかったとか。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る