4:メハジキが傷に染み渡る①



「初めまして。今宮と申します」

「……」

「……」

「……え、風音先生は」


 次の日。

 アカデミー敷地内にある演習場へと集合したNo.3のメンバーは、そこで待っていた人物に驚き目を見開いた。

 なお、そんな中、ユキは平常運転中。いつも通り、話を聞かずにスマホゲームに勤しんでいた。誰も注意する人が居ないのは、諦めているのか、それとも視界に入っていないのか……。


「風音先生は高熱でダウンしてますので、今日の演習は私が担当させていただきます」


 今宮と言えば、皇帝の付き人として知られている人物だ。

 なぜ、そんな人がここにいるのか。いつもはお目にかかれないのに、なぜ急に現れたのか。それに、資料ばかり追っているイメージの強い彼に、演習はできるのか。

 ポカーンとしつつも、そんなことを考えている3人。風音の体調不良よりも、そちらに意識が向いてしまっていた。


「え、今宮……先生?って戦闘系いけるんですか?」


 と、ゆり恵が聞いてしまうのも無理はない。遠慮を知らない彼女なので、こうやってズバズバ聴けてしまうのだろう。しかし、今回に限っては、誰も止めはしないし咎めなかった。


「ええ。一応主界なので、できますよ」

「え!すごい!……失礼しました」

「いいえ。急に現れたらそんな反応になっちゃいますよね」


 と、特に気を悪くした様子もなく答えてくれる。3人は、その返答を聞きホッとしたのか、


「よろしくお願いします!」

「お願いします!」

「お願いします!」

「はい、お願いしますね」


 と、次々に元気よく挨拶をした。

 そのエネルギッシュな様子に、今宮は新鮮さを覚えた様子。にっこりと笑う表情に、柔らかさが混じる。こう見えて、彼も子ども好きなのだ。きっと、皇帝の執務を溜める癖がなければ、こう言う場所へ積極的に出向きたいに違いない。


「……で、天野さんは?」


 ですよね。気付きますよね。

 先ほどまでスマホをいじって鼻歌を唄っていたユキは、いつのまにか演習場を管理するお姉さんを口説いていた!いつの間に移動したのだろうか。その場にいた誰もが気づかなかったのだから、相当だ。


「ユキくん!始まるよ!」


 そんな彼をいつも通り連れ戻すゆり恵。……に、少しだけ残念そうな顔をしている管理嬢。

 それは、いつもの光景と何も変わらないもの。まことと早苗が、思わず笑ってしまうのも致し方ないのかもしれない。


「はいはい、今宮さんね。お願いしまーす」


 と、戻ってきたユキが今更ながらご挨拶をする。

 何だか、今宮のため息が聞こえてきそうだ。何か言いたそうな顔をするも、みんなの前なので抑えているらしい。


「……ということで、今日は幻術やります。特に、桜田さんは伸ばしたい部分と聞いてますのでいろいろ質問してくださいね。もちろん、他の方もなんでも聞いてください」

「はい!」

「お願いします!」


 その場を仕切り直した今宮は、演習の内容を話し出した。

 彼の得意分野は、こう見えて「幻術」。

 頭脳派にありがちなパターンだが、魔力をあまり消費しないこともあり長期戦に強い。特に、彼の血族技も幻術タイプなので強化しやすい、というのも得意である理由のひとつだった。


「……早速ですが、まずは原理について」


 と、今宮らしく座学から。

 人の邪魔にならないよう演習場の端に移動すると、早速説明に入り出した。

 いつも急な実践が多かったからか、3人は……間違いではない……3人は楽しそうに彼の話を聞き込む。無論、いつも通りその記録を取るのは早苗の仕事だ。


「真田さん、一歩前に出て目をつむってください」

「は、はい!」


 今宮の指示で、まことは少しだけみんなよりも前に出て目を閉じた。それを確認した今宮は、すぐに淡いピンク色をした光を放ち魔法を発動させた。が、詠唱がないので、目を瞑っているまことにはわからないだろう。魔法独特の発光も、昼間だとさほど目立たないのだ。


「良いと言うまで閉じててくださいね」

「はい、わかりました……?」


 何をされるのかわからないまことが、「?」を浮かべながらも指示に従いキュッと目を閉じている。

 すると、そんな彼の身体に幻術でできた縄が巻きついていく。


「え……?」


 その光景に、早苗が声をあげそうになる。見た目がかなり苦しそうなのだ。しかし、当の本人は先ほどと変わらず目を閉じているだけ。どうやら、痛みは感じていないようだ。

 今宮が、声を出しそうになっている早苗を静かに静止させると、ハッとした表情になった彼女が口に手を当てた。ちょうどペンを持っていた手だったので、その先端が頬に当たってしまうも表情を歪ませるだけ。

