9:線香花火は着地点を彷徨う



 風音の言葉を聞いた3人は、全く同じ表情をして固まってしまった。よほど衝撃的なことを言われたらしく、大きく目を見開き口もポカーンと開けている。

 その顔を見た風音は、面白かったらしく珍しく笑い声をあげていた。


「たとえ大地が覆い隠そうと、 悪事は必ず白日のもとに……」


 そんな中。

 ユキはというと、いつもの調子で受付嬢を口説いていた。

 というか、昨日やっていたシェイクスピアの再放送見たな。そのセリフを、まるで舞台俳優のごとく口にしている。もう少しで、スポットライトでも出てきそうだ。


「……待って、今なんて言ったの?」


 この光景は、次の日のことである。

 昨日と同様にそれぞれの課で任務をすると思い魔警受付に集まったまことたちが、風音の唐突な言葉に驚いた表情をしたところ。しばらく固まっていたが、正気を取り戻したゆり恵が恐る恐る笑っている彼に向かって質問をする。しかし、若干1名それを妨害する輩が。


「たとえ大地が……」

「ユキくんの声も聞きたいけど、風音先生に聞いたのよ」


 と、流石の彼女も大好きなユキに構っている余裕はなさそうだ。ユキは、しぶしぶと3人がいるところに戻りソファに座りこむ。が、その手にはスマホが握られ、先ほど交換したのか受付嬢と連絡を取り合っているではないか。ちゃっかりしている。


「4日目は、オレと魔警の職員相手に実践するよって言ったけど何か?」

「無理に決まってるでしょ!」


 彼女の言葉に、首を縦に振る他の2人。早苗なんか、顔を真っ青にして頷いている。


「そうですよ、主界と下界じゃ怪我して終わりですよ」

「ウンウン (しかも、風音先生は影だし)」


 目の前で相変わらず眠そうにしている彼は、主界よりもずっと実力がある。それは、ユキだけが知っていること。

 やっとスマホから目を離したユキも、話に混ざるべくみんなの方を向いた。


「……私無理です」

「まあまあ、落ち着いてよ」


 みんなの言葉を聞きつつ、風音が両手を静止させるよう前に出してなだめる。やっと、全員が揃ったのでちゃんと話を始めるようだ。誰が揃っていなかったのかは、言うまでもない。


