2:スコールは傘を許さない
※性的描写あり
**********
ベッドの軋む音が、暗い空間にこだまする。
それに混じり、男性を虜にするような甘い声も。
「……ん、サユナ」
3人が横になってもまだ余裕のありそうな大きなベッドの上には、肌を露わにしたマナと、ほっそりとした、だがしっかりと筋肉のついた美しい身体つきをした精悍な顔立ちの男性が行為に没頭していた。
「っ……今名前、呼ばない、で」
「……あっ、あ、サユ……」
マナの甘美な声が、男性……サユナの耳を刺激する。それによって苦しそうに眉間のシワを深くするが、動きが止まることはない。
彼の規律的な動作により、固定されていないマナの胸が激しく揺れ動く。その光景も、サユナの興奮を高めていくものに違いはない。
「サユナっ、サユ、サユ……」
サユナの声が聞こえていないのか、マナは潤んだ瞳で見つめながら彼の名前を連呼する。
すでに絶頂を数回迎えていた彼女は、必死にサユナの首に腕を回しその快楽を受け止めようともがいていた。
「だから、やめ、て……キツい」
「あ、そこっ……んぁ、イきそっ」
「……オレも、イッていい?」
絡みつかれたサユナが、そう彼女の耳元で囁く。すると、マナの瞳が快楽で見開かれ悦びの涙が零れベッドに落ちた。
「ん、一緒に……あぁ、んぅ、ああぁっ!」
「……っ!!」
サユナの言葉は、すぐにマナの気持ちを昂らせた。身体を駆け巡る熱に絆された彼女は、サユナの身体がビクッとのけぞると同時に絶頂をむかえる。
すると、マナの身体へと魔力の光が吸収されていく。彼女は、対人接触で魔力を回復するのだ。
「……っ。はっ、はっ」
開放されたサユナはその全身からは汗が吹き出し、数滴をマナの胸元に落とした。
しかし、余韻に浸るように、双方繋がったまま動かず。ドクドクと脈打つものを押さえ込むように、サユナは目の前で荒い息を整える彼女を抱きしめた。
「……たまってたのか?」
こぼした涙を舐め取られくすぐったそうに顔を歪め、マナはサユナにすがりつくように問うた。すると、
「……そりゃあ、これだけ間があけば男なら」
「ななみもあれきりだったからな。悪かったよ」
「……魔力消費激しいけど、レンジュで何してんの?」
サユナは、ななみの名前が聞こえていないよう息を整え起き上がりゆっくりと彼女から離れる。すると、マナの腰がぴくんと動いて反応を返してきた。絶倫な彼女には、今のだけでは足りなかったのかもしれない。
「……もう少しする?できるよ?」
「したいが、時間がない」
そう思い提案するも、起き上がったマナに拒否されてしまう。少しだけ寂しそうな表情になったサユナは、その身をせめてとの思いで抱きしめた。……自身も、少しだけ物足りないのだ。
「……サユナ、いつもありがとうな」
「急にどうしたの?オレも楽しんでるからありがとう」
「はは、それはそれは。また時間作ってくれ」
魔力消費が激しいときは、こうやってサユナから定期的に魔力をもらっていた。彼は、それを楽しめる性格ゆえ、一度も拒まれたことはない。むしろ、自ら身体を求めてくるほど2人は深く愛し合っていた。
無論、純情すぎるサキにこの役目は不向きだ。キスだって目を回すのだから。でも、仕方ない。それも「仕事」の一環だから。……サユナはそう思っていないようだが。
「またレンジュ行くの?」
魔法で身体の汗を飛ばし身支度を整えるマナ。いつもなら、もう少しベッドで余韻を楽しむのだが、今日は時間がないらしい。
遅れて起き上がったサユナがそう聞くと、表情を暗くしたマナが視界に飛び込んでくる。
「……しばらく帰ってこれないかもしれない」
「そう……。オレが必要なら呼んでよ、どこでも行く」
「無理はするな。サキが倒れてしまう。……そうならないように魔力調整するよ」
これから、何か大きなことが起きる。
サユナは、彼女の表情でそれを察した。こんな顔を簡単に曝け出すような主人ではないとわかっているため。それほど、マナにとって責任の重いものが近づいているのだろう。
なら、自分はそれに従い彼女を支えるだけ。
「時間ないと言っただろう」
「……なら、身体もそれに従えば?そうは言ってないけど」
サユナは、マナの整えた服に再び手をかける。
彼女の魔力はまだ7割程度しか回復していない。なら、することは1つだけ。
「……お前はずる賢いな」
「そういうところも評価されてると思ってるよ」
「はは、間違いない」
その声を最後にしばらく静寂が続き、次に2人が言葉を交わしたのは30分後にシャワーを浴びた時だった。
***
「おはよー!」
早朝。
早苗とユキが話しているところに、ゆり恵が合流してきた。隣には、風音とサツキの姿も。
