5:眩い明かりは、絶望の色



 魔道館の講堂に巨大なシールドを張り巡らせているのは、主界の魔法使い。魔力が途切れないよう、交代で警備にあたっていた。オレンジ色の光が、大きな講堂を丸々包んでいる。

 彼らは、テレパシーにて中庭での爆発は聞いていた。この中にいる人たちを同じ目にあわせないため、自然と防御魔法に力が入る。これで、外部からの攻撃に備えられるのだ。


「魔力切れ、交代求む」

「交代、承知」


 素早く交代すると、次の出番までの間に魔力を回復させておく。

 魔力の回復に必要なものは、人それぞれ。ある人は、睡眠を。またある人は食事をすることで、魔力が回復する。皇帝選りすぐりの16人が、交代しながら任務を果たしていた。




「ふーん……」


 それを、隣の屋上から眺めているのは浅谷。遠視魔法を使って、見つからないように主界のメンバーを確認していた。


「さすが主界……ってところか」


 このアカデミーではその実力をひたすら隠していたが、浅谷も主界の魔法使い。そんな彼でも、襲撃する隙は見つからなかった。

 爆弾を巻き付けた組織の下っ端が、あと5人いる。もう少し用意しておけばよかったと、彼は後悔していた。


「……特攻するしかないか?」


 正面から挑めば、途中で見つかってしまう可能性があるのでしたくないのが本音。しかし、それ以外の方法が浅谷には思いつかなかった。他人を身体変化させる血族技を使いすぎて、自身の魔力が残っていないのだ。回復させようにも、それだけの時間は残されていない。


「何を特攻させるのですか?」


 そんなことを考えている時だった。急に、後ろから女性の声がする。急いで振り返ると、


「あ、綾乃先生」


 そこには、いつもと変わらない綾乃の姿が。背筋をしっかりと伸ばし、毅然とした態度で立っていた。


「今日はお休みと伺っていましたが」


 いつもと変わらない口調でそう言うと、彼女は浅谷に少しずつ近づいていく。


「そ、そうなんですが。アカデミーの一大事を聞いてこうして……」

「そうでしたか」


 浅谷の言葉に頷く綾乃。いつもと変わらない様子を見て、浅谷は計画を知られているわけではないと安堵の表情を浮かべた。

 しかし、鋭い光を瞳に宿した彼女はこう続ける。


「やはり、あなたでしたのね……」

「……!?」

「教師としてのあなたは尊敬していましたのに」


 そう言って、彼女は少しだけ寂しそうな表情をする。1年、担任と副担任と言う立場で一緒に仕事をしていたのもあり、情がうつってしまっているのだ。同僚を疑う行為に、胸を痛めていた。


「あ、綾乃先生は、何かを勘違いしてらっしゃる。私は、ここで魔道館を守ろうと」


 ここでバレたら、計画は台無しだ。

 彼女の微妙な感情を読み取った浅谷は焦りを出さないよう、平然といつもの態度で目の前に立つ彼女へ言った。綾乃は、そんな言葉が聞こえていないかのようにまっすぐと見据えてくる。


「綾乃先生……?」


 広い屋上には、静かな空気が流れている。静かで重苦しい空気は、浅谷よりも綾乃が創りだしていた。

 しばらく沈黙が続くと、


「どうかされましたか?」


 と、待てない様子で浅谷は言った。いつも通り、少しだけおどおどした様子を演じながら。

 すると、綾乃は口を開いた。


「先ほどから、あなたの行動を追っていました」


 その言葉に、浅谷が固まる。屋上を吹き荒れる隙間風が寒く感じたのか、腕には鳥肌が。自身の今までの行動を振り返るも、隙があったようには感じていないよう。必死に、どうやって気づかれたのかを考えている。しかし、彼がいくら考えてもそれはかなわない。なぜなら……。


「わ、私はずっとここに」

「いいえ」


 浅谷の言葉を遮り、


「ある人から、教えてもらいまして。あなたが浅谷まさという人物であること、隣国出身であること、生徒の記録用紙を不審に眺めていたこと。……アカデミー生を殺させようとしたり、中庭を爆破させる指示を出していたり」


 といつもの冷静な口調で綾乃が発言する。それは、まるで生徒に1から授業を教えているような印象を与えてきた。それほど、丁寧な口調で話してくる。浅谷は、そんな彼女の言葉に顔色を変えた。ハッタリではないと気づいたようだ。


「どう説明できますか、ナイトメアのメンバーさん?」


 浅谷は、予想していなかったかのような表情を出してしまった。本当に、ここまで知られているとは思わなかったのだ。

 名前はどうやって知られたのだろうか。生徒の記録用紙だって、十分用心しながら見ていたはずだ。


「…………」


 浅谷は、言葉を探していた。何か、納得させられるような、それでいてここを切り抜ける言葉を。しかし、そんな言葉が浮かんでくることもなく。


「ふっ……」


 はじめに肩を震わせた。下を向き、小刻みに肩を、いや、全身を震わせた。それは、絶望しているのではない。ただ、おかしくて笑っている。そんな笑い方をしていた。

 綾乃は、そんなネジの外れたような様子を見て一歩下がる。


「はー、こんなバレ方。組織の人間として、カッコ悪いったらありゃしねえ」


 ひとしきり笑うと、浅谷は両手を広げそう言った。その開き直り方は、どこか危なさを感じさせてくる。


「なあ、折角いい子ちゃん先生で通ってたのによ!」

「根性が腐ってますね」

「なんだっていいんだよ、楽しければ」


 そう言うと、綾乃に向かってまぶしい光を放つ球体を投げつけた。予想していたのか、それをサッとよけた彼女は、


「なぜですか。こんなことを」


 と、やはり丁寧な口調で聞いてくる。後ろで球体が爆発する音がするも、彼女は振り向かない。


「そうか、フィールドを張っていたのか」


 球体が爆発したが、周囲が傷ついた様子はない。

 アカデミーの教師は、幼い魔法使いを抱えるためフィールドの作り方を熟知している。彼女の作り出すフィールドは、周囲を傷つけない特殊なもの。実際、その場所は球体をはじき、暖かい光に似た眩さを放っていた。


「質問に答えなさい」

「理由?さっきから言ってるさ、楽しいからだって。それ以外何があるってんだ」

「……ナイトメアの目的もそれですか」

「はは!そうさ!俺たち組織は、楽しいことが好きなんだ」


 薄気味悪い笑みは、何を考えているのか。それを聞いていた綾乃には理解できなかった。

 浅谷は、笑い声をあげながら素早く連続して球体を作ると、それらを宙に浮かべる。大きさのまばらな球体が宙に浮き、眩しい光が彼を照らした。しかし、いくら白い光に包まれてもその「悪」は隠せない。ドス黒い魔力を浮かせ、その存在をアピールしてくる。


「あの日と一緒なんよ」


 彼は、そう言った。


「あの日、黒世でお前の大親友を殺した日とな!!」


 あの日……。それだけで、彼女にはいつの出来事なのかわかった。綾乃の脳裏に、あの日の悪夢が映る。あの、思い出したくない出来事が。

 それと同時に、彼女に向かって多数の球体が迫ってきた。


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