「ここ3日魔力を消費せずに執務に集中してもらった理由が、今日の実践なんだよね」


 と、先に理由を話し始めた。

 なお、ユキは相変わらず表情を変えずに口笛を吹いている。これでは、ただの問題児だ。風音がもはや相手にしていないところを見ると、扱い方がわかってきたのか。


「かなりの魔力が溜まってると思うし、それを使いたいという願望もあるはず。全力を出して欲しいから、今まで雑用をこなしてもらってたんだよね」


 それを聞くと、4……いや、3人はグッと言いたいことをこらえる。確かに、魔力は貯蓄ばかりだと身体に悪い影響が出るし、使いたいという衝動にかられるのも事実らしい。

 だからこそ、魔法禁止の場所で業務をこなしてもらっていたということ。3人は、納得するしかない。しかし……。


「(バンバン使ってる私には関係ない話だな。よって、実習を受ける必要もなし!)……ということで、俺はシェイクスピアを観に」

「天野も対象だよ」


 帰ろうと立ち上がったユキを、素早く止める風音。チッと舌打ちが聞こえたのは、気のせいと仮定して話を進めるとしよう。


「ちなみに、チーム戦にするから作戦をしっかり練ってから挑んでね」

「それならまあ……」

「うん……行けそうかも」


 と、チーム戦であることを聞くと多少安堵したようだ。3人は、顔を見合わせる。

 ユキはというと……


「うっそ!白髪!?」


 どこから出したのか問いただしたくなるほど大きな鏡で、髪の毛先を見ていた。


「なんだ、光に反射しすぎて白く見えただけか」


 ……放っておきましょう。そうしましょう。


「先生、使っちゃいけない魔法とかはありますか?」


 チーム戦と聞いてやる気を出したまことが、彼に向かって質問をした。その隣では、素早く早苗がメモ帳を取り出し書き込む準備をする。すると、


「んー、特にないかな。ルール作ると面倒じゃん」


 と、ことも無げに返してくる。その言葉に、驚く3人。

 アカデミーでは、どんな演習にもルールがつきものだった。そうでないと、違反者が絶えないため。そして、力を発揮したいからと無茶する人もいたため。


「え!だって先生怪我しちゃうかもしれないですよ」

「そうよ!」

「んー。下界の魔法使いにやられるなら、オレは主界を降りるよ」

「……っ」


 確かに、下界の魔力量はたかが知れている。

 アカデミーでは魔力増強を教えないし、そもそもの量が少ない。なので、大魔法を発動させることは実質不可能なのだ。


「もう!知らないからね!!」


 風音の挑発にカチンと来たらしいゆり恵は、睨みつけながら言い放った。ここまではっきりと物事を言われたことがないのだろう。しかも、容姿の怪しさマックスな人物に言われると、そのイラつきは倍増するに違いない。


「早苗ちゃん!まこと!ユキくん、やってやるわよ!!」


 初めは怯えていた早苗もやる気を出したようで、メモ帳を懐にしまうと


「打倒風音先生だね!」


 と言い、拳を固め気合を入れた。それに頷く2人。

 今にでも作戦会議が始まりそうな雰囲気だ。


「肌荒れするからやりたくない……」


 なお、ユキの声はみんなのやる気にかき消された。


「やる気になってくれて嬉しいよ。じゃあ、魔警からは瀬田さんが来るから。地下の演習場に向かおうか」

「は?」


 アリスの名前が出て、やっとみんなのような反応をするユキ。鏡から目を離して、説明をしている風音の顔を今日初めて見た。

 彼女が来るのはもちろん嫌だがそれよりも、魔力増強専門の人と主界の人が組んで演習に参戦するのはフェアではない。下界魔法使い相手なら、なおさら。

 それだけ、特別な演習なのだろうか。何も説明を聞いていないユキには、わからない。


「それはちょっとずるいんじゃないの?」

「どうしたの?」


 と、小さな声で咎めるも、聞こえた人はいないだろう。風音も、特に表情を変えずに……いや、ユキの手に持っている鏡にため息をついてはいるが、特に変わった様子はない。しかし、隣にいたゆり恵はその表情の変化に気づいた様子。それを無視し、


「よーし、頑張るぞ!」


 と立ち上がり、何事もなかったかのようにいつものユキに戻る。

 ここまできたら、まあなんとかなるでしょう精神でいるしかない。


「「「おー!!!」」」


 3人も、ユキに続けて拳を上にあげた。




 ***




「お!来た来た。よろしくね」


 魔警専用の演習場には、執務室で会ったようなパリッとしたスーツではなく、スポーツウェアのような動きやすいものをまとったアリスが立っていた。高めに結ばれた髪の毛が、彼女の動きに合わせて揺れる。そんなアリスを、早苗が憧れの眼差して見ていた。

 周囲を見渡しても、他に演習場を使っている人はいない。今日は、ここを貸し切ったらしい。


「昨日はこいつが失礼しました」


 風音は、昨日の2課での騒ぎを聞いている。もちろん、「瀬田アリスが倒した」と。ユキが、勝手に魔導書か何かを触って術を発動させてしまったとでも思っているのだろう。


「いいのよ、良い実践になればそれで」


 と、ユキの方を気にしながら言うアリス。何もかも任せっきりにしてしまったので、多少後ろめたいらしい。それを聞いても、ユキは何も言わず。昨夜、お詫びと称して部屋に高級美容液を持ってきてくれたのだ。文句は言えない。

 それよりも、髪の毛に枝毛があるかどうかの方がはるかに大事らしい。


「ということで、今回の大まかな流れを説明するね」


 風音が仕切り直してそう言うと同時に、アリスは魔法を展開させる。まばゆいほどのオレンジ色をした光が彼女の手から徐々に広がり、その空間を支配していった。

 オレンジ色の魔法は、「強化魔法」の類。こういった、簡易フィールドを作ると出現する。今回は、それに幻術が組み合わさっているようで、少しだけ赤っぽい光になっていた。


「わあ!」


 光が消えると、その空間は森の中に早変わりした。これは幻覚と合わせたフィールドで、その辺の草木を触っても本物と同じ触感があるほど高度な魔法だ。維持するのにも魔力を費やす。


「ここが、チーム戦をする場所ね。ルールはさっきも言ったけど特になし。好きに色々やっていいから」

「はい!」

「わかりました」


 今まで見たことないようなフィールドに興味を示している3人。しっかりと先生の話も聞いているようで、返事を返す。なお、毎度のことだが若干1名はさほど興味のない様子。ユキを置き去りにし、


