5:空高く、きらめく星の眩しさ①




「こうちゃんさああああああああんんんん」


 少女の姿に戻ったユキは、魔警の仕事を終えるとその足で皇帝の元へ行った。もちろん、まことが家に着いたことを確認した後に、だ。

 毎度おなじみの叫び声とともに、毎度おなじみの扉破壊をしながら、皇帝の執務室へ毎度おなじみのスライディングを決める。皇帝の表情に関しては、言うまでもない。


「……夜なんじゃし、もう少しなんとかならんかね」

「なってたら苦労しない☆」

「わしがな」


 なかなか言うようになったではないか。

 皇帝は、おなじみになってしまった扉の壊れた様子を横目に、書類整理を続ける。


「ところでさー」


 まあ、そうなるわな。話は聞かないよね。

 ユキが話し始めると、皇帝は渋々書類から目を離して席に座り直す。


「なんじゃ、報酬は先週からアップしたではないか」

「いやさー」

「手当もつけてあるぞ」

「まあねー」

「3食宿あり昼寝おやつ付きじゃぞ」

「そうなんだけどねー」

「わしも全力でサポートしてるしな、ウンウン」

「なんか任務ちょうだいー、影の」

「……」


 すがすがしく彼の言葉を無視したユキは、さらりとすごいことを言った。

 皇帝は、意外な要求に声が出ない様子。ポカーンとした表情をしながら、目の前の珍獣に目を向ける。


「おーい、任務だってばー」


 そんな皇帝の顔の前で、ひらひらを手を振るユキ。相変わらず、彼に対する扱いが容赦ない。


「お、お主。流行りにのって社畜ってのをやっているのか?」


 ユキの言葉に口をあんぐりと開ける皇帝。まさか、仕事を要求されるとは思っていなかったらしい。本当に驚いているような表情になっている。


「ちがうよー、こんな簡単な任務じゃ身体なまっちゃうって言ってんの!」

「いやいや、これは管理部の最重要任務であって」

「そういうの聞いてない~」

「これ以上のランクの任務は」

「暗殺したいなあ」

「今できる暗殺はないん「もっと調べてよ、絶対あるでしょ」」


 何を言っても全てユキに遮られて言えない。皇帝は、少しふてくされながら椅子の背もたれに背中を預けた。質の良い椅子なためか、彼の痩せすぎた体重の問題か、特に音は立たない。


「はあ……。まあ、任務を与えるのは100歩譲って良いとしよう。だが、その任務中に真田が死んだらどうするんじゃ」


 皇帝は、座り直すと静かにそう言った。彼女へ任務の重要性を理解させるために、ゆっくりと。


「え?どうもしないけど。何かあるの?」


 そんな皇帝の願いすら、彼女には届かないらしい。

 真面目なのかそうでないのか。……いや、元からか。大国の皇帝を目の前に、髪の毛いじってるしな。


「はあ……」


 皇帝は、それに慣れているようにため息をつくだけだった。

 と、その時。


「……!」


 ユキの鋭い目線が入り口に動く。

 するとその数秒後、扉があった場所に……つまり執務室の入り口に人影が現れた。


「失礼します。隣国から脱獄犯が仲間を引き連れてこちらに渡来!至急影を」


 そこには、黒い衣装をまとった人。……そう、影が1人立っていた。

 緊急時の場合、ごく稀に任務システムを介さず依頼が舞い降りてくる。今回は、それに該当するのだろう。


「……」


 なんというタイミング。

 ユキはニヤつき、皇帝はため息をついた。天は、彼女の味方らしい。


「……あ、あの」


 報告にきた影は、そんな2人を見ながら戸惑いを見せる。

 緊急時のはずなのに……彼は、そう思ったに違いない。


「うむ、1人心当たりがある。先に行って様子を見てくれ、すぐ追いつかせる」

「はっ!」


 皇帝の言葉に、影は敬礼をしてすぐ消える。

 目の前に残されたのは、ニコニコとしたユキ。その姿に呆れつつ、皇帝は真剣な表情でこう続けた。


「ユキ。いや、影よ。……脱獄犯暗殺の援護に回れ」


 そう言い渡された彼女は、多少不謹慎なほどとびきりの笑顔で


「御意」


 と言い、素早く部屋から消える。もちろん、扉は破壊されたまま。


「……宮、今から扉の修復にきてくれ。ああ、いつものあれじゃ」


 その姿を見届けた皇帝は、電話で今宮を呼び出すと立ち上がって外の景色を見た。

 もうすでに、日は落ちている。空には小さな星が複数輝いていた。それと一緒に、街灯の明かりが眩しく城外の庭を照らしている。それを見つめる彼の表情は、呆れ半分安堵半分。


