8:光を求めて②



 そのまま連行され隣の部屋に行くと、箱のようなものが複数机の上に並べて置かれていた。

 先ほどいた部屋より広く、空気が冷たい。まるで巨大な冷蔵庫にでもいるような感覚になる。窓の外も明るいし電球も付いているのに、どこか薄暗い感じが漂っていた。


「……狙って登場しただろ」

「まあね〜。遊んでばかりだと実習にならないでしょ?」


 彼女は、皇帝直属の管理部に所属しているユキの仲間。が、表向きは魔警2課所属で、その立場は公表されていない。皇帝の足となって、裏で情報を得るのが仕事だ。

 ユキが管理部に入ったときにすでに彼女はいたのでまあ、ユキにとって「先輩」という立場になる。


「はあ……。にしても寒いね」


 ユキは、部屋に入った瞬間にこの異様な寒さの原因を察していた。


「これ、最近多いのよ。封印してあるからこれで済んでいるけど、もっとひどかったんだから」


 アリスが「これ」と言っているのは、机の上に置かれた呪術がかけられているであろう小さな箱。前回、早苗が見つけたものよりさらに強力な呪術がまとっていて、どす黒い臭気となって漂っている。


「この感じは、タイルの呪術だね」

「あ、やっぱり?」


 呪術にも種類があり、人を呪うことに長けているものや、攻撃的なものもある。ここにあるのは、前者寄り。下手に触れると、精神干渉によってただでは済まないだろう。


「もううちの課の5人がやられてるのよ」


 犠牲者が出ていると聞いてしまえば、このままにしておくわけにも行かない。ユキは、ため息をつきながら箱に手を伸ばす。すると、それに反応したのか箱はカタカタと音を立てて動き出した。


「はあ、これは皇帝に報告済みなの?」

「今宮には言ったわ」

「ってことは、知ってるか」

「あんたは聞いてなかったの?」

「……まあ、俺いま別任務で動いてるからね」

「なるほど。じゃあ、ちょっと手を貸すくらいなら良いわね」


 この気軽さが、断れない要因だ。「今日は天気が良いね」レベルの会話に無理難題をぶち込んでくるのがアリス。口術が得意だからある程度は仕方ないにしても……。


「開けるよ。覚悟して」


 そういって、ユキの同意を得ないまま箱を分解した。


「はあ、わかったよ」


 ため息交じりに、ユキは簡易的なフィールドを作る。が、思っていたよりも素早く箱から何かが飛び出し、こちらに向かってきた。


「解呪」


 それに向かって手を伸ばし、光の球体を出しぶつける。しかし、その球体が黒い何かに吸い込まれ再度勢いよくユキに接近した。


「あ、それじゃ解呪できないから」

「それを早く言ってよ!!!」


 軽く考えていたユキは、黒い物質に焦りおおきく振りかぶって蹴りを加えた。すると、黒いものは狼のような形に変化する。唸り声まで、狼そのもの。それは、目の前に立ちはだかり一瞬の隙も見せず牙を向けてくる。

 ユキは、ため息をつきながら身構えた。



 ***



 その頃、まことは黙々と書類整備をしていた。昨日に比べても多い書類の数に、魔警の大変さを実感する。


「(これを毎日こなすって相当な集中力が必要なんだろうな)」


 まことは、桁外れの集中力を持つ。その分、周囲の音を完全にシャットダウンしてしまうため、あまりアカデミーでは使わないようにしていた。その集中力は、父親譲りだ。


「藤代さん!」

「……なんだい!」

「ちょっと集中するので、話があった場合テレパシー送ってください!」


 書類の山に囲まれているため、自然と互いに声が大きくなる。

 テレパシーは、送る方が魔力を消費する魔法。少ない魔力でできる魔法なのだが、発動が細かくて難しい。まだ、まことはできなかった。

 しかし、下界魔法使いでも受け取る分には問題ない。この程度の魔力なら、魔警で使っても大丈夫だろう。


「わかったよ!よろしく!」

「はい!」


 早く綺麗に片付けないと。

 まことは、集中すべく瞑想するように目を閉じた。



 ***



 一方、ユキはというと……。


「いやー、見事見事」

「はー、肌荒れどうしてくれんのさ」


 黒い狼は、煤のようなものを残して消え去っていた。ユキが、間一髪飛び出てきた魔物を退治したのだ。その床には、点々とした黒い何かが残っている。

 当の本人は、頬についた黒い煤を気にしていた。


「相変わらず、見惚れるわぁ」


 アリスは、先ほどと変わらない様子でユキの隣に立って拍手をしている。そんな彼女を、ユキが睨む。


「あのねえ!ちゃんと情報ちょうだいよ!」

「あら、だって実習なんでしょう?少しはお勉強しなきゃ」


 しれっとした態度でそう言い放つものだから、ユキがイラッとするのも仕方ない。しかし、ユキにも今の魔物は退治すべきものだったので何も言えず。そして、先ほどまで遊んでいたのは事実なので後ろめたさもあり。


