7:眩いほどの灯火は、希望か絶望か①
「…… (とうとう、来てしまった)」
死体解剖チーム、通称解体部は、安置室も兼ねているので魔警地下に存在した。そのためか、パッと見は薄暗く今にでもお葬式が開かれそうな空気感が漂っている。
ここに所属する人たちは、犯罪者の遺体を解剖するのが主な仕事。その中には、隣国のスパイやユキが暗殺した人も含まれている。
毎日少なくとも10体以上は人間を解剖しなければいけないので、並みの神経では務まらない。大抵は、1ヶ月も経たずに精神をやられ他の課へと去っていく。
「オレについてくるだけで良いからね」
余計なことは口にするな、と言いたいのだろう。……ユキに、それは無理だ。
「はあい」
と、誰が聞いても建前だろうなという感じの空返事をするユキ。そんな返事でもまあ納得したのか、風音は無言で目の前の扉を開ける。重そうな扉だが、割とスムーズに開いた。
瞬間、アルコール臭が鼻につく。中は手術室のような作りになっていて、ここで遺体の解剖や検証を行っていくのだ。常に清潔な環境を保っていないといけないため、掃除も彼らの大事な仕事である。
もちろん、遺体解剖だけが仕事ではない。作業台の隣にあるPCにデータを保存し、皇帝や魔警への転送資料としてまとめるまでが解体チームの仕事となっている。他、遺体の記憶媒体の吸い取りや薬物の成分分析まで、その仕事内容は幅広い。
ユキは、皇帝の用事で何度も今宮とここに来ているため、その仕事内容は知っていた。が、このチームとの接点はそれだけではない。
「千秋は?」
入るなり、風音が入り口にいた女性の研究員らしいに話しかけた。すると、
「奥で来客対応してます」
決して、目を合わさず。書類に没頭しながら、ぶっきらぼうに答えてきた。仕事が押しているのだろう。その間も、何度も時間を気にしている。
「ん、ありがと」
そんな様子の研究員の肩をぽんと叩くと、そのまま奥に入っていく。それに応えるように、彼女は一礼し、読んでいた書類を抱えて部屋を出て行った。
ユキは、目の前にある作業台をにらみつつ前を行く彼に続く。
実は、この手術室の作業台で解体されそうになったことがある。彼女にとって、数少ない恐怖体験のひとつだ。
風音が奥の扉を開くと、そこには白衣をまとった千秋と……。
「え?」
「あ?」
「ん?」
「はあ!? 」
なぜか、今宮がいた。来客とは、彼のことだったようだ。その周囲には、資料が散らばっている。何かの打ち合わせをしていたらしい。
ユキは、その様子に思わず変な声をあげてしまう。
「やっほー、ユウト。定期検診だよね、ちょっと待ってて」
千秋が立ち上がり、こちらに来た。今宮は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐにいつもの表情に戻り会釈をする。
「ん。……今宮さんもこんにちは」
「こんにちは、ユウトさん」
「あ、ユキも来たんだあ」
風音の後ろに隠れていたユキにも手を振ってきた。が、振り返しはしない。管理部ではない彼に、この関係性がバレるわけにはいかないからだ。流石に不審に思った風音が、口を開く。
「……こいつと知り合い?」
「人違いだと思う。俺、有名人だし」
千秋に聞いたのだろうが、それをすごい勢いで返すユキ。その返答でやっと察したのか、
「んー、まあそんな感じ」
と、彼女もユキに合わせてくれた。
「ふーん」
納得しきっていないが、これ以上追求する気は無いようだ。ソファに座っている今宮がホッとしているのが見える。
「そちらは?」
ユキが、座っている今宮を指して風音に聞く。聞かないと、怪しまれそうな雰囲気だったためだ。千秋と違い、その辺の空気は読める。
そのタイミングで今宮が立ち上がり、
「皇帝直属の管理部で付き人をしています、今宮と申します。以後よしなに」
「よ、よろしくお願いします」
と、一礼してきた。そのお辞儀は、45度の角度をしっかりと保っている。