「でも、何か勝敗を決めるものが欲しいよね」

「確かに。闇雲に攻撃しても……ね」

「先生、それだけ決めてよ」


 と、演習らしい話になってくる。そのやる気の出し方は教師として嬉しいらしく、風音が満足そうな表情……と言ってもやはり顔上だけだが……を見せた。少し考えて、


「そうだな、……じゃあ、オレのこれを取ったらお前らの勝ちってのはどう?」


 そう言って、顔に付けっ放しのガスマスクを人差し指でトントンと叩いてきたではないか。それを見た3人は、大きく表情を一変させる。


「(勝つ!)」

「(勝つ!)」

「(勝つ!)」

「(俺ってカッコいいいいいいいいいいいい)」


 と、ほぼ同じことを考える4人。ユキは、風音の説明を聞かずに相変わらず鏡を見ている。

 いつまで見ているのでしょうか。そんなに枝毛があるのか?いや、どの角度から見たらその魅力が伝わるかの実験中といったところか。


「ユキくん!勝つわよ。ちゃんと話聞こう?」


 ゆり恵のやる気がすごい。いや、他の2人もか。

 そんなに、みんな風音のマスク下を気にしているということか。とはいえ、ユキもそのマスクの奥を見たくないわけではない。


「うーん、ゆり恵ちゃんがそういうなら聞こうかな♪」


 と、鏡を見ていたユキは、ポケットにしまい風音とアリスの方を向いた。やっと4人が同じ方を向いたため、風音が


「とりあえず、みんな死なないでね」


 と言って、薄い殺気をまとってきた。彼なりの挑発か。

 効果があったようで、それだけで3人は怯えてしまう。無理もない。アカデミーで殺気を出している人はいないため、慣れていないのだ。

 そんな緊張感が漂う中、ユキはというと……。


「(かなり手加減してるな)」


 と呑気なことを考えていた。いや、それではいけないと思ったのか、


「え!俺死にたくないからやっぱり……」


 と、みんなと同様に怖気付いたような態度を取り始める。

 ……違うな。ユキのことだ。めんどくさいことをしたくない、が本音だろう。


「そんなこと先生はしないよ」

「そうよ、道徳が欠けちゃうじゃないの」

「いや?ここで死ぬくらいなら実践で魔法は使えない。死んでも問題ないと思ってるよ」


 小馬鹿にしたように、にっこりと笑ってくる風音。その発言に、アリスも何も言わない。無表情で、生徒4人を見つめていた。

 早苗が、その雰囲気に飲まれ怯えながら後ろに下がる。草の茎を踏んだようで、パキッと乾いた音がリアルに響いた。


「(大丈夫、誰も死なせないよ)」


 ユキは、そんな彼女の背中を優しくさする。ゆっくり、落ち着かせるように。

 びっくりした早苗と目が合うと、微笑み返した。その優しさに、緊張していた彼女の肩が少しずつ下がっていく。


「あ。そうそう、勝ったら焼肉奢ってあげようかな。新しいチームでの親睦会も含めて」

「よっしゃー!きばってこー!」


 肉につられたユキ。

 先ほどの態度から一変し、なんなら、元気に準備体操をしだす始末。そうだよね、美容にタンパク質は大事だもんね。「他人のお金で食べる焼肉」は美味しいもんね。


「みんな!風音先生のマスクを炙って焼肉するぞ!」

「ぷっ……」


 という若干脅迫じみたユキの言葉に、まことがとうとう吹き出した。いや、ゆり恵も、早苗もか。

 誰が最初にやったのかはわからないが、4人は改めて手を差し出しそれぞれ重ね始めた。


「勝つぞ!」

「「「おー!」」」


 それを見た風音とアリスが微笑んでいる。


「オレも本気出していくので、よろしくお願いしますね」

「そうね。マスク取られたら大変だもの」

「……」


 と、彼のマスク奥を知っているのか。アリスが意味深な言葉を口にしながら差し出された手を面白そうに眺めている。


「風音くんも、気を抜かないでね」

「承知」


 その手に自分の手を重ね叩くと、彼女も薄い殺気を出し戦闘態勢を整えた。

 そして、互いに向き合いスタート地点へ。


「じゃあ、スタート」


 気だるい風音の声で、チーム戦が始まった。


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