4:時を刻めば好きがわかる?①
鉄格子の中、傷だらけで拘束されていた皇帝は、食事を運んできたカイトにこう言った。傷だらけの身体なのに、痛みを感じていないように微笑みながら。
『シナガレの森の入り口に行ってみなさい。会いたい人に会えるじゃろう』
カイトは、その言葉を半信半疑にしながらも、指定された場所までやってきてしまった。
弱り切って何もできない相手とはいえ、敵の言葉にこうも信頼して良いのか。我ながら甘いなと自身の行動を少しだけ笑う彼は、「敵」と思っているのは本心ではない様子。
そういうカイトも、数日食事を摂っていないためか皇帝と同様フラつきの目立つ身体だ。
元々細身なのに、さらに頬が痩けて、目下には深いクマが目立つ。今は呼吸をするだけで精一杯、という身体を引きずってここまで来てしまっている。
息をするたび、ヒューヒューと喉が鳴り響く。水分も、喉を通らない状態らしい。
「……」
シナガレの森は、相変わらずモンスターが多い。
中型モンスターの巣窟が近くにあるからだろう。縄張り争いが起きるちょうど中心にある森だから、というのも関係している。
雑魚ではあるものの、モンスターを倒しながら進むため魔力消費も激しい。
しかし、それをしてでも進まないといけない理由が、カイトにはあった。
「……会いたい人」
それは、皇帝の言う「会いたい人」の正体だ。
今、カイトが一番会いたいのはサツキだけ。しかし、そんな都合の良い話があって良いのか。
もし、会えたとしても彼は全力で逃げるだろう。顔を合わせる資格がないと思っている彼は、魔力がゼロになっても無理矢理瞬間移動を使って逃げる。
「……」
とはいえ、マイナスなことばかりではない。
久しぶりに出た外が心地良いのも事実だ。吸血鬼は陽の光を嫌う、などと言われているがカイトはその明るさが好きだった。サツキと一緒に色々な場所に行ったことを思い出すから。
***
サツキとは、彼女がキメラになる前からの付き合いだ。
と言っても、恋人同士ではない。彼らは、「同志」という言葉がよく似合う間柄だった。
最初は、組織に囚われながらも2人分のパスポートを持ち隣国へ「現地調査」と銘打っていろんな場所で遊んだものだ。
それを、組織の監視役である八代だけは気づいていたが特になにも言わず。ちゃんと、組織に帰って来れば彼は何をしても咎めなかった。
なのに、彼女が八代の趣味にしていた実験の適合者だとわかった瞬間、手のひらを返したかのように2人の仲を引き裂いてきた。
カイトがいくら「サツキをキメラにしないで」と暴れても、彼は耳を傾けずに盗んだ禁断の書を開いてしまう。
成功したから良いものの、あのまま失敗して狼になってしまったらどうなっていたのだろうか。
それを考えるだけの想像力が、今のカイトにもない。
それからは、1人分のパスポートしか持たなくなり寂しい思いをしたのを彼は鮮明に覚えている。キメラは、人間じゃないのでパスポートが必要ないのだ。
***
シナガレの森の入り口に着くと、そこには小さな花がいくつか咲いていた。
「サツキ……」
その花は、サツキが好きだったねじり草。
ピンク色の小さな花を咲かせるそれを、彼女は物珍しそうに見てはつついて、動いた花に驚いてを繰り返していた。カイトは、そんなサツキに惚れてしまったのだ。
その気持ちを知ってしまってからは、彼女の身体がみんなにさらされる時間が苦痛になった。いつも一緒にいるときには決して聞かない女の声で枝垂を受け入れる彼女の姿は、カイトの目にどこまでも残酷に映った。
行為の後、彼女が一人で泣いているのも、時間になると全身を硬直させて震えている姿も見ていた。それでも、一度も弱音を吐いている彼女を見たことがない。
「サツキ」
だから、余計彼女に惹かれたのだろう。カイトは、彼女との思い出を巡らせながら目の前の花に手を伸ばした。
「……!?」
その瞬間、今まで感じたことのない殺意を全身で感じ取ったカイトは、同時に殺気を感じた方向に目を向けた。
「……君か」
すると、そこには今の今まで探していたサツキの姿が。
しかし、カイトはため息をつくだけ。そこに居るのが、彼女ではないと気づいたらしい。
「あちゃー、やっぱりわかっちゃうよねー」
と、こちらに歩いてくるサツキからは聞いたことのない明るい声がする。
「……やっぱり罠か。あの時はどうも、生きてたんだね」
一瞬でも期待してしまった自分に嫌気がさす。これだから、組織で落ちこぼれと言われてしまうのだろう。少しだけ、そう言っている人の気持ちがわかった。
「こちらこそ。私の血は美味しかったですか?」
と言うと、サツキが目の前でパチパチと音を立てて少女ユキになる。
「……そのせいで、体力がなくなっちゃったよ」
「みたいですね。そこは謝罪します」
「……で、目的はなに」
「んー?私の血を飲ませてあげようかなと思いまして。お詫びの印に、ね」
「……っ」
