6:日常が照らす光



 次の日。2日目の魔警勤務が始まる……。

 ゆり恵と3課を担当することになったユキは、資料分けと備品整備に勤しんでいた。昨日と比べて落ち着いている課のようで、おしゃべりはあるものの声のトーンは低めだ。

 なお、2課には早苗とまことが行っている。


「ユキくん、これそっち」


 ゆり恵は、テキパキと仕事を進めている。昨日でだいぶ慣れたようだ。その手慣れた動きは、他の職員とさほど変わらない。


「はーい、よろしく〜」

「ありがとう」


 彼女の楽しそうな姿を見て、邪魔しちゃいけないなと思い真面目に勤務するユキ。……ちょっと不気味だ。


 3課は、強盗などを担当している部署。未遂のものも含めると、違法魔法の取り締まりよりもはるかに件数が多い。これを日々消化しないといけないのはかなりきついだろう。

 中には、冤罪も混ざっている。魔法でも、その区別をつけるのは難しい。


「資料箱いっぱいになったから、別の持ってくるよ!」


 ユキは、そういうと満杯になった箱を重そうに抱えて……いや、よく見るとバレない程度に魔法で浮かせてる!


「ありがとう!ユキくんは力もあるのね……素敵」


 騙されないでーーー。


「女の子にさせるわけにはいかないからね」


 と、いつものモテ全開の笑顔で対応するものだから、ゆり恵は顔を真っ赤にさせながらクラッとしてしまう。……いや、3課の女性陣がクラッとしている。


「ユキくん、かわいい」

「弟にしたい……」

「いや、結婚……」


 ここでも、ファンクラブができそうな勢いである。


「(資料整理ってやっぱ平和だなー)」


 パラパラと資料を読みながら、ユキはそんなことを思っていた。

 ちょっと、気が緩むのもわからなくない。特に、3課は雑務が多くアルバイトが多数在籍している。誰にでもできる仕事が多いのだ。

 もちろん、在籍職員はそうもいかず。相談窓口の対応や実際現場に行って実況見分をしたりと大忙し。それを記録するのも大変だろう。


「ユキくん、これであとは備品整備だけだよ」


 予定よりだいぶ早めに資料整理が終わった。昨日のようなトラップ資料もなく、煩雑していないのでまとめやすかったため。


「ゆり恵ちゃん、さすがだね。俺、何もしてないよ」

「え、……ユキくんたくさん仕事してくれたじゃない」


 そうね。

 魔法でギリギリに浮かせて重たい資料を重そうに運んだり(違法)、翻訳カードを魔法で解読したり(違法)、誰も見ていない時を狙って魔法で資料を分別したり(もちろん違法です)。


「そうかな……ゆり恵ちゃんは優しいね」


 と、これまたか弱そうな笑みで、またゆり恵の心を鷲掴みにする。暇だからなのか、完全に遊んでいるではないか。


「ユ、ユキくんったら……」


 魔警内では、敵襲に備え雑務の魔法を禁止している。それだけでなく、外部からの魔力を感知するためもある。その点、ユキの魔力は安定しているので分散も可能。使ってもバレることはまずない。


「じゃあ、備品整理も一緒にしよ?」

「は、はい!喜んで!」


 ゆり恵の頬が紅潮する。いや、その様子を見守っていた女性陣の頬が(以下略)。

 その流れで、2人で周囲に散らばる文具やPCのHDD資料まで様々な備品管理をかたっぱしから進めていった。


「昨日のまことくんも優秀だったけど、ゆり恵さんとユキくんコンビのスピードも良いわね」

「3課はチームワークが重要だからね」


 そう、ここで学ぶのは「チームワーク」。ユキは、ここで働く意味を初めから分かっていた。下界になり始めの人が初めて受ける任務が魔警でのオフィスワーク。それを、皇帝直属であるユキは誰よりもよく知っている。