「だからってね!」


 と、文句は言うものの、本気ではない。そう言って、部屋に張り巡らしたフィールドを解除した時だった。

 奥にあった少しだけ大きめの箱が勝手に開き、猛スピードで光のある方へと移動してきた。


「!?」

「!?」


 突然の事態に、固まるユキとアリス。先ほど狼になったものより、さらに大きな塊が部屋の中を駆け巡る。


「あー、もう!」

「……なにあれ」

「え、知らなかったの?」

「……少なくとも、さっきまではなかった」

「……とりあえず、考えるのは後で」

「え、ええ……」


 どこから出てきた箱なのか。誰かが置いていったのか。疑問は残るものの、それを考えるのは今ではない。

 隣には、護衛対象であるまことがいる。傷ひとつつけないようこの部屋で仕留めないといけない。


「次は、手伝ってよ」

「もち」


 アリスは気をとりなおし、ユキの後ろに移動した。


「思う存分暴れて!」


 そういうと、ユキに向かってオレンジ色の光を当てる。

 これは、魔力増強の魔法。光を当てられた人物は、所持する魔力を最大限発揮できる。彼女の得意技だ。ユキは、これ以上に強い光を放つ増強魔法を知らない。それほど正確で強力な魔力を供給する彼女も、管理部の人間なのだ。


「言われなくても!」


 続けて動いたユキが魔力が漏れないよう急いでフィールドを展開し、再度身構え距離を取る。

 黒い物体は、またしても真っ黒い狼に変化した。低い唸り声が部屋全体に反響し、耳に残る。フィールドを作らなければ、その声は隣に聞こえていただろう。

 それだけではない。寒さが一層増し、鳥肌が全身にあらわれる。しかし、ユキにとってその寒さはさほど問題ではない。


「後で美容液おごってよね!」

「はいよ!最高級のやつ期待してて」

「おっしゃ!」


 と、この場にそぐわないような約束をさせると満足したのか、笑いながら狼に向かって走り出した。

 狼の背中を足で蹴って飛び上がると、両手を広げて針の雨を食らわす。その針は、狼に向かって一直線に突き刺さっていく。


「フィックス!」


 ユキがそういうと、複数の針が結合し狼の足を捉えた。


「ダメか……」


 しかし、すぐにそれは解消されてしまう。マキビシのように針が床に散らばっているが、狼に効果はないようだ。

 魔法を当てる対象には、属性が存在する。ドス黒い臭気をまとっていれば、十中八九闇属性だ。この属性には、付属効果のある物理魔法は効かない。

 瞳孔を見開いたユキは、それを確認すると手からナイフを取り出した。それを見たアリスの表情に、緊張が混ざる。


「……っ」


 オレンジ色の光はユキを照らし続ける。しかし、目の前の人が繰り出す痛いほど鋭い殺気に押されて、光が揺らいでいく。

 この殺気が序の口であることは、よく一緒に戦闘へと駆り出されるアリスがよく知っている。


「ちょっと、足固定しといてね」


 ユキがアリスにそう指示を出してきた。

 これは、彼が戦闘体制に入る前のセリフ。それを聞いたアリスは、慣れた手つきで光を送りつつ自分の足首と膝を魔法で素早く固定した。


「……OK」

「んじゃ、始めますか」


 そう言ってユキが笑うと、アリスの瞳から涙が流れ出した。彼女の意思とは関係なく、それは流れ落ちる。

 彼女の目の前にいるそれは、ナイフを握りしめると誰もが逃げ出したくなるような殺気をまとった。そいつは、ただただ怖いバケモノのように映る。ピリピリとした空気は、肌に鋭く突き刺さり寒さでできているものではない鳥肌が止まらない。