5人は、新しい任務を受けるため、アカデミーにある下界の任務受付に集まっていた。
「おはよ、ゆり恵ちゃん」
「何してたの?」
「これ、対戦してた」
と言って、ユキはゆり恵に向かってスマホの画面を見せる。
例の「タイプスター」の大型アップデートが入り、フレンド同士であれば対戦ができるようになっていた。経験値を多くもらえることもあり、早苗のレベル上げに付き合っていたのだ。
「え、私もやりたい!」
「全員集まったから、終わり。任務もらいに行くよ」
「えー!」
「……昼休憩にやればいいじゃん」
「あ、やる!サツキ先生もやろうよ」
「サツキ、カンストしてるから経験値稼ぎに良いよ」
サツキも彼ら同様、影の任務で荒稼ぎしたお金のほとんどをゲームにつぎ込んでいた。
今までやったことがなかったらしく、スマホを与えてからハマるまでに時間を要しなかった。ゲームが好きな風音の影響も多少はあるかもしれないが、昨晩も寝る間を惜しんでやっている。若いからか、少々睡眠が足りなくても大丈夫なのだ。
「嘘、すごい!フレンド申請してください!」
「はい、お昼にでもしましょう」
と、サツキも嬉しそう。
さらに、カンストした際も、風音に向かって勢いよく抱きついて嬉しさを表現していたというのだから彼の心臓がどこまで持つのか怪しいところ。しかも、その時タイミング悪く部屋を訪れたユキから、「え、やっぱりレンチいる?」などと茶化されてしまう場面もあり、彼の立場は今後も女性陣に追いやられていくことは確定のようだった。
「よし!そうと決まったらサクッと終わらせるわよ」
「うん!」
と、女の子2人の声は朝の雰囲気に良く合うほど明るい。
彼女らは、まことがいなくなったことを聞かされたとき、対照的な反応を見せた。ゆり恵は心配そうに捜索を提案し、早苗は家族の元に帰ったのだからこれで良いのではと口にしたのだ。
どちらの発言も、彼を思いやってのこと。どちらが正解か、それを聞いていたユキと風音にはわからなかった。
今どう思っているのかわからないが、2人なりに「まことがいない日常」に慣れようとしている。
「簡単な任務が良い!」
「お前はすぐそうやってサボろうとするな」
「あはは!」
本来ならば1人抜けたらチーム解散なのだが、今回は例外として認められ継続という話をもらった。これには、チーム全員がホッと胸をなでおろしたものだ。
ここで、皇帝からの護衛任務を終えたユキも抜けてしまうのは忍びない。彼女は、今まで通り少年の姿でチームに残る選択をした。
無論、それを皇帝も喜んで承諾してくれた。
「今日は何系やる予定?」
初めに比べて、任務の受け方やこなし方にかなり慣れてきたチームメンバー。自ら受付に向かって、任務を受注できるまでになっていた。用紙をもらい返却するのは、すでに風音の役割ではない。
「うーん、生態系多いからそれにしようか」
「いいね!俺、散歩したい」
「だから、遊びじゃないって」
そのやりとりに、ふふと笑うサツキ。いつも通りの日常に戻りつつある。
「じゃあ、取ってくる!」
「お願いします」
と、今日はゆり恵が行くらしい。軽い足取りで、受付嬢へと駆けていく。
その間、ユキはと言うと……。
「お姉さん、仕事終わったら用事ある?」
と、まあ、相変わらずナンパに忙しいらしい。
受付嬢もまんざらじゃないようで、頬を赤く染めて「暇です」と言う始末。
「はいはいー、ユキくん行くわよ」
「また後でね、可愛い人」
「は、はい……」
と、これまたいつも通り、素早く任務を取ってきたゆり恵によって中断されそのまま手を引かれて外へ。もちろん、受付嬢の寂しそうな顔もいつも通りだ。
外に出ると、眩しいくらいの太陽の光が、5人を照らしてくれた。これから、どんどん日が登り暑くなるだろう。
「よっしゃー!早く終わらせて先生のマスク炙って焼肉おごってもらうぞー」
「何それ」
「いいね!先生、おごってください!」
「いや、今持ち合わせない」
「えー!銀行でおろしてきてよ」
「……私も食べたい」
と、まさかのサツキまで言い出す始末。彼女に言われたら、風音はNOと言えない。一緒に生活しているためか、過去の境遇を知っているためか、サツキには甘いのだ。
「……じゃあ、今日の生態調査のうちの1体中型モンスター討伐できたら良いよ」
と、風音は口座の残りを空で数えながら条件を出す。
教師らしい選択だろう。
「え、無理だよ!」
「先生、ずるいですよ」
「(こんな簡単なことで焼肉を奢るだと!?)」
……反応は様々のようだ。
ユキは、すでにどこから持ってきたのかメニュー表を眺めている。……いつの間に持ってきたんでしょうかね。
