4:団扇作る季節に気合いを入れる



 お琴の音がその部屋を温かく包み込んだ。

 縦笛も、その音に反応するかのように音を響かせてくる。


 それは、シンクロとは違う現象。互いに互いの良い部分を前面に出し、薄くなっている箇所を巧みに隠している。故に、「完璧」な土台を作り上げているというようなイメージを、聞いている人々に植え付けてくるのだ。

 そこに、主役の踊り子が乗っかってくる。シャラン、と頭につけられた飾りがそれに合わせて揺れ動いた。


 踊り子の、どこか遊郭を思わせる派手な衣装もこのような場所では正装になるから不思議だ。触れられる距離にいるのに、それはどこまでも遠くにいるような錯覚を与えてくる。

 舞台にいる2人の女性の柔らかな身体が艶かしく、そして、憧れのような煌めきを残しながらその場を支配した。


「……綺麗」

「うん……」


 これまた美しい装飾の扇を広げ、お座敷にいる観客全員を魅了する2人。小さな背丈の方の踊り子は、水色の花が散りばめられた着物がよく似合っていた。

 そして、その踊り子は、


「血族技、桜吹雪」


 小さな声で魔法を唱える。

 すると、瞬時にお座敷中に淡い色をした桜が舞い落ちた。


 そう。この踊り子の正体は、ゆり恵。

 その華麗な舞は、訓練されているのだろうしっかりとした足取りでブレがない。演舞一族である彼女もまた、小さな頃から舞を習っているのだ。

 ゆり恵の隣には、真っ赤な着物に身を包んだましず子が。その舞台は、2人を中心に回っている。


 シャラン、シャラン。

 トンテントンテン。


 横笛や太鼓の音もまざり、華やかさが一気に増していく。4拍子から始まった曲は、いつの間にか2拍子になっていた。


「色彩」


 曲調が、拍子が変わるたび、扇の模様や形が魔法によって変わる。次はどんなデザインになるのか、考えるだけでワクワクが止まらない。初めの頃は騒がしかったお座敷は、誰もが口を閉じてその舞台へと目を向けていた。


「(すごいなあ)」


 ユキも、例外なく2人の舞に釘付けだ。

 あの華やかさを手に入れるまで、どれだけの練習を繰り返したのだろうか。いつも見ているゆり恵とは違う、ステージの上の彼女に目を奪われた。

 一方、ましず子は魔法を唱えずに扇子の色を自由自在に変えているのも見受けられる。魔力コントロールができているのだろう。ゆり恵との差が、そこではっきりとついてしまう。とはいえ、違いはそれだけ。動きも華麗さも、互いに引けを取らない。


「……」

「……」


 シンとしたお座敷に、シャンと涼しげな鈴の音が響き渡った。それは、フィナーレの音。

 すぐさま、大きな拍手は2人と演奏者へと贈られる。


「……こういう任務受けるのもアリだな」


 拍手をしながら、隣にいた風音が呟いてきた。

 魔法使いの任務は、幅が広い。故に、資料まとめや生態調査だけではなくこのような宴会の場所の手伝いも対象なのだ。


「たしかに。宴会系はかなり単価高いし」

「え、そうなんだ。でも、ゆり恵ちゃんしかできないよね」

「僕たちも、料理運んだりお酒注ぐことはできそう」

「桜田が嫌がると思ってやってなかったけど、親御さんに許可もらってやってみようか」

「いいですね!」


 血族技は、連続して何度も使えるものではない。それほど、魔力消費が激しいのだ。下界の魔力量では、せいぜい2回が限度。それ以上は、体調を悪くしてしまう恐れがある。

 それに、家業を任務にするのは本人が嫌がるケースが多い。故に、今まで受けていなかったようだ。


「魔力増強の演習組んでも良さそう」

「わ、私も増やしたいです」

「僕も」


 拍手に包まれて笑顔を振りまくゆり恵を見ながら、チームメンバーで今後の予定を話し合った。彼女の頑張りを目の前にしたためか、まことも早苗もやる気に満ちている。もちろん、ユキも。