「彼との接触は今日だったか。どうなることやら……」


 そう意味深な言葉を呟くと、席へと戻っていった。





 ***





 ユキは、先ほど報告に来た影に追いついた。

 黒いマントを体にまとい、夜の森を駆け巡るその姿は影そのもの。いるのかいないのかわからない存在だ。


「標的は?」

「東にこのままのスピードで直進すると、5分34秒後に出現する」


 ユキの質問に、素早く答える。

 ……もちろん、ユキにしか聞こえない声で。


「すでに仲間が行っている」

「……ん、オッケー」


 そう返事すると、答えた影を追い越してそのまま言われた通りに東へ向かう。

 瞬間移動すると、魔法の光で相手に居場所がわかってしまうのだ。このような場合は、身体強化しひたすら走るしかない。


「……!?」


 そのスピードに驚く影。これでも、猛スピードで移動しているつもりだったのでなおさら。

 追いついた影……ユキの背中がどんどん小さくなっていく。


「マイケルも早くおいでねーーーーー!!!」

「マ、マイケ……?」


 尊敬したのに、それをぶち壊す発言にどんな感情を出したら良いのかわからないらしい。その場違いな叫び声に、かろうじて転けずに済んだ影。……そりゃ、皇帝も慣れたの最近だしな。マイケル (仮)、頑張れ。




 ***



「正義の味方参上~」


 現場に到着すると、すでに隣国の数十人と1人の影が戦闘に入っていた。森林の中で繰り広げられているため、地面だけでなく木の上にも敵が確認できる。味方の影は、地面に足をついて全方向からの攻撃を交わし戦っていた。


「(え!こんな人数って聞いてないよ!こうちゃん!)」


 何も聞かずに飛び出してきたあなたが悪い。


「ちょっと、援護に来たなら早くしてよ」


 応戦している影が、立ち止まっていたユキに話しかけてくる。その影は、話しながらも全方向から出される炎魔法で敵を倒していく。

 その威力は、圧倒的に影の方が有利だ。それほど、目の前で応戦している彼は強い。


「…… (え、風音せんせ?)」


 声は多少変わっているが、話し方はそうそう変えられない。もちろん、姿も。マントを羽織ってはいるが、ユキは動きでそれが風音ユウトだとわかってしまった。


「(やばいって!気づかれる!下界追放されちゃう!)」


 影が風音と知り、焦るユキ。参戦しようと前に出した足が止まる。


「ほら、早くしてよ」


 そう言いながら、風音は手を動かし敵をバタバタと倒していく。その手際の良さは、応戦が不要だったのではないか?と思わせるほど華麗なもの。しかし、魔力は限りあるものではない。


「……OK~(そもそも今の私は女だった)」


 男のユキしか知らない彼が気づくことはない。そう結論づけ、思う存分暴れることにしたユキは、


「よっしゃー、敵はあと1、5、10……52!?多すぎ!マイケルとそこの人と私で3で割ってぇ、1人30人強ってところね!」


 と、よくわからない計算し、指をボキボキっと鳴らすと素手で敵に突っ込んでいく。


「いやいやいや、多いって!計算するならちゃんとして!」


 そこは教師。

 算数のミスは見逃せませんよね (?)。


「いいのいいの、算数ができなくたって生きていける!魔力消費が勿体無いから、来るならみんなでかかってきな!!!」

「……」


 そう言うと、早速向かってきた敵に手をつけ始める。

 ぽいぽいと素手で向かってくる敵をなぎ倒し、遠くの敵は魔法で引き寄せて近づかせるユキ。そのスピードは、先ほどのおちゃらけた言葉とかけ離れたもの。黒いマントを翻し、狭い森の中大暴れしている。


