2013年【守田】44 「じゃあ、ここでお別れだな」

 田宮だったものを視界でとらえてしまう。


 UMAころしの先端が、鼻から上を叩きつぶしている。

 刃物で切られたのとは違う断面だ。

 鼻から上が暴力的に千切れられたような印象を受けた。

 顔の上の部分は、潰れ、折れ曲がり、引き伸ばされ、圧縮されている。


 ぐちゃぐちゃだった。

 飛び散ったパーツを全て集めたとしても、パズルは完成しない。

 元に戻すのは、もう無理だろう。


 原型などなにもない。

 骨も肉も液体も、全ては無価値。

 生命ではない。


「さっきも言ったけど」


 言葉を探す守田だったが、勇次に先手を取られてしまった。


「勝手にオレが独断で殺した。守田は止めようとしてくれた。そういうことにしとこうぜ」


「もしかして、お前?」


 勇次が田宮にしたことは、田宮が疾風にしたことと同じなのではないのか。


「なぁ、正直に答えてくれ、勇次」


 守田だけが、ちがうことをしたのではないか。

 膝をついた状態から立ち上がり、守田は勇次を見据える。


「UMAころしで殴ったあと、おれはこわくて田宮を見えなかった。だから確認してないんだ――本当はよ。もう死んでたんじゃねぇのか。お前は単に死体をいたぶっただけだったんじゃ?」


「んな訳ねぇだろうが」


 言葉など最初からあてにしてはいない。

『異常な瞳』で勇次をとらえることによって、真実を手繰り寄せてみせる。


「そう。そんなんじゃねぇんだよ」


 勇次の髪の毛についている肉片が、地面に落下する。

 いつも猫背だが、これからはもっと姿勢が悪く、前かがみに生きていくのだろう。

 返り血を浴びた顔を拭おうとしないから、そんな風に思った。


 手はだらんと下がったままだ。

 右手はUMAころしを握っており、いまだに血管が浮かんでいる。

 左手は小刻みに震えながら、掌を広げている。

 目を凝らすと、手相まで見えそうだ。

 生命線が途中で切れている。


 などと考えていると、遂には血管の隅々まで見えてくる。

 ぼんやりと勇次を眺める。

 体のどこかで細胞が死に、それを補うべく新たに細胞が増えて入れ替わっていく。


 本来ならば目に見えないものが観えた気がした。

 生と死のサイクルが、少なくとも人間の体の中にはある。


『異常なる瞳』のお陰で、そんなことを悟れても、勇次の考えまではわからない。

 いくら目に力を込めても、透視することなどできない。

 仮に頭が透けても、きっと見えるのは脳だけだ。


 勇次が嘘をついているのかはわかりようなどない。

 だからこそ、守田は目を閉じた。


「もう一度きく。答えてくれ、勇次」


「きくまでもねぇよ。オレが殺したいから殺しただけだっての」


 目を閉じていて、視界がゼロのためだろうか。

 不思議なことに中谷勇次の内側が見えるような気がした。


「わかったよ。そういうことにしとくよ」


 目を開ける。

 月明かりしか頼る光が無いのだが、鮮明に勇次の姿が見える。


 少なくともいまだけは、この瞳が異常で良かった。

 中谷勇次を、傍でみえるのだから。

 こいつの内側も、外側も、全てを。


 ただ、何もかも解る気がするから悲しくて仕方のないこともある。

 別れの気配が訪れているのが、みえる。


「警察の世話になる前に、オレはチャンって奴に会おうと思う。守田はどうする?」


「妹の澄乃を疾風さんの部屋で待たせてんだ。終わったら、迎えにいくって約束してて」


「じゃあ、ここでお別れだな」


 いくら言葉を重ねても、旅立ちを止められないだろう。

 だが、足掻いてしまう。


「勇次も一緒に行こうぜ。そうだ、知ってたか? 疾風さんに超絶かわいい妹がいるの」


「疾風の兄貴に妹? なに言ってんだよ」


 いま一人で勇次を行かせてしまったら、間違いなく――


 いったいどうすればばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば。


 先ほどと同じだ。

 時間が引き延ばされる感覚に陥った。


 だが、違う点もある。

 勇次の動きに緩慢さがない。

 こちらの体調不良に気付いたのか、すぐに駆け寄ってくる。


「なんのマネだよ。顔色が悪いぞ。妙な嘘で、オレの足を止めようったって――おい、マジなのか?」


 ああああああああああああああれれれれれれれれれ? ななななななななんんだだだだだだだだだだよよよよよよよよよよよよ、これれれれれれれれれれ?


 瞳でとらえている世界の時間と、自身の思考時間に大きくずれが生じている。

 何かしらの防衛本能が体に働きかける。眠りにつくように、意識がどこかに沈んでいく。


 いや、もしかすると、これは。

 死ぬのか?

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