 3課が、チームワーク。2課が集中力と忍耐力を鍛えられるところと、皇帝から口酸っぱく知らされてきているのだ。


「こんにちは」


 黙々と作業しているところに、風音がやってきた。相変わらず眠そうな顔をしている。


「あ、先生!」


 ゆり恵は、手に持っていたハサミを備品箱に入れ風音に反応する。一方……。


「……」


 ユキは、無視して作業を進める。昨日の夜、彼に会っているのだ。バレるのではないかと気が気でない。


「お疲れー。進捗見にきたよ」


 3課の人は、部屋に入ってきた風音に向かってすぐに敬礼をした。彼らは、風音が主界と知っているのだろう。

 本来であれば、「影」なのだがそれは特別任務を受けるときのみ。通常は、主界の魔法使いとして国に登録されている。

 ゆえに、風音も主界の魔法使い。容姿も容姿なので、一種の有名な人として名が知られてるのだろう。


「ゆり恵さんもユキくんも優秀よ。本当にアカデミー卒業してきたばかり?」

「本当!ユキくんの美貌といったら」

「ねえ!あのお肌はケアを怠ってない賜物よ!」


 話が逸れている。


「んー、良い感じだな」

「先生、少し早めに終わりそうです」


 ゆり恵が、備品を片付けながら進捗を話す。一方……。


「……zzz」


 ユキは……いつの間にか寝ていた!


「そうかそうか。頑張ったな」


 気だるい風音の顔がにっこり笑う。目元しか見えないので、口は笑ったかわからないが。その視線は、ゆり恵にしかいっていない。


「(先生も結構イケメン……?)」


 風音の笑みに、ゆり恵が反応する。そうだよね、イケメン大好きだもんね。


「で?」


 そんな頑張りを見せてくれるゆり恵から目を離し、眠っているもう1人の生徒と向き合う風音。今にでも、そのマスク越しからため息が聞こえてきそうである。


「あいつは?」


 ユキの寝姿は、天使そのもの。中途半端になった備品管理が積み上げられている中で寝ていた。

 日差しがちょうど本人に当たり、スポットライトのようになっている。……絶対狙って座って寝ている。


「え、あれ。さっきまで起きてたんですけど」


 と、彼女が戸惑うように答えるも、その目はしっかりハートマークになっているのだから救えない。


「はあ……」


 3課の女性陣は、こんなチャンスを逃すわけもなく。写メの嵐である。


「おい、天野。起きなさい」

「んー……」


 風音の声に反応しているのか否や。耳元で声をかけるも、起きる気配はない。


「こうちゃん……それパンツ……」


 夢に反応しているのか、なにやら寝言を呟く始末。


「こうちゃん?……おい、起きろよ」

「ん……?」


 風音に揺さぶられてやっと起きるユキ。目をシパシパさせながら、本当に寝ていたような仕草を見せてきた。……寝付き良すぎでは?

