Case 4 兄と弟 龍之介③


 この日、駅で龍之介と待ち合わせた倉部たちは、龍之介の家までの道を肩を並べて歩いていた。

 すべてはあの日の一本の電話から変わってしまった自分を取り巻く世界のことを、今なお信じられない気持ちで隣を歩く倉部をちらりと見ては、そっと溜めていた息を吐き出す。

 兄に少し近づいて来たと思う緊張。

 ようやく自分の話を受け入れてくれる場所を見つけた安堵。

 薄曇りの空に、時折顔を覗かせる太陽が冷たい空気の中に、春らしく暖かい日差しを優しく届けている。

 こうして皆で並んで歩いているのも、駅から家までのその間に、どこかに並行世界への入り口が見つけられないだろうかという腹積りなのだが、それにしても不思議だと龍之介は思っていた。

 ほんの少し前の龍之介にとって『並行世界』などというものは、あくまでも知識として知っている程度のものであり、実際に存在するかと問われれば、あるんじゃないかなと言葉を濁すことしか出来なかった。

 それが今は……。


「なんか、学園都市って整然と並んでる印象でしたけど、ちょっと外れるともう畑があったり、空き地ばかりだったりするんですねー」


 鬼海が、携帯スマホの地図を指でスクロールしながら呑気そうにそう言った。


「ふーん。それでも市全体を『学園都市』としているのか。あ、市のホームページを見てます」

「あの、すみません。あそこにあるの公園ですよね? 歩き始めたばかりで申し訳ないんですけど少し寄り道しても?」

「もちろん。俺たちはユキの目の代わりは出来ないからな。何か見えたのか?」

「まだ、何も。でもなんだか少し気になって……」

 ユキが顔を向けた先には、中央公園の入り口が見えていた。

「あの先に、中央図書館があるんです。兄と一緒に母に連れられて、よく来た思い出が……。友達と試験勉強したり。まあ、最近はもっぱら一人なんですけど」

 公園にはフードトラックが一台。

 それに気づいた鬼海が皆を誘う。

「熱いコーヒーでも飲みませんかー? コーヒー片手に散歩っていうのも、なかなかじゃないですかね」

「散歩ならな」

 倉部の言葉に、鬼海がわざと顰めた顔をして見せた。

「ふむ。それを言いますか」

「分かった、分かった。そうしよう」

 倉部と鬼海を見て微笑んでいたユキが、ふと真顔に戻る。

「……どうしました?」

「龍之介くん……ううん。何でもないの。ただ、モニュメントがたくさんあるのね?」

「そうですね。あそこにあるアレ、見えますか?」

「どれ? ああ……あの歩いている像……かしら?」

「猫と散歩しているんです。面白いですよね? 僕、あの猫が好きで……」

「……猫? 猫なんている?」

「えっ?」

 ユキと龍之介は、像がよく見える位置まで近づいて行く。

「ほら、ね?」

 ブロンズ色の猫を龍之介が指差す。

「……」

「ユキさん……?」

 隣にいるユキに振り返りながら龍之介がそう言った時、泣きそうな顔をしたユキが龍之介を見て言った。


「わたしには、見えない……。どうして?」

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