 その一連の流れが面白かったのか、今宮が静かに笑っているではないか。特に怪我はしていないので、彼はそのまま早苗の頭を優しく撫でている。こう見ると、今宮も面倒見の良い一面を持っているのがわかるだろう。


 そんな中、ゆり恵は何一つ漏らさないよう集中して、まことに絡みつく幻術を見ていた。


「……」


 縄が彼の身体を締め付けるが、まことは平然と立っている。特に変化はない。

 それを生徒たちに見せた今宮は、


「はい、目を開けてください」

「……うっ」


 と、まことに指示を出す。

 恐る恐る目を開けた彼は、自身が注目されていること、そして、その視線の先がどうなっているのかを順に確認していく。

 そして、幻術でできた縄を見た瞬間、まことは眉間にシワを寄せてバランスを崩して倒れてしまった。それを、素早くキャッチする今宮。


「く、苦しい」

「今解除させますので、待っててください」

「……っは!」


 まことの声に、今宮が縄を緩めて消した。すると、今まで苦しそうな表情をしていた彼は、一気に開放されたためか咳き込んでいる。


「どういうこと?」


 瞬きをせず凝視していたゆり恵にも、何を言いたかったのかわかっていないようで首を傾げながら声を発してきた。

 なぜ、まことが目を開けた瞬間に苦しみ出したのか。そこに鍵がありそうだ。まことの呼吸を整えながら、今宮は


「幻術は、脳に直接魔力を入れるものです。視覚味覚聴覚嗅覚などに反応します」


 と、ゆっくり解説しながらまことを立たせる。


「今行なったのは、五感の中でも「視覚」に作用する幻術です。故に、まことさんが目を瞑っている間は、何をされているのか気づきませんでしたよね?」

「……そっか!見えなければ、効果がないってことですね」

「はい、そういうことです。他の五感……聴覚や嗅覚も同じと思っていてください」

「幻術って、なんでもできると思ってたけど案外不便なものなのね」

「まあ、そんな感じです。なので、攻撃される前に自身の五感を防げば幻術は効きません。それを見ていただきたくて、今のようなことをしました」

「なるほど……」

「(今宮さんは教え方がうまいなあ)」


 早苗が、今宮の言葉を聴きながら真剣な表情になって筆を走らせている。それを2人が覗き込んで見ていた。

 途中から見ていたユキ (暇になりそうだったので、幻術で出した蝶と遊んでいた!)も、その流れに感心する。


 いきなり実践から入って先入観を与えない風音と、論理を共有して納得させてから実践に入る今宮。対照的な教え方だが、今回の幻術は今宮のやり方で正解だろう。身体に教え込むものではなく、これは五感を意識させないと意味がないのだ。


「そもそも幻術には、魅せるものと攻撃するものがあります。今やったのが、攻撃するものになりますね。魅せるものは……」


 今宮は、そこで言葉を止めるとゆり恵の方を向いた。


「ゆり恵さん、血族技を見せてもらって良いですか?」

「はい!」


 何が言いたいのかわかったゆり恵は、素早く杖を取り出して魔法を唱えた。すると、すぐに杖の先端にピンク色の暖かい光が杖を中心に広がっていく。それは、杖の周りだけにとどまらず徐々に大きくなり、ゆり恵の身体を包み込むと桜の花びらになって弾け落ちた。その瞬間だけ、通常現れるはずのないオレンジの光も混ざり合う。

 これが、「魅せる」幻術。相手を傷つけることをせず魅了させる技だ。


「わー、綺麗」

「ゆり恵ちゃんすごいね」

「……」

「……」


 まことと早苗が褒めちぎる中、ユキと今宮が難しい顔をする。幻術を発動させただけなのに、オレンジ色の光が出てくることはおかしい。それに、2人とも気づいたのだ。

 オレンジ色は、補助魔法によるもの。ユキは、ゆり恵がましず子と帰宅した日の夜を思い出す。


「……ゆり恵さん、ちょっと良いでしょうか」

「あ、やること違いましたか?」

「いえ……」

「(今宮さんも気づいたか)」


 今の幻術に混ざっていたのは、監視魔法の類だった。一瞬だけだったのでわかりにくかったものの、その手の魔法に敏感になっている2人だからこそ気づいてしまった。きっと、こちらの動向を見るために仕掛けたものだろう。解除させるかどうかユキが迷っていると、 


「……」

「……今宮先生?」

「……?」


 今宮が無言でゆり恵の手を握った。

 急に握るものだから、不安になったのだろう。ゆり恵が、恐々と彼の顔を覗き込んでいる。もちろん、それを見ていたまことと早苗も同様に「?」を浮かべていた。

 なんと説明すれば良いのだろうか。すぐに回答の出るものではなかったらしく今宮が口を閉ざしていると、


「ゆり恵ちゃーん」


 ユキがいつもの明るい声で、そんな彼女の肩に両手を置いてきた。


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