 なお、3課女性陣は、すでに撮った写真で仕事中にもかかわらず堂々とオークションを開いている。


「あ、先生おはよう」

「おはようじゃない。仕事は終わった?」

「え~仕事?終わってるよ?」


 と、先ほどまで積み上がっていた場所を指差すも何もなく。いつの間にか片付けたようだ。なんという、無駄な早業……。


「……まあ、任務中は寝ないようにな」

「はーい(え、じゃあ私ずっと寝れない!?)」


 護衛任務を思い出し(忘れてた)、疑問に感じつつ空返事するユキ。本当に分かったかどうかは、わからない。


「ユキくん、夜眠れないの?」


 そんなユキにむかって、ゆり恵が心配そうに話しかけてくる。


「そうなんだよね。こうちゃんが寝かせてくれなくて……」


 と、ここぞとばかりに儚げに笑うユキ。この言い方では、勘違いしてくださいと言っているようなものだ。

 そして、あなた。どちらかというと、「こうちゃん」を起こしている側ですよ。


「寝かせてく……え、こうちゃんって?」


 その光景を想像したのだろう、ゆり恵の顔が真っ赤になる。ちなみに、風音はいつもと変わらずその話を聞いていた。……いや、片付いた資料に目を通していた。


「夜はちゃんと寝ろよー」


 資料から目を離さずに、風音が興味ないような口調でそう言ってくる。


「はーい。こうちゃんにも言っとくよー」


 と、今度は意外と素直に頷くユキ。内心は、昨日のことがバレないかばくばくしている。そのため、口調が芝居じみているのかもしれない。

 風音は、読んでいた資料を元に戻すと、そのまま他の3課の人と進捗報告をし始めた。その間、2人は残っている備品管理を進めていく。


「ユキくん、こっちは終わったよ」

「あ、じゃあ俺も」


 「じゃあ俺も」で終わる量ではないのだが。

 先ほどもすごいスピードだったが、ユキはどうやって終わらせているのだろうか。ゆり恵が終わったタイミングで、作業していた手を止めて彼女の方へと歩み寄っていく。


「風音先生、終わりました」


 ゆり恵の明るい声に、3課の人から拍手が起きる。


「早い!」

「すごいね!毎日来て欲しい」


 それを聞いている風音は、嬉しそうだ。


「よし、じゃあ今日はこれで解散といこうか」


 気だるそうな口調は変わらず。風音がそういうと、


「「お疲れ様でした」」


 と、声を合わせてユキとゆり恵が挨拶をした。礼儀は、この任務が始まる前に先生である風音に教えられている。それに合わせるように、3課のメンバーが敬礼で応えてくれた。

 まだ本職の人は仕事が残っている。きっと、ユキたちが帰ればまた違った雰囲気の中仕事が進んでいくのだろう。仕事とはそんなものだ。


「じゃあ、まことたちと合流しようか」

「うん」


 荷物をまとめて、ゆり恵と退出。……しようとした時である。


「そうそう、天野。お前居残りな」


 風音がユキの腕を掴んだ。決して振りほどかれない力で。


「ちょっと先生、セクハラしないでよ」


 ユキは、そういうと手を振り簡単に振り解いてしまう。


「……!?」

「お触りは事務所通してよね!」


 主界の手を振りほどける下界が今までいたでしょうか。ユキは、普通に振りほどいたつもりなのでそのことに気づいていない。


「……お前、寝てたんだから居残りでしょ」

「(まじかよ!真面目にやればよかった)……え、でも終わらせたよ!」

「あいつがな」


 と、入り口付近でキョトンとしながらこちらを見ているゆり恵を指差す風音。


「(私も同じ量頑張ったよーーー)……ちぇー、わかったよ。全裸になったり身売りしたりなんでもやるよ」

「あ、そうか?じゃあ、ちょっと用事もあるし1課の死体解剖行くか」

「(墓穴掘ったーーーーーーーーー)」


 これまた調子の良いことを口にすると、それに乗ってこられてしまった。ユキの表情が、一気に渋いものに変わる。


「ユキくん、私は帰るね。明日もよろしく!」


 そんなユキの気持ちも知らず、ゆり恵はそのままルンルン気分で退出してしまう。早めに終わったので、気分が良いのだろう。よく見ると、その手には先ほどの「オークション」で入手したであろうユキの写真が握られていた……。


「(私も帰りたいいい)」


 しかし、ユキはそれどころではない。冷や汗が出るんじゃないかというくらい身体が冷めていく。そんなことお構いなしな風音は、


「じゃあ、お疲れ」


 と3課メンバーに言って、ゆり恵が変えて行った執務室の出口に向かう。


「もっとお姉さんと一緒にいたいけど、今日は帰るね」


 3課の女性全員に話しかけ、お別れを言うユキ。……大げさすぎませんか。


「ユキくん、また来てね!」

「今後はハグさせて欲しい!」

「ずるい!私は」

「私も」


 大人気ですね。


「ほら、行くぞ」


 ……風音にも大人気ですね。今がモテ期なのでは?


「はあい」


 気は乗らないが、従ったほうがよさそうだ。ユキは、風音の後ろ姿を追って(しっかり3課女性陣に手を振って)その場を後にした。


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