 これは、どんな精神干渉の比ではない。大抵の人であれば、怖さに気絶するレベルだろう。

 この状況に多少慣れてはいるアリス。それでも、恐怖で涙が止まらない。これ以上に強い殺気を出せることも知っているが、それに慣れることはない。きっと、これからも。


 この姿が、管理部の「天野ユキ」というバケモノなのだ。


「逃げたい、逃げたい」


 そう小さく呟くも、ユキに魔力増強をし続けないといけない。彼女は、その使命感だけで両手を前に突き出し立っていた。

 逃げ出したい気持ちは、自分でかけた固定魔法によって拒絶される。


「…………」


 そこに、いつものユキはいない。カッと瞳孔を見開きまばたきひとつせず、狼を見つめ構えた別の人。狼は、その殺気を感じ取っているようでピクリとも動かない。

 先に動いたのは、ユキだった。猛スピードで狼との距離を詰め、動脈部分を狙う。


「ちっ……」


 捉えたと思ったが、数センチずれてしまったようだ。狼は、そのチャンスを逃さずにユキの首へと牙を向ける。

 ナイフを持っていない方の腕でそれを防ぐユキ。その衝動で、がっつり腕の肉を持っていかれてしまった。ブシュッと濡れた音がすると、真っ赤な血が四方に飛び散る。

 同時に、周囲に置かれていた机や椅子が壁際にぶち当たる。フィールド効果か、隣の部屋の人が心配して見にくることはない。


「ぐっ……」


 痛みに一瞬顔を歪めるが、接近した狼の頭を狙ってナイフを突き刺した。すると、この世のものとは思えないうめき声が部屋に響き渡る。


「……まだだわ」


 そう、ユキにもわかっていた。

 突き刺したナイフを引き抜き、距離を開けると、素早く傷ついた腕に回復魔法をかけた。

 目の前のバケモノには勝てないと思ったのか、狼はうめき声をあげながら黒い球体を後ろにいたアリスに向かって投げつける。それを素早くバリアでいなすユキ。攻撃力の低い彼女に怪我をさせるわけにはいかない。


「来いよ、俺を殺したいんだろ?」


 ユキがそう挑発すると、狼がかぶりつくように向かってきた。

 と、その時。


「瀬田さん、終わりました」


 まことの声と共に、隣の部屋に繋がる扉が開く。


「!?」


 薄いフィールドなので、精神干渉はかけていない。ユキの失態だった。

 まことの姿を確認すると、誰の目にも止まらないほどのスピードを出して素早く狼の首にナイフを入れる。

 魔力消費が激しいので、この技はあまり使わないのだ。しかし、今は仕方ない。その瞬間、瞳が黄色く光る。同時に殺気を緩め、アリスを前線へと持っていった。彼女は、それに気づき狼の呼吸器官を塞ぐ魔法を放つ。


「……?」


 まことは、目の前で何が行われているのかよくわかっていない。むしろ、ユキの殺気でやられたのか一歩も動けないようだ。足を棒のようにして、指一本動かさない。


「…… (失敗した……)」


 彼を怖がらせてしまったのではないか。

 ユキは、この後どうすればいいのか、必死に考えを巡らせた。音を立てずにゆっくりとフィールドを消し周囲の戦闘跡を無くすと、狼は先ほどと同じく煤になって消えていく。ちらっとまことの顔を覗くも、机の配置や敵の消滅に気づいた様子はない。

 ひとまず胸を撫で下ろし周囲を確認すると、放心状態に近い彼女の姿を捉えた。急に殺気を切ったためだ。


「瀬田さん、すごいよ!俺感動した!」


 いつもの調子で、ユキがアリスに話しかける。その瞳は、いつもの黒色に戻っていた。


「ユキ……。何が、あったの?」


 彼もまだうまく動けないようで、扉の前でユキに質問してきた。これ以上、部屋の中に入ってくる気力はないらしい。


「俺がしくって、呪術が発動しちゃってさ。瀬田さんが追い払ってくれたんだ」


 ユキは、その足取りで放心状態の彼女の肩に触れる。まことに気づかれない程度に回復魔法をかけ、動けるようにしてやった。


「……ごめんなさいね」

「ん。今のは、仕方ない」


 すると、珍しくアリスが謝ってきた。小さな声で、まことに聞こえないように。

 それを軽く流し、ユキは固まっているまことの方へと向かう。テレパシーで、アリスへ「ありがとう」と飛ばすと、彼女の安心したような笑った顔が見えた。そして、


「はー、怖かったよ」


 と、怯えたような声を出した。

 この切り替えは、さすがといったところ。気の利かせ方も、12歳のものではない。ユキは、それほど修羅場をくぐり抜けているということか。


「僕もびっくりだよ。でも、ユキでも焦ることあるんだね」


 と、まことが笑った。その笑顔に、ユキが安堵する。こういう状況で笑えるのは、精神的なダメージが少ない証拠。


「えー、俺だって人間だよ」

「まあね。でも、いつも余裕で羨ましいよ」

「…… そう見えるなら嬉しいな」


 ユキだって、人並みに焦る。しかし、それが人前に態度として現れないだけ。

 まことの言葉に、どう返事して良いかわからず。模範解答のような言葉を口にするだけにとどめた。


「(私は、あなたが傷つけば焦るし悲しむよ。余裕なんてない)」


 ユキは大切な人を作らない。

 抱え込んでしまうから。みんな傷つけないように守りたくなってしまうから。

 悲しむのは任務だからだろうか?その答えが、ユキにはわからなかった。それよりも今は、彼を怖がらせていなかったことに安堵した。


「さて、もう気配がないから大丈夫!今のことを藤代さんに報告するから、そっち行きましょう」


 いつもの調子に戻ったアリスが、2人を促す。先ほど急に出てきた2回目の箱について、これから調査が行われるのだろう。

 しかし、それはユキの任務外。首を突っ込まない方が良さそうだ。


「はーい」

「わかりましたー」


 その声に、素直に従う2人。

 隣の部屋に移動すると、藤代が焦ったようにかけてくるのが見えた。


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