そう言うと、ユキは自身が着ていたワンピースの肩部分を引き裂いた。真っ白い首がさらけ出されると、カイトの瞳がすぐに赤くなる。
その、細くて美しいほどキメが整った肌を見て興奮するなと言う方が無理だ。
「いいですよ。今度は毒を仕込んでいません。好きなだけ飲んでください」
「……死んでも知らないよ」
「うーん、それは困りますね。死なない程度にしてください」
「今更無理だよ」
「っ……! あ、……ちょっと。んん」
息を荒くしたカイトは、そのままユキに向かって牙を剥いた。
その勢いに押され、バランスを崩したユキが地面に倒れる。が、それを気にするカイトではない。無我夢中で、彼女の首筋めがけて噛み付く……。
カイトは、すぐにユキが予想していた量の倍以上を飲み干した。やはり、相当空腹だったようだ。
ユキは、体内から血がなくなる感覚に悶えるように喘ぐ。
貧血で目の前が真っ白になりそうになりながらも、吸血鬼特有のその甘い香りに集中し、必死に意識を掴む。
「……っ、あ、んぅ!」
血を吸いながら、彼の手が服の上からユキの胸元に触れた。その感覚に耐えきれず、すぐに自身の口から甘い声が漏れ出てくる。
ビクッと身体をのけぞらせながら赤面するユキを見てさらに興奮したのか、愛撫する手の力を強めてくる。が、その行為には慣れているようだ。痛みはなくなんとも言えない快感が彼女の身体を駆け巡る……。
「あ! ん、んぁ……」
それで終わるわけはなく。カイトの手はそのままユキの下半身へとゆっくり、ゆっくりと這っていった。
これも、吸血鬼の特性だ。体温を上昇させ、より美味な血を求める本能らしい。
「はい、ストップ」
「……!?」
しかし、その手を誰かが止めた。
瞳を赤くしたカイトが振り向くと、そこには眉間に深いシワを作った風音の姿が。
急な登場に、急いで牙を抜いて逃げようと手を振りほどくがそれを彼の手は許さない。元々体力もないので、いくら抗っても意味がないのだ。
「合図送るって言ったよね」
「……」
少し怒ったような声を出す風音は、カイトではなくユキを見ていた。首筋を血で濡らしたユキは、その視線に気づかないふりをして、自身の身体にゆっくりと手を当てる……。
「……純情ボーイの名前はもう呼べないね」
「!?」
カイトの下にいたはずの少女は、いつの間にか少年になっていた。
そして、あろうことか、カイトの唇に迷いもなくキスを落とす。それも、容赦無く。
「お返しね♡」
「っっっっっっっっ!!!!」
口の中に舌が入ってくる感覚に耐えきれなくなった彼が必死に逃げようとするも、風音が掴んでいる手の力は緩まず。そして、口を離そうにも、少年ユキの手が頭を固定しているのでそれも難しい。
次第に、力が向けてくるのを自身で感じ取ったようだ。
「もう良いと思うけど」
「……はー、ごちそうさま♡ あー、やっぱり純情ボーイの名は伊達じゃないね☆」
「今だけはこいつに同情するよ」
呆れ気味な風音の言葉でユキが口を離すと、放心状態のカイトだけがそこに残る。腰が抜けたようで、ピクリとも動かない。
少年の姿で犯されて(?)、ボーッと空を見つめている彼の姿はよほど面白いらしい。先ほどまで呆れていた風音も、一緒になって楽しんでいる。
「てか、他に方法なかったの?」
「えー、ないよ♡」
「絶対あっただろ……」
「んー……あ、あった! 俺がやったことを先生がやるの」
「今のが最善だったな、うん」
という2人のやりとりは、放心状態のカイトの耳に半分も聞こえていなかっただろう。
手のひらをクルッと返した風音が頷く姿も、きっとカイトには見えていない。無論、その下で風に揺れているねじり草も。
「さてと。これで、一時的に組織の監視から外れたけどどうする?」
「……は?」
すると、カイトは急いで自らの手を見つめる。何が起きたのかわかっていないようだった。……まあ、急に「知らない男からキスされる」なんて経験そうそうないから仕方ない。
彼ら組織の人間は、全員に居場所のわかる魔法がかけられている。その情報を事前に知っていたユキが、カイトの居場所魔法を消すためのキスだったのだ。決して、「やりたかったからやった」わけではない。
「ジャミングかけただけだから、完全に切れてるわけじゃないよ」
「……何させる気? やっぱり罠か」
「いいや? 恋のキューピッドだよ♡」
「は?」
「それは怪しすぎだわ」
「そう?こんなかっこいいキューピッドもいないと思うけどー♡」
と、やはり2人の会話を聞いていないかのように、手を見つめ続けるカイト。そもそも、このような探知系魔法は電波のようなものとはいえそう簡単に他者が操れるものではない。必死になって魔力の流れを追っているが、目で見えるようなものでもないので意味なしだ。
それを見たユキは、声のトーンをいつもと同じに戻す。
「……あのさ、サツキちゃんに会ってあげて」
「サツキ?」
「最近、サツキちゃんの周り行ってるでしょ」
「……気づかれてたか」
「まあね。オレからもお願い、サツキに顔見せてやって」