その生真面目さになぜか後ろめたさを感じてしまったユキは、しどろもどろになりながら声を絞り出して挨拶する。今までふざけていた反動だろう。
「今宮さんは真面目だなあ」
その様子を笑う千秋。
どうやら、彼の真面目さは全員共通のようだ。
「では、先ほどのスケジュールでお願いします」
居心地が悪いのか、そのまま今宮は帰ろうと資料をかき集め始めた。それは、ユキにとっても好都合。なんせ、居眠りしていて連れてこられたなんて知られたらどうなるか。彼との付き合いが長い分、よくわかっている。きっと、ゲンコツがいくつか飛んでくるだろう。
「ほいほーい。3体だからサクッと終わるよ」
と軽く発言する様子は、なんとも言えない物騒さが滲み出る。
いや、 犯罪者の解体作業の話だかられっきとした仕事だ。ただ、彼女が発言するとかなり物騒に聞こえるのは否定できない。実際、ここにいる全員の顔が歪む。
「あ。それ、こいつにも見せて欲しいんだけど可能?」
「!?」
「!?」
風音が隣にいたユキを指差しながらそう発言してくる。その言動に、ユキと今宮が驚きの表情を見せたのは言うまでもない。が、言った本人は気づいていない様子。
「余計なことするな」と言っておきながら、これだ。千秋の性格を熟知していれば、こんなこと言わないはずなのだが……。風音は、あまり深く彼女と付き合っていないのだろうか。まあ、管理部にいないと彼女のマッドサイエンティストな面を見ることはないので仕方ない。
「え、まじ?ならすぐ終わるよ。今宮さんここでユウトと待ってて」
千秋の瞳がキラッと光った。きっと、「見せて」は聞こえていない。やらせる気満々だ。
風音の頭の上にはてなマークが浮かぶも、それを気にしちゃいない。彼女は、エンジンがかかると周りのごちゃっとした情報が頭から抜けてしまう。
すぐさま部屋にあったキャビネを開け、いくつか分厚い刃物を取り出すと、嬉々とした表情でユキを引っ張って作業台へ向かって行く。そのスピードは、あのユキが口を挟む余裕もないくらいだから、相当と言えるだろう。彼女の綺麗に縛られたツインテールが絵のように揺れ動きそのまま消えてしまった。
今宮があちゃーっとした顔をしてたが、それも風音に見えていない。
「やっぱ知り合いっぽいっすね」
どかっと、今まで千秋が座っていたソファに腰を下ろす風音。その口調は、現状起きていることに「納得いっていない」と言っている。やはり、怪しまれているようだ。
「さあ、あの子何か問題でも起こしたんですか?」
「実習中に居眠りしてたから、補修の意味を込めて連れてきました」
風音の言葉に、今宮はピクッと眉を動かし、資料を揃えていた手を止めた。少し、殺気立っているのは気のせいか。
これは、後でこっぴどく怒られるぞ……。
「そうなんですね。……でも、そんな子に千秋さんの仕事見せても意味がないような」
「いや、アカデミーの試験も満点だったし、何かと作業もできるし学びはあると判断したまでです」
今宮が変に笑顔だ。
皇帝がサボった書類を大量に発見した時と似ている。しかし、その変化はあまり親しくない風音にはわからない。
「(だから満点はいけないとあれほど……!)」
【速報】ユキ、げんこつ確定。
「……なるほど。千秋さんが好きそうな顔立ちだし、悪いようにはしないでしょう」
「ですよね。良い勉強になると思ってます」
「ユウトさん、最初は教師なんてと言ってたのに。なかなか、サマになってますよ」
「……ガラじゃないですよ」
と、少し長くなった前髪をいじりながら答える。
彼の赤茶色に輝く髪は、全体的にウェーブのかかった癖っ毛。なので、短くすると大変なことにしまうらしい。長めにして後ろで縛るしか、方法がない。
切りたいが、切った後のセットが面倒のようだ。元々めんどくさがりな面を持つ彼は、容姿に無頓着ということもあり……。
その様子を見て、今宮が小さく笑った。
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