「どうだった?」


 すると、踊り子の姿をしたゆり恵がこちらに向かってくる。相当体力を使ったのだろう、滴る汗の量がすごい。息を整えながら、嬉しそうな表情でそう聞いてきた。

 その晴れやかな笑顔は、とても気持ちの良いもの。やりきった人だけができる、独特の笑顔だ。


「すっごく良かった!」

「初めて見たけど、綺麗だった」

「ありがとう!」

「頑張ったな、綺麗だったよ」

「はいっ!」


 褒められて嬉しいゆり恵は、さらに頬を紅潮させる。風音がその頭を撫でると、それを気持ち良さそうに受け取っていた。


「ゆり恵はん、おおきに。助かりましたわあ」


 そこに、真っ赤な着物姿のましず子が来た。ステージで見るよりも、更に艶めかしく施された化粧が存在感を引き立たせている。その着物は、近くで見ると何枚か重なっているようだ。1枚1枚はそうでないにしろ、重なったそれはかなりの重量だろう。その重さを背負って、笑顔で舞台を踊りきった彼女は、やはりプロなのだ。


「こちらこそ……呼んでくださりありがとうございました」

「急に舞妓はんがお休みになりはってどうしよう思いましたけど、ゆり恵はんでよかったわあ」


 チームで夕飯へ行こうと思っていたところ、ましず子がゆり恵へ宴会のヘルプを出してきた。風音の顔色を伺いつつもそれを快く承諾した彼女は、すぐさま準備をして舞台へと立ったのだ。

 もちろん、まことと早苗も大興奮。夕飯が遅れることよりも、ゆり恵の舞台を全力で応援した。ユキなんか、「頑張ってね」と身体で応援 (ただ抱きしめただけ)するものだから彼女が真っ赤になりながら準備へと走ってしまう始末。とにかく、チーム全員でそれを応援し、都真紅桜田の共演が実現した。


「楽しんでできました。都真紅さんと共演できたと家族に自慢できます」

「魔法使いになっているのがもったいない実力ですわ」

「いえ、ましず子姐さんに比べたらまだまだです」


 ゆり恵も、学べることがあったらしい。真剣な表情で返答していた。

 いつもは自由奔放な彼女も、自分の専門になると態度が大きく変わる。それは、良い意味で彼女の魅力を引き立てていた。


「向上心があるのは若い証拠や。精進しとおくれやす」

「はい!」


 その元気な返事を聞いたましず子は、ニッコリと笑ってお客さんの相手へと戻っていった。

 その後ろ姿を、羨望の眼差しで見つめるゆり恵。どうしても、その距離は縮まらないらしい。しかし、指を加えて見ているだけの彼女ではない。今日の経験が、彼女の今後に役立つ日は近いだろう。


「すごく綺麗だったよ!」

「本当。ガサツなゆり恵ちゃんじゃなかった」

「ゆり恵ちゃん、お疲れさま」

「え……」


 チームメンバーが称賛や茶化しを入れる中、ユキが、ボーッとしている彼女を後ろから優しく抱きしめた。

 それは、ただ抱きしめただけではない。血族技を使った彼女の魔力を補填するため、周囲にバレないよう魔力譲渡も施してあげた。ポカポカと温かくなるも、それは「大好きな人に抱きしめられている」という事実に上書きされてしまうことだろう。故に、本人もその譲渡には気づいていない様子。


