Case 1ー6


 「……どういうこと? 龍之介くん」

 

 鬼海が口を開いた。

「自分、まさかここまで詳しい話が聞けてびっくりというか、ユキさんにそんな彼氏さんがいたってのも驚きなんですけど……どういうこと?」


 龍之介は冷めてしまったコーヒーを飲み干すと、無意識にカップを弄びながら言った。


「小学生が、ランドセルに付けているものって知っていますか?」


「防犯ブザー?」


「そう! そうです」

 龍之介の勢いのある返答にも、ユキは分からず首を傾げる。


「今の小学生、防犯ブザーとセットでGPS機能が付いているものを持っているんです。防犯カメラの映像を見たとき、ひなちゃんが付けていたのもそのタイプだったと思います。だから、もしかしたらアプリで追跡が出来るかもしれません」


「でも、位置が分かったところで……」


「……そうか! ユキさんの話! 電話だよ」

 思わず大きな声を出した鬼海が、しまったと、口元を押さえて応接室の方へ視線を泳がす。

 ユキは傾げた首を戻せずに、いまや声を出さずに興奮する鬼海を見ながら自分の言ったことを思い出そうとしていた。


「おっしゃっていましたよね? 電話をしたって。実際そこに存在するはずだった、アパートのある所まで来たんだけどって」


 龍之介の言葉にユキは頷く。

 頷いて、理解した。


「分かった。龍之介くんの言いたいこと。アプリで追跡することが出来れば、こっちの世界では姿が見えなくても、ひなちゃんの位置は判るから、見つけられるかもしれないってことよね?」



***


 一方応接室にいる倉部は、髪を簡単に結えただけで、泣き腫らした顔に化粧をしたことがありありとわかる母親の話に耳を傾けていた。


 「……そうなんです。アプリには、ひなが居るって表示されているのに、その付近には姿が見えないんです。ここに居るってなっているのに! 行っても見つけてあげられなかった! まるで透明人間になってしまったかのように。GPSのエラーだって……。だけど、諦められないんです。諦められますか?」


 ハンカチで顔を覆ってしまった母親の背中に、父親がそっと手を置くが、それを拒むように身体をずらされる。


 倉部は資料を応接室のテーブルに広げた。

にわかには信じられないかもしれませんが……」

 ちらりと父親を見る。

 焦りと憔悴しきった表情。


「ひなさんは、この世界の落とし穴に落ちてしまったんです。……帰宅途中にある防犯カメラの映像をご覧になりましたか?」


「……はい」

「……!! 私、見てないっ! パパどういうこと? どうして私見てないの? 見せられないの? どうしてよっ!」


 弾かれたようにソファから立ち上がると、両手を握りしめ、何度も、なんども宙に振り下ろす。


 どうして! どうして?


 倉部は静かに、だがしかしきっぱりと言った。

「見せられないものではありません。おそらく、箱崎氏が受け入れられなかったため、奥様もまた同じように受け入れることや受け止めることが出来ないとご主人が判断なさったのでしょう」


「……! そんなっ! そんな勝手に?」

「信じられなかったんだっ」

 吐きだすように父親は言い捨てた。


「だとしても、私に見せることも許可しないとか、一体何なの⁉︎」


「ぼくは良かれと思って……」


「何が? 何が良いか悪いのか、あなたにはすべてわかるとでも言うわけ? どんな些細なことでも知りたいと思っていることが分からないの?」


 倉部は母親に尋ねる。

「ご覧になりますか?」


 肩で息をしていた母親は、大きく息を吸い込むと一言だけで答えた。

「……見ます」


 ノートパソコンを開け、保存しておいた映像を見せる。先ほど倉部たちが見たのと同じ映像だ。

 映像を見た母親は、しばらくの間黙っていたが、姿勢を正して倉部をまっすぐに見つめた。


「この駐車していた車に乗り込んだ男性の証言は聞いていますか?」

 倉部の言葉に、ぴくりと父親が反応する。

 母親はそんな父親を、一瞬冷めた目で見た後再び倉部に視線を戻し首を横に振った。


「いいえ。……本当に、ひながこの男性の車に乗っていた可能性は無いんですか? 今の映像のひなは、まるで突然消えたようにしか見えません。この男性は、警察に何と言ったんですか?」


「コンビニから出て車に乗って発進する時まで、誰も見なかった、と言っています。車に乗るときに、どこにも人影はなかったとも」


 突然、父親がヒステリックに笑い出した。笑い声はやがてくぐもった泣き声に変わる。


「……消えたんですね? ひなは、本当に消えてしまった」

 母親が小さな声で呟くように言った。

 信じられない、という響きの中に含まれる微妙な安堵。


「……いたずらでもされていたらって、この瞬間にも酷い目に遭っているんじゃないか。怖いことや痛いことをされているんじゃないかって……! 違うなら、違うという希望が少しでもあるなら、どんなに救われるか……っ」


 俯く母親の膝の上できつく握り締められた両手が、小さく震えていた。


「ここに助けを求めたら、ひょっとしたらと言われて来たんです。ひなは、助かりますか? ひなに会えますか?」


 倉部は言った。

「確約は出来ません。もしかしたら、希望を持たせるだけ持たして、突き放すことになるかもしれません。しかし、持てる限りの全力を尽くします。……私も、探している人がいるんです。今も諦めていません」


 はっと顔を上げる。

 倉部は視線を合わせて、頷く。


「……こちらの資料をご覧いただきたい。ひなちゃんが居ると思われるところです。所謂いわゆる、これが並行世界と呼ばれるものです」


 

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