3:卯の花腐しと送り梅雨①



「フィックス!」


 ユキの詠唱に、トラのような見た目をした不気味な物体の動きが止まる。

 これが、今回討伐対象のモンスターだ。


 ちょうど生態調査を半分終えた彼らの前に、それは颯爽と現れた。ユキの素早い行動がなければ、今頃誰かが怪我をしていただろう。

 影がなく、少し不気味に彼女らの目に写ってくる。


「こいつは中型だから、名前のないモンスターね」

「へえ。名前があるモンスターもいるのね」

「そうそう。大体は危険認定されてるから人里まで降りてこないけどね」

「これでも中型なの……」

「……大きいとモンスターだってすぐわかるわね」

「うん……」


 ゆり恵と早苗は、風音からの説明を聞きながら怯えるように一歩ずつ後ろに下がった。トラの咆哮が低めのフォルマント周波数のみで響くので、かなり耳に負担がかかる。

 早苗は、杖を出すと


「……イヤープラグ」


 と唱えた。

 すると、杖の先端から出たオレンジ色の光がトラを包み込む。


「ありがとう」


 早苗の魔法によって鳴き声が静かになった。


「私、このまま援護に回って良い?」

「もちろん!私が行く!」

「じゃあ、俺はここで応援する!」

「お前もいけ」


 ゆり恵が、懐から阿布岐を取り出す。彼女は、すでに自分の武器を見つけて杖を使わなくなっていた。魔力コントロールが安定してきた印である。


 それを見て、サボるチャンスと言わんばかりのユキを風音がいつもの調子で止める。


「えー、俺固定魔法唱えたしいいじゃん」

「焼肉」

「行かせていただきます!!!!」


 と、ユキの扱いが上手くなった教師風音。

 その言葉を聞くなり、やる気満々になってゆり恵の後に続いていく。


「ふふ」


 それを隣で楽しそうに笑うサツキは、何があっても助けられるよう手には緑色の光を出している。


 今回のモンスターは、中型モンスターの中でも動きが速く捕まえるのは困難とされている部類。が、ユキは一発で固定魔法を唱えてしまうものだから、ゆり恵たちに「簡単なモンスター」と映ってしまっただろう。少し、簡単に考えているゆり恵の後ろ姿をサツキが心配そうに見つめる。


「……天野がいるから大丈夫だよ」

「ヒッ……!?」


 その心配に気づいたのか、彼女の背中を優しく撫でた。……つもりだったのだが、当の本人は急なスキンシップだったためピクッと身体を反応させ顔を真っ赤にしてしまう。


「……」

「……ぶはっ!」


 そこまで反応するとは思っていなかった風音は、自分の行動を棚にあげて吹き出してしまった。そして、


「かわいい」


 と、視線を生徒に戻しつつもサツキの頭を今度はゆっくりと撫で上げる。

 隙あらばイチャつく光景を見せつけてくるこの2人のことを、遠くの方でユキが「変な顔」をしながら見ていたことも記載しておこう。


「……最近ユウが意地悪」

「そんなことないよ」

「……あるもん」

「あはは。嫌なら止める」

「……いい」


 ないとないで寂しいのだ。サツキは、気持ちを切り替えようと風音と同じ方向に視線を向ける。すると、ちょうどゆり恵が阿布岐から風魔法を出すところだった。


「風来弾!」


 その風は、周囲を巻き込んで小さな竜巻となってトラに直進する。息を止めるよう、顔付近を狙って動きをコントロールさせた。

 阿布岐の動きが、彼女の手の中で優雅に舞う。


「……魔力強化!」


 その魔法に応えるよう、早苗が援護魔法を唱えた。

 連携した技は、以前の2人ではなくちゃんと成長した魔法使いのものだった。もう、アカデミー生とは言わせない。これも、演習の賜物と言えそうだ。

 が、それでやられるモンスターではない。その風によって、ユキの固定魔法が解けてしまった。


「きゃっ……!」

「ゆり恵ちゃ……」


 サツキが、助けようと一歩前に出るが、風音の手がそれを止める。


「まだ大丈夫」

「でも……」


 トラは、そのまま2人に向かって突進すべく距離を縮めてくる。

 ……2人?そう、2人だ。


 ユキは、トラの後ろでなぜか黄色い蝶々を追いかけているではないか。

 ……何してるんですかね。


「……ユキ?」


 意味がわからず、サツキがポカーンとしながらその光景を見ていた。

 だが、その意味を風音はわかったようで特に何も言わず。腕を組んでサツキと一緒にその様子を眺めていた。


「ユ、ユキくん!?」

「何して……?」


 その様子を見て、どんな反応をしたら良いのかわからない2人。

 ピンチなはずなのに、ユキの予想外な行動に唖然としてしまう。とはいえ、トラが止まってくれることもなく。


「……血族技、シールド展開!」


 唖然とする中、早苗が血族技を使って自身とゆり恵の周囲へと絶対シールドを張り巡らせた。この中にいる限り、大きな怪我を負うことはない。


「ユキくんもこっちに!」

「ゆり恵ちゃん、出ちゃダメ!」

「きゃっ!」


 と思いきや、ユキを心配したゆり恵が外に出てしまった。

 この絶対シールドは、内側から簡単に出られてしまう。今回は、それが裏目に出てしまったようだ。早苗が必死に手を伸ばすも、外に出てしまった彼女には届かなかった。


「逃げて!ゆり恵ちゃん!」


 そのスキを、トラが見逃すはずもない。

 すぐさま、その口から吐かれた炎がゆり恵に向かってまっすぐに飛んでくる。


 早苗は、その光景に目を瞑ってしまった。


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