2:少女と少年①


「こうちゃぁぁぁぁぁんんんん!!!」


 執務室で桜茶を飲みまったりした気分を味わっていた皇帝は、その声に驚きむせた。


「うぇっ!…ごほっ。な、なんじゃ」


 もちろん、声の主はユキ。先ほどの姿とは異なり幼い少女に戻っている彼女が、執務室に入ってきた。


「うわ、こうちゃんダッサ☆」


 と、彼女はむせた皇帝を見ながら笑った。皇帝は、何とも言えないような表情をしながら、こぼした桜茶を拭いている……。


「お主の呼び方のがダサいぞ!どうせ、"こうちゃん"も皇帝から取ったんじゃろう!!」

「あー……うん、そうそう。そんな感じ。うん(薄幸じいちゃんの略なんだけどなあ)」


 もちろん、()は聞こえていない。

 ユキは、そんな空返事をしながらズイズイと皇帝の座る席へと近づいていく。


「お主は、わしが皇帝だということを忘れているじゃろう……」


 なんだか、悲しそうな顔をする皇帝。ユキの前では、レンジュ大国の皇帝も形無しのようだ。


「え!?こうちゃんが……皇帝!???え!?!!!?……あ、うん、知ってる。超知ってるよ!当たり前じゃないのさ!!何年一緒にいるの」


 ユキは、彼が座る机の前まで移動するも、鏡で自分の容姿を確認しながら答えている。目の前にいるのに、皇帝の方を見向きもしないのだ。しかし、その光景には慣れているようで、


「少しは覚えていてくれよ」


 と、諦め半分呆れ半分の声を出す皇帝。いつもお疲れ様、とぜひ伝えたいものだ。


「そりゃぁもう!(私ってかわいいいいいいい)」


 と、心の中を披露するあたりを見る限り、多分彼の話を半分も聞いていない。いや、半分聞いていれば良い方だろう。


「そんなことよりさ!用事は?任務?もしかしてこうちゃんちの風呂掃除?やだよ、手が荒れる」


 相変わらず鏡で前髪チェックをしているユキは、捲し立てるように質問をする。……というよりは、皇帝が話す隙を無くしているという感じが圧倒的に強い。


「そうか……それは残念じゃのう。仕方ない、やはり彩華にでも……って違うわ!!」


 皇帝が、残った桜茶をがぶ飲みして改まった空気を出そうと頑張るも、


「実は「こうちゃんの爪切りもやだよ。こうちゃんお年寄りで爪が薄くて大変なんだから」」

「実は「あ!あと、庭の掃除も止めてよね!あの後背中に入った毛虫のせいで一週間はかゆくて死にそうだったんだから」」


 話そうと口を開くたび、すばやく遮り話題を変えられてしまう。その素早さ、頭の回転の良さ、ぜひ他で役立ててもらいたいものだ。


「実は、管理部の任務で「そっかー!シロの散歩かー!最近は、猫のリードもあるらしいね。前までは猫用がなくて小型犬用のをシロに使ってたよ」」


 ……ユキ、そろそろ皇帝の話を聞いてあげましょう。


「護衛任務じゃ」


 皇帝は、やっと諦めたようで背もたれに身体を預けて無理やり話を進める。


「は?管理部の任務でしょ?護衛なら上界に任せればいいじゃん」


 護衛に反応したユキ。やっと、話を聞く気になったようで、鏡を懐にしまった。


「いや、管理部宛てじゃ。命の危険があるからのう」

「あーもう!まどろっこしいなあ!誰なの、その護衛対象は」


 管理部とは、ユキが所属する場所。皇帝直属の部署になり、この国では皇帝の次に権力のあるところだ。しかし、ユキは国民や大臣、政治家たちに公表されていない管理部メンバー。故に、彼女は陰で国を支えている人物になる。

 彼女は、そんな管理部に所属しながら「影」という魔法使いの位について日々任務に勤しんでいた。


 そんな彼の出した任務に、納得がいっていない様子のユキ。

 というか、今まで話を聞かなかったやつが何を言っているのという状態だが、まあ、話は進む。やっと聞いてくれるようになったのだ。早く話してしまった方が得策だ。


「アカデミー生じゃ、対象は。正確に言うと、アカデミーを卒業する者じゃな」


 皇帝は、椅子に座り直すと改まった声を出しそう言った。

 その含みをもたせた言葉は、まだ外が明るいのに聞いている人の心をどん底に押し込んでいく。そんな、圧が込められていた。

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