ミイラ取りがミイラになった訳 ④


 男は足元が覚束ない。

 真っ直ぐに歩いているつもりでも、ふらふらと蛇行してしまう。

 そのような男の姿を見て顔を顰める人、気の毒そうに見やる人、目に入らないようにさりげなく顔を背ける人、様々な人々とすれ違った。


「大丈夫ですか?」


 俯きがちに歩く男は声をかけられるまで気づかなかった。

 見上げると、心配そうな顔をした女性が、男に戸惑いがちな視線を向けている。


「あの……14時から炊き出しがあるんです。良かったら来ませんか?」


 ホームレスと間違われたのだと気づくのに、男はしばらくの時間を要した。そして男は、自身の身なりに気を使わなくなってからかなりの時間が経つことに思い至る。

 ホームレス……言うまでもなく男はホームとは随分と遠く隔たってしまったことを実感する。


 食べることも、寝ることも忘れて、ひたすらに歩き回る日々。ずり落ちるズボンに、ベルト穴を開けながら。

 ふと足先を見れば靴も擦り切れ、爪先は穴が開きそうだった。


 女性が心配そうに男を見ている。

「午後は炊き出しだけですが、暗くなってから衣類の提供や泊まることの出来る施設に案内することも出来ます」


 男は項垂うなだれる。

 突然に、これまでの疲労が押し寄せて来たのを感じて、きつく目蓋を閉じた。

 

 

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