「……会いたい、けど僕はもう」
それでも、彼は手を見続けている。側からは、発言したい言葉を遮り他の何かを懸命に探しているように見えた。
同時に、真っ赤な瞳が少しずつ黒くなる。その代わり、瞳には涙が滲んでいた。
それを見たユキと風音が、ちらっと目を合わせる。
そして、ユキが目の前で泣きそうになっているカイトの頭をおもむろに掴んだ。その手には、薄くさほど眩しくない青い光が。
「やめろ!」
何をされているのか、彼にはわかったようだ。すぐに逃げようとするも、やはり腰が立たないらしくその抵抗は虚しい。
「……へえ、19人か。最近は少ないみたいだね、枝垂に指示出しされてたから?」
「ちょっと、それは流石に悪趣味だよ。やめてあげて」
その意味に気づいた風音が止めるも、
「わー、女の子とも結構遊んでる! 昨日も。気持ちよかった?」
「うるさい!」
「別にいいよ? サツキちゃんとの部屋用意してあげてるから。好きにしたら?」
「ばっ……」
ユキは、抵抗する彼の頭から読み取った記憶をデータのように読み上げる。
この青い光は、かけた本人の記憶が読み取れてしまう禁断魔法。魔力量の多いユキだからこそ、できるものだ。
その人数やら「遊んでる」の言葉を言われたカイトの顔は、みるみるうちに赤く染まっていく。
「……サツキはそんなんじゃない」
「サツキちゃん、普段はそこの先生と寝泊まりしてるんだよ? 同じベッドで」
「……!?」
「おい、とばっちりやめろよ」
と、急にあの吸血鬼特有の殺気が風音に飛んでくるも、特に風音は怯えることなくユキを睨む。
吸血鬼本人よりも年齢が上の人間なら、その殺気は小さな子供がひと睨みしているようなものと変わらないのだ。蚊に刺されたような感覚しかないらしい。
「お前、サツキに」
「何もしてないって。誤解です」
「あははー、純情ボーイくんの思考回路エロいことしか考えてないー」
ユキが言葉を選ばず煽ったためか、殺気を消したカイトは頬に涙を伝わせた。悲しいというよりは、感情が溢れてしまったような印象を周囲に与えてくる。
それほど、彼はサツキとの関係性に苦しんでいるのか。それとも、先ほどの記憶が関係しているのか。側から見ているだけのユキと風音には、完全に理解することが難しい。
しかし、ユキが言葉を選ぶことはない。
「天野、まじで趣味悪いぞ」
「だって、こんな意地の張り合いで会わないとか馬鹿じゃないの?スッゲー虫酸が走る」
「天野、こいつはお前じゃない」
それには、理由があった。
サツキとカイトの関係性を、自身と彩華に重ねていたのだ。風音が瞬時に理解して咎めるも、改める気はないらしい。舌打ちをしながらカイトを睨みつけている。
風音だって、その関係性の苦しさを間近で見て分かっているから言いたくはない。しかし、彼はユキの保護者。彼女を止めるために、こうやって側に居るのだ。
「……わかってるよ」
「ちょっと冷静になれ」
「兄弟揃って俺のこと見下すからイラつくんだよ……」
と、いつものユキが見せないイラつきを全面に出して初めて、風音が何かを思い出す。
ユキに向けていた視線をカイトにやり、顔をマジマジと見始めた。その顔には、見覚えがあるらしい。
「……こいつ、灰の弟か?」
「そうだよ。そっくりじゃん」
「そう言われてみれば」
「兄貴は関係ない」
そう、カイトの本名は「灰 カイト」。
魔警第一課に所属するアカネの弟に当たる人物だ。
と言うことは、ザンカン出身ということ。わざわざ敵を城に招待OKと言ったマナの考えが、ここにきてやっと理解したようだ。
すると、今度はなぜそんな人が組織にいるのかの疑問が湧く。
風音からみれば、この一連の流れは完全に八つ当たりである。きっと、貧血気味なのもあり苛立っているのだろう。あれだけ血を吸われれば仕方ないとは言え、やりすぎなのには変わらない。
「はあ……。で、会うの会わないの」
「……会う」
「最初からそう言えば良いのに」
「天野」
その口調の強さは、ユキの望む展開になっているにもかかわらず弱まることはない。風音が再度咎めるも、やはりなんとも思っていないかのように舌打ちを繰り返す。態度を改めるつもりもないらしい。
「はいはい、先生は優しいねー。俺は無理ー」
「……ごめんなさい」
「こっちこそ悪いな。別に、お前を傷つけるつもりはないから」
「……はい」
すっかりしょげきったカイトは、風音の態度に折れたのか頭を下げた。
ユキのことは怖いのか、視界の端にも入れない勢いで視線を逸らしている。
「じゃあ、行こうか。サツキには何も言ってないから」
「はい」
カイトは、覚悟を決めたように前を向く。
立ち上がったその姿からも、その覚悟がにじみ出ている。
「……あーあ。めんど」
と、ユキも「仕方ない」感があるとはいえサツキのためと重い腰をあげた。
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