「は!?んなのありかよ……」

「ありあり〜♪トランプも10人でやった大富豪で勝ったことあるし!」

「いや、今関係ねぇ!!」

「人生ゲームもいつも初抜けだし、50人だってまとめて相手にできる〜♪」

「いやだから……」


 風音は、そんなユキのおふざけが過ぎる発言に突っ込みつつ、実力は認めざるを得ない様子。

 そりゃ「50人近くをまとめて」はないだろうと思うも、既に到着してから3分で10人は倒している。きっと彼は、その様子に驚愕の表情を浮かべたに違いない。動きが多少遅くなっていた。……いや、突っ込みいれてるからか。


「次は、ポーカーレイズもりもりでロイヤルストレートフラッシュ出すぞ〜♪」

「……」


 そんな目立ちすぎるユキだが、今は体を動かすのが楽しいらしく周囲の目を気にせずニッコニコしながら敵をバンバンやつける。

 その手には、いつの間にか小型のナイフが。木々の間から漏れる光に照らされ、それは時折鋭い発光を見せつけてくる。……が、やはり行動とセリフが合っていない。


「本当に30人倒すの……?」


 我に帰った風音も敵を倒しつつ、背後の殺気に肩をあげて緊張する。

 殺気の先には、ユキがいた。

 ふざけたセリフを吐きながらも、殺気を放ち異様なほどの空間を作り上げているのだ。しかし、それは彼女にとって序の口だった。


「いっくよ〜!!……必殺☆こうちゃん直伝マインド殺!!!」


 その殺気とかけ離れた明るい声と必殺技名のダサさに、思わずこける風音。ツッコミが追いつかない。

 それを気にせず、ユキはその掛け声と一緒に手から大量に針のようなものを投げつける。彼女の背後からも、強化魔法であるオレンジ色の光を放ちながら大きな針が敵に向かって際限なく降り注いだ。


「……なんだあれ」


 風音だけでなく、敵ですら見とれてしまうほどの大技魔法。なぜ、あんな小さな体格の女の子が?彼は、攻撃の手を止めずにユキの見た目に視線を向ける。


「……」


 そんな時だった。


「はあ、はあ」


 やっと、マイケルが到着する。

 が、ユキは気にすることなく、その間も弱った敵をナイフで削っていく。その手さばきと言ったら……。刺された本人は、きっとそれにすら気づかず死んだだろう。


「36人目~」

「16ー」


 ユキの掛け声に合わせて、風音も声を出す。すでに、敵は2人によって全員倒されていた。他に敵の気配はない。


「え、俺の仕事は……?」


 立ち尽くすマイケル。スピードに自信があった彼にとって、それは前代未聞の衝撃的な出来事だっただろう。気合いを入れて現場に行くも、すでに祭りの後。


「あ!マイケル~、久しぶり☆」

「お、おう……」


 久しぶりも何もない。

 ユキは、彼に気づくと軽快な足取りで近づいていく。その身体に、もう殺気はない。


「ん~じゃあ、マイケルのお仕事はあ……死体処理よろしく☆」


 と、今までの惨劇を明るい声で指差すユキ。地面に転がっている敵だけでなく、枝に引っかかっている者もいる。それを集めて1人ずつ印をつけて魔警に送るまでが、影の仕事なのだ。

 60人近くの処理を一人に押し付けるって結構鬼畜じゃないですか?


「あ、やってくれるの?お願いするわ。オレは、このまま皇帝へ報告へ行くね」


 え、風音まで……。

 死体処理は、地味な仕事だが体力を使う。故に、やりたがる人はいないのだ。1人で敵と戦っていた彼は、魔力があまり残っていない。故に、嬉しそうな声を出してユキの提案に乗っかってくる。


「え、ちょ」

「ってことだから、私は帰るね~」


 マイケルが何か言おうと口を開くも、それに耳を傾けることなくその場から忽然とユキが消える。

 シュッと風の切る音がするものの、耳を済ませてないと聞こえないほど。魔法独特の光も小さいまま、彼女の騒がしさに反して消えてしまった。


「……よろしくね」


 風音は、消えた影の魔力量の多さに首を傾げながらも瞬間移動魔法でその場を後にする。


「……あれ、今日って援護任務じゃなかったっけ」


 と、まあ、マイケルがしばらくその場で固まっていたことは、多めに見てあげてほしいところだ。


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