2013年【守田】43 「勇次、俺、人を」
守田の体温は、どんどん下がっている。
寒い。凍えそうだ。
ぶるっと、身震いを起こしたと思ったら、そのまま体が痙攣しはじめた。
体が小刻みに動き出すと、立っていることが難しくなる。
酔っ払いのようにフラフラとなり、遂には膝をつく。
目を見開いて驚く勇次が、守田の体を支えようと、手を差し出してきた。
だが、その動きは酷く緩慢だ。
勇次の唇は、実にゆっくりと形を変えていく。
「おおおおいいいいいいいいい、だだだだだだだだだだだだだだだいいいいいいいいいいいいじょじょじょじょじょじょじょじょじょうううううううううううううううううぶぶぶぶぶぶぶぶかかかかかかかかかかかかか?」
体感時間が引き延ばされているようだった。
勇次がなにを話しているのか、理解ができない。
「大丈夫かってきいてんだ! おい、守田!」
変化は突然現れて、予告なく収束を迎える。
差し出された勇次の手を制止しながら、守田は震えながら言葉をひねり出す。
「勇次、俺、人を」
殺した、とまでは言えなかった。
「落ち着け。まだ生きてる」
本当なのか。
まだ、息はあるのか。
とはいえ、足元に転がる田宮を見て真実を確かめようとは思わない。
仮に生きていたとしても、虫の息だろう。
それに守田の『異常なる瞳』が見れば、あとどれぐらいで死ぬのかが、手に取るようにわかるような気がした。
それこそ、死亡までのカウントダウンがデジタル表示されるのではないか。
「なんなんだよ。なんなんだってんだ。だいたい、だいたいよ。こいつだって、勇次に向かって本気で振り下ろしてきただろ。それを俺は背中で受けて耐えられた。その程度の痛みだったんだよ。なのに、こいつ。殴る力がないザコなのか、それとも殴られ慣れていないザコなのか。どっちにしても、ザコすぎるだろうが。なんなんだよ。おいよ」
「落ち着け守田。おまえ、なんかやべぇぞ。うまくいえねぇが、そいつを握ってるのは駄目だ。UMAころしっていったか。こっちに、よこせ」
言われるまで、UMAころしを握っているのを忘れていた。
持っている感覚がないぐらい、手に馴染んでいる。
「いいから、貸せよ。そいつを」
あっさりとUMAころしを奪い取られる。
さっきまで勇次は、全くといっていいほど、それを見れていなかったはずだ。
つまり、UMAころしの透明だった輪郭がわかるようになったのだ。
田宮の返り血を浴びたことによって。
一瞬だけ、勇次はUMAころしのなんともいえない感触に驚いていた。
だが、もともと使い方を知っているかのように、彼の手にも馴染んだようだ。
すぐに右手で握りしめる。
勇次の右手に血管が浮かび上がる。
五百円玉を指先で折り曲げることのできる男が、本気でUMAころしを握っている。
ゆっくりと、だが確実に、勇次は右手を大きく振り上げた。
「ちょっと待てよ。なにするつもりだ?」
「トドメを刺す」
表情を変えずに、物騒なことを言う。
「駄目だ、勇次。たとえ、殺したい相手だとしても。他人の命だとしても。生と死ってのは、やっぱり特別なもんで。だからよ。あの感覚を知るのはまずい。俺のは、いまこの瞬間は、まだ殺人未遂でしかないかもしれないけど、それでもここまで後悔してんだ。うまく言えないけど、勇次」
「うまく言わなくていいよ。守田の言いたいことは、伝わってる」
「そっか。なら、本当にやめとけって」
「いまのは、間違いなく止めてくれたよな」
「ああ、もうよそうぜ。十分、痛めつけた。俺たちはこいつ等とはちがう。だって、川島疾風の魂を受け継いでるだろ。だから、踏み外しちゃいけないものがあるんだよ」
「その通りだ。でもよ、その疾風の兄貴だって、撃ったんだぜ」
「ああ。田宮の金玉とチンコを潰したのは、ナイスな判断だったよな。こいつの遺伝子が地球上に残らないってことだから。でもよ、それで終わりだ。殺しちゃいないだろ」
「多分だけど、疾風の兄貴は殺さなかったんじゃない。あの人は、真っ白なものを汚すのが得意な人間なんだぜ――」
「なんだよ、それ。じゃあ、どうだったって言うんだよ?」
UMAころしを振り下ろすと、急に速い風が駆け抜ける。
疾風はトドメを刺すのに失敗しただけだったと、勇次は考えたのだろう。
だからこそ、UMAころしで『疾風』を巻き起こした。
守田は、いまだに膝をついたままだった。
だから、勇次よりも多くの返り血、肉片、脳髄を体に浴びる。
吐き気をもよおして、下を向いたのがまずかった。
守田の前に転がっている瞳と、目と目が合う。
顔から外れて飛んだそれが、右目なのか、左目なのかわからない。
見たくないものから逃げるように、顔を逸らす。
守田はどつぼにはまっていく。
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