Case 1ー8
はじめてだ。
龍之介が『入り口』から別の世界に吐き出されたはじめてで、きっとこれが龍之介の兄を見つけるまで何度も繰り返されるだろう瞬間。
それなのに龍之介は、あまりの呆気なさに拍子抜けしてしまい、並行世界を目の当たりにしてもこれといった言葉が思い浮かばなかった。
「……ここが?……本当に?」
目の前にあるのは、先程と変わりない風景。住宅街が近いわりにどちらかといえば行き交う車の少ない、どこの街にも見られるコンビニ前の幹線道路。
空を見れば、雲ひとつない青空が白々しく龍之介を見下ろしている。
呆然と立ち竦む龍之介の背中に、どんと鈍い衝撃が加わる。
鬼海がぶつかったのだ。
「って……痛いなぁ。龍之介くんさぁ、ちょっとは後から来る人のことも考えようよ」
龍之介と鬼海の身長は、ほぼ同じだ。
「……鬼海さん」
振り向き、鬼海を見る。
「どうも。大丈夫か心配してくれて、ありがとう」
「あのっ……そのっ……」
「おい、鬼海。いい加減にしろよ。龍之介、どうだ? 大丈夫か?」
倉部が龍之介の顔を覗き込む。
「……大丈夫です。……倉部さん、ここは本当に並行世界なんですか? 僕には良く分からなくて……」
龍之介は不安そうに辺りを見回す。
「ちぇっ。倉部さん、自分にも優しく聞いてくれても良いんですよ?」
鬼海が龍之介とぶつかったと思われる腕をさすりながら、ぶつくさと呟いた。
「龍之介、気にするな。鬼海は意外と小心者だから調子が出るまで面倒くさくてかなわん。暫く放っとけ」
「すみませんねー。……って……あれ? この並行世界……」
前後左右をさっと見回した鬼海が、ほっとした様子で肩の力を抜いたのが分かった。
「自分たちの世界とあまり乖離のないところみたいですね」
「当たりなのか、ハズレなのか」
倉部の言葉に、龍之介が首を傾げた。
「……?」
「そのうち分かる。……鬼海、時間」
「残り、三分五十秒」
「左右に別れる。さっと付近を見て回れ。龍之介は俺と来い」
倉部はコンビニの駐車場を突っ切ると、店舗の中に入って行こうとしながら龍之介に声を掛けた。
「よく見ろ。覚えろ。持ち前のシャッターとやらを押し続けるんだ」
倉部の背後を小走りについて店の中に入る。自動ドアが開いて、音楽が鳴る。
いらっしゃいませー。
ちらりと視線を遣す間延びした店員の声。
何の変哲もない、よく知る何処にでもあるコンビニのひとつのようだ。
倉部は店内を何気な様子で見廻る。
新聞を手にとり、ざっと眺めて戻す。
龍之介も倉部の真似をして、新聞の一面にさっと目を通した。
横目で見ながら雑誌のコーナーの前を通り過ぎ、飲み物の入った冷蔵庫、お弁当の棚、レジの前を通って再び店の外に出た。
「龍之介『見た』か?」
「……はい……」
その時アラーム音が鳴り響き、ほぼ同じくして鬼海の姿が『入り口』近くに確認出来た。
「一旦、戻る」
倉部は歩きながら離れた鬼海に向かって顎で『入り口』を示す。鬼海が肩を竦め、やれやれといった表情を見せて……。
消えた。
龍之介は入って来た時と同じように、ただ真っ直ぐに倉部の背中を見ながら『入り口』を潜った。
「どうでした?」
ユキは鬼海と入れ違いに現れた倉部と龍之介に向かって声を掛けた。
「良い知らせと悪い知らせがあるが、まずは龍之介の話を聞きたい。鬼海はどうだった?」
倉部がユキの問いにそう答えると、鬼海が提案がありますと片手を上げた。
「近くにファミレスがありましたよね? 自分、朝ゴハンも食べてないんでお腹空いちゃったんですよねー。長居が出来て注目され難いうえに、ご飯も食べられるなんて一石三鳥」
呆れた顔で倉部が鬼海を一瞥した。
「……不機嫌な理由はそれか。龍之介、気を付けろ、鬼海は腹が減ると機嫌が悪くなるんだ」
「鬼海さんって良い人なんですが、意外と面倒くさいんですよ」
「えーっと……龍之介くん。なんか、ごめん」
三人は口々に、龍之介に向かって慰めと思われる言葉をかけながらもすでにファミレスに向かって歩き出していた。
「え、いえ……」
遅れるまいと三人に着いて行く。
住宅街近くのファミリーレストランは、週の始まりの平日の昼少し前ということもあり、リタイアした老夫婦やお一人様、お年を召したご近所の婦人方のお喋り、幼稚園のお迎えまでのランチ組主婦といった客層であった。
素っ気ない店員に『空いてる席にご自由にお座り下さい』の言葉に倉部たちは、窓側の一番奥まで遠慮することなく、ずかずかと進んで行く。
「さて、まずは……」
席に着いた倉部の話を遮るように、座るや否や鬼海はテーブルにメニューを広げて眉をしかめる。
「あ、ランチ始まってる。 うーん……日替わりかぁ。……和定食なんだ。自分ファミレスってなぜか、ハンバーグ食べちゃうんだよなぁ」
「分かります。……わたしはボロネーゼスパのランチセットにしようと思います。龍之介くんは?」
「……あっ……えっと」
龍之介が倉部を見ると、むっつりと黙って腕を組んで窓の外を見ている。
「気にしないで。チーフは大抵、日替わりなの。龍之介くんはどうする?」
「……じゃあ、このオムライスのランチセットで……お願いします……」
店員を呼び、ドリンクバーから各々飲み物を持って再び席に着いたとき、倉部は手に入れた新聞をテーブルを龍之介に放った。
「まずは、答え合わせだ」
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