「……ユキくん、恥ずかしい」

「かわいい」

「ゆり恵ちゃん、真っ赤」

「う、ううるさいっ!」


 まことの茶化しに顔を真っ赤にしている彼女は、先ほど舞台に立っていた人物とは別のようだ。その変化に笑いながらユキが身体を離すと、


「ユキくん、ありがとう。ちょっとお客さんのところ行ってくる」


 と、ましず子に続いてお客さんの方へと向かっていく。こうして愛嬌を振りまくことも、踊り子として必要なこと。彼女は、それを理解しているのだ。


「夕飯はその後みんなで食べようか」

「はい!」

「もう少しここに居たい!」

「俺も、ゆり恵ちゃんの姿見ていたい」


 風音の提案に、誰も異論はない。

 ゆり恵の見たことがない一面に、全員エールを送っていた。




 ***




「はー、気持ちいい!」


 夕飯を終えたチームメンバーは、そのまま露天風呂に浸かっていた。ここは、女湯。故に、ゆり恵と早苗のみ。

 ゆり恵は、温泉に浸かると気持ち良さそうに背伸びをした。


「お湯に浸かるってこんなに気持ち良いんだね」

「いつも、湯船って身体洗うために立つところだと思ってたからすごいよね」

「うん、私も」


 早苗が、ゆり恵の言葉に相槌をうつ。

 他の客がいないので、貸切状態になっている。多少騒いでも、大丈夫そうだ。2人して足をバタつかせたり、手で水しぶきをあげてみたりと、その状況を目一杯楽しんでいた。


 動いているせいもあり、頭に巻いたタオルはすぐ解けてしまう。早苗が、ゆり恵のタオルを直しながら、


「ゆり恵ちゃんは、特技があっていいな……」


 と羨ましそうに呟いた。すると、


「私は早苗ちゃんが羨ましいけどな」


 と、言われたゆり恵が少しだけ反応に困ったような仕草を返してくる。それは、お世辞ではなく本当にそう思っている様子。両手の指先をクリクリとくねらせながら、恥ずかしそうに発言している様子からも伺えた。


「早苗ちゃんの血族技は戦闘向けだし、魔力も自然回復タイプでしょ?私、まだ自分の魔力回復方法知らないんだよね。ほら、私性格もガサツだから細かいこともできないし。早苗ちゃんは、初めてでも難なくできちゃうじゃん?それが私は羨ましい」

「でも……」

「もー、早苗ちゃんは自信がないんだから!それは、よくないよ」

「う、うん。……そうだよね」


 こうやって、ゆり恵は人の気持ちに寄り添うこともできる。すぐに言葉にできない早苗からしたら、それは羨ましいもの。しかし、やはりどう言ったら伝わるのかを考えてしまうためか言葉にはならない。ただただ、目の前で笑っている彼女の方を見ていることしかできなかった。


 誰かと比べること自体が、ナンセンスであるのは百も承知だ。しかし、やはり目の前のゆり恵が眩しく感じてしまうのはどうしようもない。


「良いところ伸ばしていこうよ」

「良いところ……」

「ほら、血族技もそうだけど。早苗ちゃんには遺伝の強い身体があるでしょ?魔力や体術のばしはまだまだできるよ」

「……うん。うん、そうだよね。そうだよ!」


 改めてゆり恵の凄さを知った早苗は、嬉しそうに彼女へと抱きつく。すると、今まで静かだった水面に波が立つ。

 すぐさま、ゆり恵も楽しそうに早苗へと抱きついた。


「早苗ちゃんのすごいところと私のすごいところ、一緒に伸ばしてこ」

「うん。一緒に頑張ろうね」


 今日で、2人の絆は深まっただろう。温泉とは、こういう時にも役立つのだ。




 ***



 一方、男性陣はというと……。


「…………」


 ユキの裸体は、完全に少年だった。まこととあまり変わらない。

 それを見た風音が、眉間にシワを寄せてなんとも言えないような顔をしている。男性の裸体を凝視したことがない限り、ここまで正確な身体を作ることはできない故に、だ。魔法とて、万能ではない。


「まこと、行こう!」

「うん!」


 何か言いたげな風音を置いて、ユキはまことを引っ張って浴槽へと行ってしまった。


「はあ……」


 彼らが浴室へと消えると、脱衣所にあった椅子にドカッと座った。その表情は、「どうにでもなれ」といったところか。マスクを外せない事情もあるので、ここで2人が出るのを待つのみ。

 大きめのため息は、彼の何とも言えない憂鬱さをあらわしていた……。


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