4:薄暗い気持ちは、煤の色


 一番厄介だった、影は殺せた。


 八坂は、爆発の様子を中庭が見渡せる教室からのぞいていた。その中心が木っ端みじんになるのを、眉ひとつ動かさずに。爆発を誘導させた組織の下っ端も死んだろうが、彼には関係ない。

 ……いや、八坂は本名ではない。彼の本当の名前は、浅谷まさ。謎の組織、ナイトメアに属するメンバーの1人。冷酷な顔をした彼に、教師としての心はなくなっていた。


「しかし、やけに背の低い影だったな……」


 全身をマントで覆っていても、やはり体格は隠しきれない。

 浅谷は、あの影が屋上の人たちをアカデミー生と見破ったことに驚いていた。あの他人身体変化の魔法は、彼の一族が持つ血族技。誰もアカデミー生に気づかず、あのまま殺してくれていたら魔警や麻取、レンジュの皇帝たちの評判は地に落ちていた。

 それが狙いだったのに、あの影は気づいた。なぜあれがアカデミー生だと気付いたのか、彼にはわからない。


「レンジュの影にも、優秀なやつがいたってことか」


 浅谷は、それを見破った影の存在が恐ろしくなり、そのまま下っ端に爆弾を託して殺させてしまった。あの爆弾は、当初魔道館を爆破させるためにとっておいたものだが、仕方ないと捉えている様子。少々威力は落ちるが、組織からもらっているものはまだ半分以上残っていた。


「……楽しみはこれからだな」


 浅谷は、小さな声でつぶやくと満足げな表情をしながら教室をあとにする。コツコツと、不気味なほどにローファー音が響く……。






 ***





 丁度、同時刻。


 今宮は、屋上からアカデミー生を下す作業が終わり放送室に向かっていた。が、目指す場所は放送室ではない。爆発音が聞こえたためだ。


「……どこだ?何があった?」


 音が反響しすぎて、どこで爆発があったのかわからなかったらしい。後ろから聞こえた気がするが、前からな気もする。外にいれば、煙などでわかっただろうが、廊下を歩いていたため音を頼るしかなかった。


「ユキさんに何かあったら……」


 彼女は、強い。何があっても、死ぬことはない。そうは思っていても、どこか不安な気持ちはぬぐえないようで、それが言葉として口からもれ出す。


【――――――こちら放送室。中庭で中規模爆発。付近の教師および主界は現状確認へ】


 そこに、丁度本部からのテレパシーが入る。その声は、中庭と言っていた。


「ここからだと、遠回りになるな……」


 今宮は素早く付近の窓を開け、外に飛んだ。

 ここは、3階。普通に落ちたら確実に骨を折るだろう。しかし、彼も主界の魔法使い。体幹が優れているため、着地地点に風を巻き起こすだけで華麗に降りた。

 そのまま、急ぎ足で中庭へと向かう。



***



「急げ、まだ息があるぞ!」


 中庭に近づくにつれ、爆発の酷さがわかってきた。


「……これが中規模?」


 今宮が中庭へ行って、まず目に入ったのは大きな水たまりだ。

 噴水が砕け散り、水が地面から勢いよく出てしまっている。他にも、付近の窓ガラスは、熱風で折れ曲がりガラス片が辺りに散らばっていた。木々なんか、元からなかったのではないかと思うほど何も残っていない。この程度なら設計図があれば魔法で復元可能だが、爆破に巻き込まれた人が居れば無傷では済まないだろう。

 今宮は、足元に用心しながら人だかりの方へと向かう。怪我人がいるらしい。白い担架が、人々の隙間から確認できる。


「!!」


 その人は、左足が付け根からなかった。右足も、膝から下が途切れている。口からだらりと赤黒い液体を垂れ流しながら、かろうじて息をしている様子。

 はじめ、今宮はユキかと思った。が、よくよく見ると性別や体格が違う。爆弾を爆発させた組織の人間だろう。それを見た彼は、不謹慎ながら安堵のため息を漏らした。


「酸素!酸素持ってきて!」

「止血用シート!」


 救急隊員の怒鳴り声、医療器具の音、回復に特化した緑色の魔法光。その場には、切迫した空気が流れ、それ以外の音は聞こえない。


「……?」


 ふと、今宮が足元を見ると、そこには黒く焦げた何かの布が複数散らばっていた。

 それは、どこかで見たことがあるような気がする。しかし、思考を巡らせても彼は思い出せない。


「中央医療センターに運べ!」


 考えている間、瀕死状態の敵は担架で運ばれていく。怪我人が運ばれると、現場では魔警が指揮をとって、爆発したものや周辺の被害を確認する。

 周辺といっても、ほとんど黒くすすがはっているか、崩れているかで壁や地面は何の証拠も残っていないだろう。危険が高いのか、そこに麻取の姿は確認できない。

 爆発物は鎮火されているようで、既に煙も出ていなかった。魔警は、爆発物を丁寧に黒い不燃性の袋に入れる。

 今宮は、その様子を隅で見ていた。


「あ」


 その黒い袋を見て、焦げた布のことを唐突に思い出した。あれは、影のマントだった。特殊な織り方をしているので、特徴がある。

 ということは、ユキがここにいたのだろうか?彼女はどこへ?次々と、彼の頭の中に疑問が膨らんでいく。

 今宮の顔色が、徐々に真っ青になっていく。布には、血痕もあった気がする。最悪、あの爆破に巻き込まれれば遺体が残らない可能性も高い。

 今宮は、近くの魔警に一言話すとそのまま中庭を出てユキを探し始めた。


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