「ユウ、私も参戦して良いの?」
「サツキは反則」
それと同時に、「天野も本気出すの禁止」とユキへ直接テレパシーが飛んできた。彼女の考えていることはお見通しのようだ。
チッと舌打ちが風音の耳に届いたが、ゆり恵たちには聞こえなかったらしい。
「なんでそんなにみんな焼肉好きなの……」
ごもっとも。
「よし!じゃあ、みんなで力を合わせて討伐任務もこなすぞ!」
今回の任務は、ヒイズ地方の向こう側にある「シナガレの森」での生態調査。副任務には、先ほど風音が言った「中型モンスターの討伐」が条件として載っていた。
それを事前に知っていて、発言したようだ。
副任務とは、メインの任務と一緒にこなせる任務のこと。メインと違うことは、別にクリアしなくても報酬に影響しない。もちろん、クリアできれば上乗せ報酬が手に入る。
「「おー!」」
彼女たちの明るい声が、アカデミーの玄関に響き渡った。
***
「おい、ルナ」
「……なんですか」
レンジュに戻ったマナは、執務室で資料を抱えて整理している今宮に声をかけた。
しかし、声をかけられた本人は機嫌が悪いのか、彼女の声に立ち止まるもこちらを見ない。さらに、その背中からは警戒心が垣間見える。
「そんな警戒するなよ。しばらくこっちの執務やるから色々教えてくれ」
「……」
レンジュの皇帝が居なくなって3日が過ぎていた。
その間、マナは定期的にレンジュ城へと通い管理部メンバーとこうやって仕事をする日々を送っている。しかし、その現実をまだ否定するかのように、今宮はマナを皇帝の席に座らせてくれないのだ。マナもその気持ちがわかっているので、決して座らないという状況が続いている。
「……承知です」
とは言うものの、やはり彼の表情は硬い。
マナは、そのやりきれない気持ちを受け止めたいがどうしようもできない様子。書類を読み込み、少しでも彼らの負担を減らすことしかできない。……無論、立ちながら。
「にしても、量が多いな」
「レンジュは広いですから」
「ははは、ザンカンの5倍はあるからな」
「……力、受け継いだんでしょう。身体休めないと後でガタがきますよ」
しばらく会話をしながらも書類を読み込んでいると、今宮が小さな声でそうつぶやいてきた。
自分から、その問題に向き合おうとしている……。
それを感じたマナが彼の方を向くと、相変わらず視線を資料に向けた今宮が視界に飛び込んでくる。
「はははは、ルナはかわいいな」
その行動に可愛さを覚えたマナは、持っていた書類を机の上に置き、今宮に近づきその頭を撫で上げた。すると、案の定真っ赤になった今宮が、マナの方へと顔を向けてくる。そして、
「……あなたのことが嫌いなわけじゃないんです」
と消え入りそうな、バツの悪そうな声で発言してきた。
「ん、わかってるさ」
「……すみません」
「謝るなよ、私はお前らを引き受けたんだ。家族同然さ」
そう言うと、用事が終わったのか満足したのか、マナは机に戻り再び書類に印を押し始める。
「……」
今宮は、黙ってその様子を見ていた。
そのまま5分は経過しただろう。すると、
「……それじゃ疲れるでしょう。座ってください」
と、皇帝の椅子に近づき、自らの手でそれを引き主人を座らせるための準備を整え始めた。
今宮に認められたことを感じたマナは、少しだけ驚きつつも嬉しそうな表情を見せる。
「……ルナはかわいいなあ」
「あまりからかわないでください……」
「そう思われてるなら心外だぞ?」
「……」
「少しずつでいいから、受け入れろ。一番辛いのはお前じゃない」
「……わかってます、わかってます」
そうだ、一番辛いのは……。
双方、誰なのか承知だが、決してその名を口にしない。
「じゃないと、お前の過去を片っ端から覗くぞ」
「はあ!?それは卑怯ですよ!」
「ははは!そうだ、その態度でいろ」
「……あまり力を使わないように」
茶化された今宮は、先ほどよりも顔を真っ赤にしながらも皇帝の椅子に触れながらマナのことをまっすぐに見つめている。
彼だって、この状況をどうすれば良いのかくらいの判断はつく。しかし、気持ちがついて行かないのだ。
それを管理するのも、今後はマナの仕事になるだろう。
「わかってるさ、私の魔力にも限界がある」
「ただ、ユキさんには自由に使わせてあげてください」
「……ん、聞いてるよ。あいつがここにいる条件だから、な」
「…………」
マナは、今宮の回答を期待していないように、そのまま席に座った。
レンジュ皇帝だけが座ることの許されている、その席に。
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